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野次と病気と目覚め

 葛西はラウンドが進み本気度を上げてきたようだった。目の真剣さ、薄い目付きながらも奥からにらむ強さが回を増す毎に上がっていた。勝利は

(俺も少しずつ本気度を上げないと。元々葛西さんは俺なんか相手にしてないんだ。だけど少しでも長く試合をしないと。)

勝利の目に奮闘する真澄の姿が映っていた。勝利は思った。

(椿に認めてもらうためだ。認めてもらうだけじゃない。今までの感謝だ。あいつは何度も俺を助けてくれた。)

 

 しかし会場には勝利の試合運びが冗長な事に対する不満が陰口のように挙がった。どんよりとした空気だった。雨雲の様である。心無い言葉が飛ぶ。

「何か面白くないね。」

「椿の試合の方が面白い。」

これがまともに勝利の耳に響いた。心に刺さり、動揺を必死に隠した。それに気づいたか戸田は檄をとばした。

「相手の動きを真剣に見てとらえ、防御するんだ。攻めるのは相手の癖がわかってからでも遅くない。」

しかし会場の雰囲気は違った。あきらかにもっと打ち合う白熱の試合を求めるギャップがあった。

「積極的にいけ!」

またどこからともなくヤジがとんだ。


「うるさいな。」

戸田は止めたかった。しかしまたヤジは起きた。段々声も大きく太くなる。俺たちは観客だ来てやってんだと言う図々しさもあった。

「おーい日向もっと攻めてくれ!」

明らかにしびれをきらしていた。戸田は会場に向け言った。

「やじはやめてくれ!」

明石も言った。

「気が散るから!」


 またやじと言うより陰口が起きた。それがへんな陰気さを感じさせる声の大きさだった。

「葛西はプロ志望だろ?初心者の日向を簡単に勝っておかしくないだろ。まさか」

「八百長!」

これを聞いた国木田は悲しくなった。

「ひどい!」

「ここいいかしら。」

そこへ仕事が一段落した小宮が国木田の隣にきた。


「先生、日向君は八百長なんて言う人が。」

「日向君頑張ってるけど動揺してないかしら。」

勝利は目が真剣になると同時に少し迷いが出た。さすがに何度もの野次はこたえた。

(俺の試合つまらないって言われてる。)

そこへパンチが飛んできた。

「うわっ!」

パンチをまともに食うところだった。戸田は心配した。

「やじで動揺してるんだ。」

さらにもう一度パンチがとんだ。またよけそこなった。戸田はまた檄を飛ばした。

「落ち着いて相手の動きをよく見るんだ。」

勝利は思った。

(椿との試合もそうだったけど葛西さんはすぐには仕掛けない。)

また勝利は距離を取りはじめた。またヤジがとんだ。

「あーっ、もっと攻めてくれ。」

「また!」

国木田は怒っていた。葛西は

(なぜ距離をとる。ここまで慎重になるのは俺の力を探るためか。だが逃げるだけじゃ俺の力はわからない。)

「はっ!」

「うわっ!」

葛西は踏み込んできたがフェイントだった。勝利はまた距離を取った。またヤジはとんだ。退屈だと言わんばかりに。

「おーい、つまんねーぞ。」

国木田は言った。

「でも聞こえてるのに我慢してる。でも我慢してるのってこの前言った病気と関係あるんですか?」

「ええ、日向君は前も言ったように幼いころから我慢することを強要されそれが積み重なり年を重ね嫌な事があってもぐっと我慢する性格になってしまったの。あれだけ野次を飛ばされればもっと怒るはず普通の高校生なら。でも彼は真面目なうえに病気の様に自制心が強すぎる人になった。親の言う事は絶対としつけられたからよ。」

「本当はもっと怒りたいのに感情のまま振る舞えないって事ですか?」

「ええ、重い症状よ。あと彼から聞いたんだけど、彼のおかあさまは彼に近づく女性に激しい敵意を燃やすらしいの。危険だわ。国木田さんも気を付けなさい。」

「あ、ええ私は別に・・」

また勝利は避けそこなう所だった。

(くそ野次がうるさくて・・・!)

小宮は言った。

「もしかして彼は怒り方が分からないのかも。」

「怒り方が分からない?」

国木田は良くわからなかった。

葛西は思っていた。

(まさか長いラウンド持ちこたえればいい勝負と言われるとでも?)

ばっばっと早く軽いジャブを葛西は出した。まるで挑発するようだった。この挑発にあせり勝利は前に出てしまった。戸田が叫ぶ。

「危ない挑発だ!」


 しかし声が届くより先にまともにパンチを勝利は食ってしまった。この時勝利の脳に何かがはじけた。同時に真澄が何度も倒れそうになりながら立ち向かった姿が脳裏によぎった。パンチをくらい明らかに何かが勝利の中で変わった。観客は「もうだめか!」と思った。しかし勝利は立ち尽くした。しかし下を向き何も口にださず異様な雰囲気で何かを言おうと声をためているように見えた。葛西も観客も勝利の異変に気付いた。顔を上げようとしない。勝利はどうしたのか真意があるのか頭を打ったのか。

「一体どうしたんだ?」

その後下を向き何かを言わんとした勝利がググッと顔をゆっくりと上げ叫んだ。まるで獣が野生に戻った様な獰猛さを含み理性が飛んだかのようだった。

「俺はすぐに倒れるわけに行かないんだ!」

その叫びとパンチを食ってもダウンしない姿に観客は異常な雰囲気に包まれた。

「うおおお!」

ものすごい大振りのパンチを葛西に向けてはなった。葛西はすぐ落ち着きを取り戻し何とかかわした。なおも勝利は大振りパンチを叫びながら打った。葛西は思った。

(頭のねじが飛んだのか?)

戸田は言った。

「何だあの大振りは、と言うより叫び声が・・まるで子供が切れたみたいだ・・」

しかし勝利には椿のぼろぼろになりながら向かっていく姿が脳裏に映っていた。

「負けられない!」

小宮は言った。

「もしかして普段抑えた感情がさっきのパンチで・・目覚めた!」

観客は打ち合いを求めていたが、勝利の普通でない様子に騒然としどよめきが起きた。しかし葛西はまだこの位では怯えなかった。

(何か心の病気でも抱えてるかな?)

勝利はまた叫んだ。




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