のらりくらりの攻防
勝利は葛西のパンチがきいていないと言うやせ我慢表示を顔で取り繕った。必死で隠し表情を努めて冷静にした。葛西にはいかにも強がりに見えた。勝ちを急ぎ始めたように焦って見えた。勝利は急にペースを乱された。
(葛西さんの仕掛けでは変えられない。ペースを守る。少しでも長くリングにいるために。)
ここで1ラウンドが終わった。
インターバルで勝利はかなり息を切らしていた。そんなに経っていないはずである。戸田が気づいた。
「あいつはあはあ言ってる。もしかして体調が悪いんじゃ・・」
戸田はまずいと思った
「下がれ、下がれ。」
勝利は逃げるようにコーナーへ戻ってきた。客席はどよめいた。
「疲れすぎじゃないか?」
「逃げすぎ。」
逃げすぎだと思われていても少しコーナーにいた。そして少し呼吸をしてまた距離をゆっくりつめはじめた。戸田は勝利の真意が分からなかった。
「どういう戦い方なんだ?」
明石は言った。
「さっきも言ったけど体調悪いんじゃ・・」
勝利はあいかわらず自分からはあまり打たずガードを固め様子を伺った。葛西もあまり攻めて来なかった。
時折引っ込みながら勝利はパンチを少しずつ打って行った。会場は「どう攻めるか?」と言う緊張感と同時にもう少し攻めてほしいと言う空気もあった。観客は噂した。
「あまり試合動かないね。」
「まあ始まったばかりだし。」
と各々に感想を言った。勝利はいきなり隙を見つけたかの様に早く前に出たが、フェイントで引っ込んだ。
「あっ、試合が動くかと思ったのに。」
葛西もカウンター等はしなかった。また勝利は速く前に出てジャブを打ったがそんなに攻めず下がった。葛西は様子見パンチを出したが勝利は下がり当たらなかった。このようなやり取りがしばらく続いた。
勝利は一定の距離をたもち積極的に攻めようとはしなかった。勝利の目は一途でまっすぐと言う言葉が良くあてはまった。しかし一方では落ち着いて汗をかいているがすごく疲れているわけでもなかった。闘志をはらみ凛と相手を見てもどこか独特の静かさであった。嵐の前の静けさなのかはどうとも言えなかった。慌てた様子がない。明石は言った。
「まだ2試合目なのにずいぶん落ち着いてるな。」
戸田は
「うん、何試合も場数を踏んだ選手みたいだ。普通経験2か月で2回も試合でないけど。」
葛西は疑問をもやもやしていた。
(試合巧者にでもなったつもりか?)
葛西の胸に馬鹿にするな思いあがるなと言う気持ちが生まれた。
(俺は初心者の相手をしている暇はないんだ。いくら日向君が同僚だったとはいえ。相手してやってるんだ。)
葛西は威嚇のためわざと大振りかつ深く踏み込んでパンチした。
(前の奴の様にスウェーが得意か試してやる。)
勝利は
「うわっ!」
と思わず叫び思わず防衛本能で避けた。勝利は思った。
(俺はスウェーはあんまり得意じゃないんだ。)
いきなりペースを変えようとした葛西につられたのか勝利はボデイーブローを出した。戸田は
「あっボディー!」
明石も
「あいつも比較的得意な奴だ。」
しかいボディの後は勝利は引っ込んだ。葛西は思った。
(試合馴れしてないのに何でこんなにのらりくらり試合するんだ。前の奴の方ずっと思い切りが良かった。)
しかし時間は同じようなやり取りで過ぎて行った。退屈と緊張が両方会場に漂った。やがて2ラウンドが終わった。
3ラウンドが始まった。葛西の目のにらむ迫力が上がっていた。また動き方が少し違ってきた。勝利は思った。
(俺を戸惑わせるため?)
「パターンが変わってる。」
戸田は言った。勝利は動き方を変えたがパンチは打たなかった。葛西は思った。
(動きだけで俺を惑わす気か?)
勝利は思った。
(俺だって椿と同じで陸上やってたんだ。下半身の動きとスタミナは少し自信があるぜ。)
(前の奴は足にばねがあったが。)
葛西は思った。
(いつまでも冷静さを維持できると思うな。俺が戦い方を変えてやる!)
いきなり速いスピードで左右のフックを打ってきた。勝利はぎりぎりガードした。
(くっ!うまく戦い方を変えてくる人だ。)
光子は部屋で思っていた。
「勝利に近づく女は許さない・・あの子に近づく女は許さない・・なんなのこレシートは・・」
それは国木田と出かけた時のコートのレシートだった。
「名前はわからないけどあの子に近づく女は刺す・・!」
あーっと奇声を上げながら光子は包丁を空を切るように振り回していた。また光子は過去を思い出した。
勝利がまだ子供の頃大士は光子を殴った。
「ばかやろう何で買ってこいと言った物を忘れるんだ!」
「つい忘れて・・」
次に大士は光子の背中を蹴った。息が苦しく光子は起き上がれなくなった。その様子を見て姑は笑った。
「面白い痛がり方する人ね。アザラシみたい。」
また別の時姑は光子をいじめた。光子は言い返した。
「何でいつも嫌な事仰るんですか!」
「生意気な!あんたみたいな汚い低学歴の女がうちの敷居をまたぐなんて100年早いんだよ!」
「私がどんな思いでお母様に仕えて来たか!」
「あの女・・!」
また光子は姑の写真をナイフで刺した。そこへ電話がかかってきた。その声の主に安堵し悲しみが少し減った。
「優馬さん。」
「光子か。おれ今もう離婚してるんだが・・今度の同窓会来れないか?悩みを聞かせてくれ。助けたいんだ。」
ごくりと光子はつばをのんだ。
「はい、行きます・・!」