交代
勝利は保健室で真澄と一緒にいた。
ゆっくりと真澄を寝かせた。
ペットボトルを飲ませるため口にやった。
「はい水。あとほしいものがあったら言ってくれ。」
「ありがとう」
負傷した口に飲ませるためペットボトルを当てた。
真澄はごくごくと飲んだ。
勝利は大きな声ではないが小さく勇気づけるように言った。
「後は任せてくれ。君の意志はつぐ」
「ありがと」
真澄は微笑んだ。何かを言わんとしているようだった。
勝利に届いてほしいと思っていたがもちろん本人は知る由もなかった。
「ゆっくり寝ててくれ」
笑顔でそう言って勝利は保健室を後にした。
勝利は保健室を離れ腕回しストレッチと屈伸をした。
「葛西さんに俺が勝てるわけがない。それはわかってたんだけど。でも椿の試合を見たら負けてもともとと言う気持ちになれなくなっちゃったな。しかしまさかこんな再会を果たすとは。……でも椿は何であそこまでしたんだろう。どうしても自分に負けたくなかったんだろうか。もしかして俺たちへの負担を減らすために。ああ、それならもっと早くタオルをなげればよかった」
ちらと保健室を覗き込んだ。
(大丈夫かな)
真澄は良く眠っていた。
(よし大丈夫だ)
「しっかしまさか葛西さんとやる事になるとは」
勝利はアルバイトを始めたころ荷物が運べなかった頃をおもい出した。現場で持ち上げられないものがあった。勝利が力を入れても運べず困っていた。
「うーん重い」
「大丈夫か」
そこへ葛西がきて軽々と勝利の荷物を運んだ。勝利は感心した。
「すごい力ですね」
「まあきたえてるからすこしね」
葛西は一見着やせして見えたがシャツの間から筋肉がのぞかせた。
仕事が終わって2人は話した。
「えっプロボクサー目指してるんですか?」
「ああ、まあね」
シュッシュッとパンチを出した。熟練者らしい相当キレのいい動きであった。素人の勝利にもわかった。
「すごい、憧れます」
勝利は素直に尊敬のまなざしをむけた。
「ありがとう。俺はかならずなって見せる!」
「ああ、椿君大丈夫か?」
戸田の問いに勝利は説明した。
「よく寝てる」
「しかしなんであそこまで、後に控える俺たちが信用されてないのかな。」
悩む戸谷に勝利は笑顔で返した。
「いや、そんな事ないよ」
「大丈夫か?僕が出てもいいんだが」
「大丈夫。」
20分のインターバルが終わり葛西はリングに上がった。今度はテーマはかからなかった。
一方勝利はテーマと共に入場する事になったが本人は控えめだった。少し恥ずかしかったが、真澄に続きどんな試合をするのか会場は期待に包まれた。
リングに上がって向き合おうとすると反対コーナーに葛西がいた。
「日向勝利!」
わーっと声が上がった。しかし不安もあった
「大丈夫か?」
「しかし日向落ち着いてるな」
ゴングが鳴るといきなり勝利は打って出た。葛西の懐に飛び込むように前に出てパンチを連打したが全てかわされた。
ここで我に返ったように後ろへ戻った。戸田が檄を飛ばす。
「なにやってるんだ前に出過ぎ!」
「下がれ下がれ!」
明石も叫んだ。また思った。
(どういう試合をしようとしてるんだ)
間合いをちぢめながらすこしずつ隙を伺った。
葛西も打ってこない。少しずつ近づいては下がるその繰り返しだった。勝利は思っていた。
(椿に負けない熱い戦いをしたいけど俺みたいな初心者がうかつに突っ込んだらすぐやられる。10秒KOなんて自慢にもならないぞ)
葛西も1ラウンド目の為様子見のパンチしか打ってこなかったが距離をとっているため当たらなかった。
勝利のフットワークはどこかおおげさに跳ねるようで一見躍動的だがおびえても見えた。
(慎重に、慎重に)
しかし葛西は思っていた。
(君はさっきのやつほど感じるものがないな)
勝利はけん制の様に1発打ってまた後ろに引いた。しかし戸田には弱い部分が見えていた。
「ああ、腰が引けてる」
明石も言った。
「椿に比べあきらかにためらいがある」
葛西は思った。
(おどかしてやるか)
不意に大振りのパンチを1発打つと勝利は後ろに下がった。
(俺だって椿がしたような試合がしたい彼の気持ちに答えるために)
いきなり突っ込みそうになったが戸田が制した。
「まだ早いまだ早い!」
突っ込んだ勢いでいきなりボディブローを食ってしまった。これが妙に効いた。
「ぐっぐが……」
勝利の顔が歪み客席はまずいと言う雰囲気になった。
 




