ボクシング部との勝負約束
ボクシング部の部室は2年5組の教室であった。真澄は目立たないよう端を歩きながらも毅然と胸を張った。
部室は4階にあった。
もう生徒は帰り机も下げられているようだ。
真澄が恐る恐る周囲を見回しながら入ったが誰もいない為再度辺りを見回した。
戦慄が走った。
そこへ教室の入り口から声が聞こえ2、3名の部員が入ってきた。
「おお、貴公子のご登場か」
真澄は反射的に殴るポーズを取った。
しかし部員たちは笑った。
「はは、華奢なファイティングポーズだな。いいぜ一発俺に打って見ろよ」
後に引けなくなり真澄はパンチを一発少年に浴びせようとした。
だが軽く受け止められてしまった。
「ははは、思った通りひ弱なパンチだな」
他の2人も真澄を笑いものにした。
真澄は唇を噛んだ。
やがて少年は笑いをやめた。
「さて、そろそろ本題に入る。おれはボクシング部の明石だ。椿だったか、お前乾を休学にしてくれたな。大事な仲間を追い込んだ事は許せない。だから俺たちとボクシングの試合をしてもらう」
「えっ!」
「ただし今すぐじゃない。練習期間はあたえる」
真澄は自信がなく下を向いた。
「ただしある事をしたら許してもいい」
「え……」
今度は後ろの少年が言った。
「お前いつも女の子に囲まれてキャーキャー言われてるよな。だからその中からよさそうな女を何人かおれ達の所に連れてこい。そうしたら許してやる」
(そ、そんな!)
「さてどうする?お前にとっちゃ女を連れてくる方が楽だろ」
真澄は歯をくいしばりにらんだ。
「僕はもててない! それに女の子を差し出すなんて断じて出来ない!」
「よし、じゃあ試合決定だな。試合は2週間後、俺たち3人を勝ち抜いてもらう」
「まてっ!」
教室の入り口から戸田が入ってきた。
「試合は僕が受ける!」
「戸田君!」
3人は笑った。
「あっこいつおかまみたいなやつだって有名なやつだ」
「こいつがボクシング?」
戸田は構えた。
「はあっ!」
叫びと共に戸田は部員の1人に素早く重そうな寸止めパンチを放った。あまりにぎりぎりの距離で完全に怯え汗を流している。戸田は余裕を持ち言った。
「驚いたか?僕は中学の頃ボクシングをやっていたんだ」
3人は驚き何やら話し始めた。
(話がちがうぞ。椿ってやつをいたぶる予定だっただろ)
(戸田ってやつがボクシングやってたとは)
(もし負けたらまずいぞ……)
(でも高校ではやってないんだろ……)
そこへ真澄が言った。
「戸田君、かわりにやってもらうなんて……」
「まてっ!」
今度は勝利が入ってきた。
「俺もやらせてもらう」
「お前ボクシングの経験あるのか?」
「ない、陸上はあるけど」
3人は笑い出した。真澄は言った。
「僕が試合すればいいんだ。迷惑はかけられない!」
しかし勝利は笑顔で言った。
「別に迷惑じゃないさ」
下を向き真澄は聞いた。
「なぜそこまでしてくれるんだい?」
「俺、自分がクラスで一番不自由だと思ってた。だけど椿がいつも大変な思いをしてるのを知って自分は恵まれてる、甘えた奴だと思ったんだ」
「大変なんだろ? 椿君」
戸田も言った。真澄は
(私はこんないい人たちに正体を隠している)
身体が震えるほど申し訳ない思いだった。さらに大木が入ってきた。
「俺もやる」
「相撲でどうやって勝負するんだよ!」
明石は言った。
「楽器?」
勝利は真澄に聞いた。
「うん、カラオケに自分の得意な楽器を1つ持ってきてほしいんだ」
3人はカラオケに行った。
「日向君って陸上やってたんだ」
「うん1年で辞めたけどね」
「体育のマラソンで上位になる事多いよね」
「でも格闘技はゼロ」
しかし戸田は
「でも足腰や基礎体力強いんじゃない? 格闘技やれば伸びるかも?」
「うん、ところで日向君、楽器は?」
「俺はこれ」
勝利はトランペットを出した。
「へえ、トランペット」
「中学までよく吹いてたけど」
勝利の少し下手な音色がボックスに響いた。戸田は嫌な顔をしていたが真澄は聞き惚れていた。
演奏が終わると真澄は拍手をした。
「じゃあ今度は僕」
そういうとフルートを出し繊細な手つきでつかみ吹き始めた。柔らかく口を当てているようだった。
「エリーゼのために」を演奏すると2人は素直に拍手した。
「いやうまいよ、本当」
翌日戸田はトレーナーに着替え勝利を迎えた。
「こうみえても僕の特訓は結構厳しい、友人でも容赦はしない」
「頼む」
心配そうに真澄は見つめた。