最後の踏ん張りと届く言葉
「ぐっ!まずい目がかすむ。汗もにじむ。腕からも汗が流れる。立っているのがやっとで膝ががくがくする。これじゃ逃げ回る事も難しい。最初から初心者と見抜かれていたのか。だ、だけど!」
体力がすでに限界近くを超えていた。
ほとんど本能だけで真澄は足を動かして移動し、パンチも出来うる限りの力で打った。
動物的本能で動いているようでもあったし、ロボットの様でもあった。真澄は練習の際長期戦を視野に入れた練習をしていなかった事も悔やんだ。戸田達もおそらくすぐ負けると思っていたのだろう。
痛みと疲れで腕の構えがキープしきれないような状態だった。
(もともと5ラウンド以上の長期戦を想定した練習はしてない。完全なスタミナ切れだ)
目があざで見えなくなりかけていたがしかしつぶりそうでも確かに光を放っていた。
葛西は明らかに力が残っていないのに本能や意地だけで動きパンチを打つ真澄に負けたとは感じなくても心の何パーセントかが畏怖していた。
完全に最初は初心者とあなどりすぐ終わらせるつもりだったからだ。
(ま、まだ打ってくるのか!)
(負け覚悟じゃない最後の意地でもない勝つためにやるんだ!)
残った体のすべての力を振り絞り真澄はパンチを打ち続けた。守りに入るのではなく完全に攻めの様相だった。
ジャブはしかしかわされていた。それを葛西は見透かした。もう体力がなくやけくそだろう。
(下手な鉄砲は何発打っても同じだ!)
戸田も会場も真澄の決死の攻めにも関わらずかわされている事に絶句した。
目をおおったりため息をつくものもいた。
「ああ、完全に見切られている!」
会場もセコンドも沈滞ムードだったなか、その時ただ1人勝利は大声で励ました。
感情を今まで表に出すのを抑えていたためた物を1言に集約するように叫んだ。
「がんばれっ!」
その1言だけだった。
言葉が真澄の耳に突きぬけるように響き、それに気づいた真澄は横目で勝利を見た。
そして真澄の身体に自分でも説明できない力が湧きあがっていた。勝利は平静を装ったがタオルを持つ手が震えていた。
「日向君への友情に答えるためだ!」
その叫びと共にはなったパンチが葛西に当たった。
会場から歓声が起き客が叫んだ。
(最後まであきらめず攻め抜いてやる!)
消えかかった真澄の心に再び熱い炎が勝利の言葉によってともされた。それは友情なのか愛なのか真澄はわからなかった。
しかし勝利は自分を男と思っている、その気持ちに答えなおかつ申し訳ない気持ちで頑張ろうとした。
再び会場が湧いた。真澄は最後というより全身全霊で勝つつもりで攻めパンチを打って行った。その内1発がクリーンヒットした。
「当たった!」
(くそ!)
葛西は意表を突かれ怯んだ。葛西の額に冷やあせが走る。心にも焦りが生まれパンチミスしてもおかしくなかった。
(俺はなにに怯えてるんだ。こいつの才能? 精神力?)
初心者に怯むわけにはいかないがこれほどの底力を持った選手はほとんど記憶になかった。
目から発してくる説明できない底力の様なものが目の前にいるため一番強く感じられた。
(なんで初心者にこんな力が!)
会場も一体になった。
「すごいぞ!」
「椿がんばれ!」
少しずつ真澄に気圧され葛西は焦り始めた。会場も歓声が起きる。
「動きにきれが出てきている!」
葛西は怯えた。
(おれはにらまれたからと言ってすぐにはビビらないがこいつの目にはせつめいできないなにかがある!)
葛西もパンチを打ったが真澄は1発目は防ぎ2発目はカウンターを食らわせた。
葛西は怯むだけでなく怒りまたパンチを打ったがこれもカウンターを食った。真澄はカウンター作戦に転じていた。葛西はこの状況で冷静に戦法を変えた真澄に驚いた。
(何で初心者にこんな力が……)
カウンターに的確さがある事に焦った。
ただ追い詰められてやけくそになっているのではなく力が戻ったようだったからだった。
(こいつ半分目を閉じているのに何で! 本能か?)
さらに真澄のパンチが1発入った。
(何でおれはこんなやつに手こずってるんだ? プロ志望だぞ?)
さらに真澄はパンチを出した。しかし葛西もやられなかった。
葛西もカウンターを出した。
(うわっ!)
立ち直ってから久々にまともに食い真澄はさすがに怯んだ。しかしこれにも屈せずパンチを出しながら前に出て行った。
今までは「待ち」になっていたのがまた積極的になった。全身全霊で挑んでいた。最後のふんばりの様にも見えた。
「いけっ!」
会場から声がこだました。
(勝てなくても限界まで行ってやる!)
真澄は体や心を火の玉の様に燃やすつもりだった。
戸田はそれを見て叫んだ。
「勝てなくてもいいんだ!」
しかし真澄は思っていた。
(勝たなければいけないんだ!)
「勝とうと思ってるのか初心者!」
葛西はさらに本気を出してきた。そして真澄は何発かパンチを食ってしまった。戸田達も叫んだ。
「あっ!」
真澄は倒れそうになったが意識の力だけで踏ん張った。
(ま、まだ!)
しかしもはや限界にきていた。それでも真澄はぼろぼろの顔と体で叫んだ。
「まだあきらめない!」
パンチのスピードはにぶり明らかに体力の限界だった。その後も攻めようとしたがついに何発かくい、真澄はに膝から崩れ落ちてしまった。
ここで10カウントが刻まれた。皆真澄の無念をかみしめていた。戸田がすぐに駆け寄り勝利は少しだけ遅れて歩いて行った。戸田は叫んだ。
「椿君、聞こえるか!本当に良く頑張った!さあ休んで保健室に行こう!もう立ち上がらなくていいんだ!」
勝利は投げなかったタオルを握りしめていた。勝利はゆっくり歩み寄った。何ともいえない気持ちでなるべく表情を変えずしかし腹からこみあげてきそうな言葉を抑えているようだった。しばらくして真澄が気がついた。最初に戸田の顔が映った。
「ごめん……負けた……」
「何言ってるんだ! 君は最後の最後まで戦ったじゃないか!」
次に勝利の顔が映った。悲しみをかみしめ表情を変えまいとする勝利がいた。真澄はなぜか微笑んだ。
「ごめん」
勝利は下を向いた。何も言えなかった。体が小刻みに震えていた。そしてタオルを渡そうとした。真澄は
「保健室には1人で行く」
と言ったが勝利は答えずタオルを渡した。
真澄は5分してから1人で歩いていったが崩れ勝利の肩を借りた。
「次の試合、日向対葛西は葛西選手の20分のインターバルの後行われます。」
とアナウンスされた。勝利は絞り出すように言った。
「ごめん、君は僕たちの負担を減らすために…が」
真澄は気持ちを理解してもらえ心から嬉しかった。ぼろぼろの身体で軽く微笑んでいた。




