夫婦の回想 憎しみの過去
真澄はボクシング部のトレーニングに参加しながら強い決意をしていた。
「私がやる!代わりにやるんだ、男として!」
厳しいランニングに汗を流し食いしばりながらついてきた。
(女だとわかったらみんな傷つくだろう。だから最後まで男として皆に恩返しする!)
真澄はこの学校にいられるのがそんなに長くないのではないかと感じていた。
次の日また勝利たちは家族について相談していた。国木田は聞いた。
「いつも喧嘩や暴力があるの?」
勝利は父の事を思い出しむっつりしながら冷静に思い出すよう努めた。
「両親の喧嘩や暴力を全部みたわけじゃない。時々別の部屋で口論が聞こえたりするけど。夜中怒鳴りあいで大きな声を出して近所でも噂されてる。陰で死んだ祖母の悪口言ったりしてる。」
そこには全部を把握出来なかった力のなさを恥じた辛さがあった。国木田は少し遠慮して聞いた。
「失礼だけど、おばあさんと仲悪かったんだ。」
「うん。亡くなっても全く恨みが消えてないみたいなんだ。俺のいない所とかですごい恨み言を言ってる。」
かなりの深刻さと将来的に何か起きるのではと勝利の顔に恐れも見えた。国木田は同じような事を考えさらに心配した。出来るだけ親身になる努力をした。
「何かそのままほっとくと少しまずい気がする。」
勝利の顔に少し危機感と焦りが見えた。疲れもたまっている感じだった。母の精神がいつまでもつのかと言う感じだった。
「俺が病気だって言われて少し驚いたけど、自分の事だけ考えていられない状況なんだ。」
「・・」
真澄は黙ってしまった。何とか勝利に助言したかったが、問題が大きすぎて躊躇した。自分の力のなさを感じていた。国木田はさらに提案した。
「一回お母さんと直接良く話してみたら?」
勝利ははっとした。今まで口論ばかりでじっくり話していなかったからだった。
「そうだね、今まで門限の事で喧嘩になってばかりだった。」
「お父さんがいない時がいいんじゃない?夫婦って子供に仲悪い所見せないじゃない。」
「家の親は見せる親と見せない親の中間だな。」
「後お母さんを病院に連れて行くとか。後DVの相談施設にも。」
大泉と真澄は話した。わだかまりはかない様だった。真澄は元気にはきはき答えた。
「ボクシングって、あなたが?」
「うん、自分で立候補して。男のふりをしたまま嘘をついたり世話になった人たちにお詫びをしたいんだ。」
「それじゃ、最後まで日向君たちには男のふりを?」
「いやまだ決めてない。ただ女だと言うと皆が気にする。でもいつかは言う・・」
真澄の心には
(転校したころに比べて何人かの人に言う勇気が出来た。でも日向君はどんな反応をするだろう。日向君の事を気にするようになったのっていつからだろう・・)
「椿君!」
そこへ進藤が来た。雰囲気がかなり壊れた。
「僕をボクシング部の練習に入れてくれ!」
「えっ!」
「ぜひ!」
かなりがむしゃらだった。わらをもつかむ思いとまで行かなくても、かなり学級委員の支持をつかむため必死と言う感じで、なりふり構っていられない必死さがありわめく様だった。
「でも怪我されると困るし・・」
真澄は有難迷惑をなるべく顔に出さず、心配した言い方をした。大泉は
「あんたスポーツのスの字もやった事ないじゃない。」
放課後も真澄たちはきついトレーニングをボクシング部でした。真澄は腕立てもきつそうだった。ぎりぎりと筋肉がきしむようだった。足でゴムチューブを引っ張ったり、胸筋を鍛えるマシンもやった。10kgのダンベルは持ち上げられず7kg程度にした。汗が顔にまみれていた。しかし絶対やめたい気持ちにはならなかった。陸上の経験はあるためランニングはまだしも筋トレはきつそうだった。
(もしかして受験も失敗するかもしれない。でも全部自分の責任なんだ。男だとみんなをだましてきた。)
「僕だけでなんとかする。戸田君と日向君は本当ひかえでいいから。」
外で練習中ボールが飛んできて戸田に当たりそうになったが勝利はかばって当たった。
「いてて・・また戸田にぶつかるともどった記憶がまた忘れるかもしれないから。」
勝利は痛みを笑顔でこらえた。それを見た真澄の心にまたほのかな感情が生まれた。
(日向君、良い奴だな・・)
光子はいつもの様に姑の部屋にいた。おもむろに結婚前の出会いを思い出した。今から18年前だった。
「あの人と出会った頃・・」
大士の学生の面影のある勤勉そうな姿と品位の漂うみずみずしい肌の持ち主だった自分の姿を思い出した。ちょうど就職してすこし経った後だった。大士は髪がきっちり整えられ紳士と言うありふれた表現では足りない少し真面目すぎる風貌と言う言葉が似あった。20年以上これほど勤勉、真面目さを絵に書いた男に会った経験はなかった。誰がみてもそう印象を受けスーツが良く似合った。大士は言った。
「美しい人だ。僕は学生時代勉強ばかりしていて女性にはうとい。そんな僕から見ても君は素晴らしく美しい。」
「あなたのような勤勉な人が理想だった・・」
お互いに向き合い愛を誓った。しかし大士は
「1つ承諾してほしい事がある。僕の母は体が弱い、同居してくれ。」
「はい、貴方のお母様。なら。」
その頃現代の大士は会社でつぶやいていた。
「おれの周りの世話をさせる都合のいい女をさがしたらまんまとひっかかったあのバカ女め。」
周りの社員が気づき横目で見ていた。
愛情などみじんもない、光子をそして女性を見下し僕と思っていた。
また光子は過去を回想した。
「お母様、ドライヤーが見当たりません。」
しかし姑は
「ここにおいてあるじゃないの!」
とにらみ馬鹿をみるような態度を取った。光子はしまったという気持ちだった。
「あっ!見落としてました。」
「こんなのも見えないの。テーブルの前にあるのに!目が反対についてるの!」
軽蔑と強く責める気持ちが両方あった。光子はいいわけのつもりはなかったが
「最近くらっと来て目が定まらない時が。」
「面白いわねあなたって!言い訳ばかりして!それで私の世話が出来るの!」
相手が傷つく事等みじんも考えない言い方だった。光子はつぶやいた。
「それからは毎日が忍従だった・・あの人を愛している、あの人に好かれるために・・」
悔しさと悲しみで顔がくしゃくしゃになった。耐えた事が報われずやり返せない力のなさがむなしかった。
その陰で大士はほくそ笑んでいた。
「あの女は俺に捨てられる事を恐れ逆らえなくなっている。いい気味だ。」
はた目からみてもいやらしい事を考えているとわかるような笑いだった。同時に支配欲も感じた。




