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揺れる家庭と正体打ち明け

 勝利が朝出かける際、近所の主婦のひそひそ声が聞こえた。横目でちらちらと勝利を見て、すぐに他の主婦の方に合わせる。手を半分押さえている。その目は変なものを見る目と不安や恐怖が同居していた。


 奥野台は比較的裕福な中流以上の家庭も立ち並ぶ住宅街で、悪質な噂が流れる事はそんなに多い方ではなかった。しかし社会的地位が比較的高い家庭が多いため、あまり家庭内暴力等とは無縁の世界に近く、勝利の家庭が一層異端として際立ち、また野蛮な暴力行為に対し不安を抱く主婦も多い。もうかなり噂は広まってるようだ。


「あの家時々大きな声が聞こえるのよ。」

「こわいわね。DVがあるんじゃないかしら。」

「あの子が長男よ、家庭内暴力があるといやね。」

その言葉がぐさりと勝利の胸に突き刺さった。

勝利は朝から非常に嫌な気になると同時に非常に平静さをとりもつのが困難になった。やっと聞こえないふりをした。

(何も知らない癖に・・)

目をつぶり歯を食いしばった。涙がこぼれそうな悲しみと屈辱だった。

自分の家族が変人視されている不安を抱いた。しかしこれが逆に医学的に「家族の秘密をもらしてはいけない。」と言う強迫観念に取りつかれている事に彼は気づいていなかった。もっと気軽に他人に愚痴を言う性格だったらどんなにか気持ちは軽減されたろう。


 歩きながら勝利は考えた。

(いつも父に怒られているからだから怒られるのを恐れて何も出来ないんだ。週1のアルバイトなら良くて毎日行くアルバイトだと反対されるからしない。それじゃ変わらない。)


 教室での勝利は数日で苦悩が増していた。頭を両手で激しくかいたりつっぷして頭を抱えている辛そうな勝利を見て神山が来た。

さすがにいても立ってもいられないようだった。

「頭をあまりかくとふけがとびちるぞ。」


 勝利としてはぼうっとした表情だったが少しするとやっと神山を認識した。気づいてからは気遣いがうれしかった。しかし勝利にとって神山は何でも話せると言う仲でも決してなかった。打ち明けようとはしているものの、100を70位に抑えて言おうと言うスタンスだった。もちろん神山はすぐに人に言いふらしたりはしない。どちらかと言うと距離がある中ある程度まで打ち明け、後は彼の冷静な判断力を少し借りようと言う考えだった。話し相手が来て気持ちを切り替えられた。

「どうした。みんなここ最近のお前がかなり辛そうだっていってるぞ。国木田さんも心配してた。」

「・・・」

皆も勝利を心配しておりからかう人はいなかった。

勝利は神山の善意を受け色々思った事を打ち明けた。前述したように全てを勢いよく吐き出すのではなく家の体面も考え抑えて話した。告白ノートも見せた。ノートを1読して神山にも伝わったようだった。

「かなりひどいな・・」

「突破口としては毎日のアルバイトを始める事かなあ。」

苦悩の中何とか絞り出した。頬に手をあてがっており髪を掻き毟った。

「だからフケが飛ぶって。」

疲れた中ぎりぎりやる気を発している勝利に何とか神山はアドバイスをしたかった。

「俺の卒業生の先輩で、学校での人間関係の悩みから卒業してからうまく行かなくなってひきこもりになった人いるんだよね。それに比べたらお前は色々やろうとするパワーがある。」

しかし勝利の元気は一種の褒められたいからと弱さを見せられない完全主義教育から来てるものだと神山は気づいていなかった。勝利は思っていた。

(反抗心からパワーが来てるのかもしれないなあ。でも反抗しきれない気のよわさが逆に負い目にもなってるんだ。)


 廊下で勝利は小宮に会った。

「日向君、今度精神科医を紹介するから行ってみない?」


 勝利の父は会社で思っていた。

(勝利が恋愛をしたいだと?生意気な、そんな事一生許さん。一生純潔でいてもらう。)

大士は勝利が思春期を越え大人になっている事が生意気としか受け取れない歪んだ考えを持っていた。

(俺でさえいい女は抱けないのにあいつごときが生意気だ。あいつが自我を持ち女とくっつく等断じて許さん。一生欲を捨て親に仕えてもらう・・)


 勝利の母、光子は自分に居間で言い聞かせた。怒りを押し殺し人生と結婚生活を肯定するための必死の努力だった。手でもった姑の写真はややくしゃくしゃになっていた。憎しみを蓄えたような折り目だった。

「私は大士さんを愛している。ただお義母様が憎かっただけ・・結婚が間違いだったとは思っていない・・!」

昔大士に聞いた事を思い出した。

「私とお義母様、どっちが大事なんですか!?」

怒りと自分だと答えてほしいと哀願する気持ちがなかばし体は悔しさで震えていた。しかしそれを打ち砕く様に太士は言った。相手を傷つけまいとする配慮などみじんもなかった。心は期待もむなしく木端微塵にされた。

「母さんに決まってるだろ!」


 (それでも私はあの人を愛している・・!)

怒鳴られても殴られても愛そうとした事を思い出した。

「何故家事のミスをした!」

「いい加減な事ばかりしやがって!それでも俺の妻か、恥ずかしくて表にも出せん!いいか、昔は好きな女の元に嫁ぐ事等許されなかったんだ!好きでこの家に来たんじゃないような顔をしやがって。お前が俺に釣り合うと思っているのか!」

その度太士は殴ったが、自分しか太士を愛せる女はいないと思っていた。しかしもしかするとそれは太士がそう仕向けるための巧妙な策略だったのかもしれない。


 光子は耐えるのが当たり前になっていた。体を震わせ涙を流しながらも席を立たない。普通なら離婚する環境である。


それは理不尽な振る舞いを我慢することに慣れきり、自分の正確な感情をつかむ事が出来なくなった症状だった。耐えるのが当たり前になっていて家族のおかしな点から目を背け相手を責めようともせず、かつ他人に相談もしない。もっとも夫はたとえ専門家が相手でも自分の非を認める人物ではなかったが…いつの間にか夫や姑の暴言を受け止められるのは自分しかいない、自分くらいだ。という大きな思い上がりが生まれていた。誰も代わりは務まらないと言うほどで手遅れに近くこのままではさらに不幸になる事も気づかなかった。


 真澄は元気なく国木田と掃除当番をしていた。さっさというほうきの音がそれを表していた。国木田は聞いた。

「日向君、大丈夫かな?」

真澄も勝利を心配して辛そうだった。

「大変らしいよ、家庭内ですごく色々あるらしい。」

動揺を隠すようにほうきで掃きながら答えた。

「でも椿君が色々相談に乗ってるじゃない。」

無言で真澄はほうきを掃いた。そしてしばらく黙った後切り出した。

「ねえ、友達って、秘密のある人ってやだよね。」

「えっ・・」


 2人は掃除が終わり人のいない所へ移動した。いったい何の話かと全く予想がつかなかった。

「どうしたの・・?」

「秘密を隠してる人って悪い人でなくてもいい人って言えないよね・・」

国木田は真意がわからず少し沈黙が続いた。何のことを言わんとしてるのか真意がつかめなかった。

そして真澄は国木田の手を取った。そして上着を脱ぎ、国木田の手をゆっくりと確かに胸に当てた。

「あ・・」

「私、女なの・・」

「・・・」

国木田はやんわりと大きく驚いた。驚いているのを大げさに感情表現しないよう努めて冷静に受け止めようとした。そんな国木田に心から申し訳なかった気持ちと丁寧に理由や自分の気持ちを説明しようと言う誠意をこめて言った。

「ごめん、黙ってて、この学校に来たのは学費が安い事なんだけど。それ以外にも母さんを守るため男っぽくなろうとしたんだ。ごめん。国木田さんは一番お世話になったから最初に言おうとしたんだ。他の人に言うかはまだ決めてない。怒った?」

「怒ってない。」

一見すると少し怒りを押し殺したポーカーフェイスに見える。しかし驚きと受け止める気持ち、そしてやんわりとした笑顔を国木田は見せた。

「言えないのがつらいと思ってる人は悪い人じゃない、いつか言ってくれる。」


 真澄は大泉に国木田に打ち明けた事を言った。

「あなたがこんなに早く自分から打ち明けるなんて・・色々言った事お詫びしたい!」

「まだ全員に言う勇気はないけど・・」

真澄は大泉を恨まず軽く微笑んだ。


 その時ある生徒が大騒ぎで教室に入ってきた。

「大変だ!ボクシング部に道場破りだって!」

勝利が行ってみると驚いた。

「あれアルバイト先の先輩だ!」

 



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