闇の中の心
「父親が母親を殴った……」
緊急事態的緊張が受話器を持つ真澄の身体に走った。
「え、どういう理由……」
「死んだ祖母の事で口論になったんだ。それで、悪口いうなみたいに。でバシンバシンと」
勝利の口調は自分で気づいていないが乾いていた上単に状況のみを説明するように淡々としていた。
一般的に大事である事にも前からの事と慣れてしまっている怖さがあった。しかし口調は少し震えていた。もちろん怒りでである。
「ひどい……」
同情的、非日常的に受け止めている真澄の口調と温度差があった。
「でも、前からあったことだから……珍しい事じゃないから」
勝利の声にはあきらめの気持ちも含まれていた。
しかし悔しさも感じ取れた。
やりきれなさと自分の力のなさも含まれていた。淡々としているのが自分でも怖いと思っていた。
さらに同様の口調で説明を続けていた。
「うちはそんなの当たり前の事だから、昔からしょっちゅうそういう感じだった。怒鳴るのなんて日常茶飯事でその上姑はずっと母をいじめていた。父が手を上げるのは1か月に2回くらい。今日俺も怒った。でも母さんとはうまく行ってなくて色々あったために何ていうかかばう気があまりなくなっていた。でも本当は自分が言われるのが怖いからなのかもしれない」
長い説明の後何か言いたいことはあったが疲れ電話を置いた。真澄に当たるようで嫌な気持ちもあった。
しかし勝利は「いつか変えてやる。」とふつふつと胸の火を燃やしていた。
勝利の電話の約1時間前父は母を殴り罵った。
「貴様はそれでもうちの嫁か!」
と言って一発殴り、
「恥を知れ!」
「俺の妻なら姑のいじめに耐えてから言え!」
と言いながらそれぞれ思い切り頬を殴りつけた。情けも容赦も何もなかった。
「で今日やめろっていったら殴られた」
「……
よっぽどなんだね。」
それ以上は真澄は何も言えなかった。
「明日、学校を休む。」
勝利は翌日早朝教室に入りうなだれながら鞄を机に置きそのままやる気なくうつ伏せに寝た。勝利が朝から寝てしまう事はあまりないため何かあったんだと周囲は察した。
授業が始まると寝言の様に
「僕の人生は終わりだ」
とつぶやいていた。
真澄は心配し気遣い
「ノート取っておいた」
と渡した。
国木田は真澄に聞いた。
「日向君、何かあったの?」
真澄はしどろもどろだった。昨日の電話の内容が頭を駆け巡ったが口には出さない事にした。
「あっいや何でもないというかあったと言うか。色々問題を抱えてるらしくてとても深刻なんだ。でも今日は僕から何か言うのやめとくよ」
帰った後真澄に勝利は電話した。
昨日と比べ自分を見つめ直し、少し後悔の念がにじみ出た言い方になっていた。
震えるような調子とやるせなさが同居していた。電話口が相談相手の様に吐き出していた。
「俺昨日もっと激しく怒ればよかったと思う。怒って暴れてそのまま家を飛び出せばよかったんだ。でもそれが出来なくなった。なんでだろうって考えたんだけど、自分を守っているのか。怒れないんだ。ボクシング部や進藤の時と違って。子供の頃から父に良く怒鳴られて一生に一度も逆らわせないと言われた事があった。普通なら怒るだろうけど、俺はとげを全部抜かれたんだ」
真澄は慰めようとした。
「明日小宮先生の所行こうよ」
それに答えない形で勝利は続けた。
「大学に通っても自由になるかわからないしその先も。目標とかの事じゃなく親に逆らえないし」
勝利は次の日学校で小宮に会って話したあと帰宅し机で紙に自分の気持ちを書いた。
もはや病気の人の詩の様になっていた。切々と冷たくなった心を綴り続けた。そこには昔からためていた吐き出せなかった気持ちの蓄積があった。
(俺はこんな風に泣きながらノートに書くしかできない弱い人間なんだ。ずっと前からそうだった。あと母さんをかばえなかったのは父に怒鳴られるのがまるで母の役割の様に思っている残酷な面があるからなんだろう。あと母さんが俺に恋愛を許さない自分勝手な所がきらいだったから。親が持ってるのは小宮先生が言った幼児的な一体感なのか。ああ、もう12月なのにこんな事考えてるひまない。でも今後俺に良い人生なんてあるんだろうか。親を絶対的支配者とし悪とし自分は僕になる、そんな関係じゃこの先何も行かないだろう。」
勝利は真澄の母の言葉を思い出した。相手が理由があって言っていると言う部分だった。
しかし勝利は自問自答した。
(そうだろうか。世の中にはそんな考えが通用しない相手もいるといると思う。理解しあえるのなら皆がとっくに理解しあえてるんだ。)
しかし勝利は真澄の母の意見への批判を一旦止めた。そしてまた考えた)
(で、一番気に入らないのは昨日あれだけの事があったのに一緒に住んでいる事なんだ。生活の為一緒に住んでるだけなのかもしれない)勝利はアルバイトも辞めるため電話をかけようとしていた。




