揺れ動く学級と将来の模索
学校の4階にある図書室は2年生にとっては受験まで1年をきっているためか、趣味の本を借りに来る人は少なかった。
自習で使う人もあまりいず、自習は予備校かもしくは自宅でする者が多かった。
国木田は受験生なのだが、こんなことをしている暇がないと自覚しながらもどうしても借りたい本があり来ていた。
彼女が来たのは「心理学」のコーナーだった。縦4メートル、横6メートルほどで1段に50冊ほどの本が並んでいる。
どれもメンタルや心理学についての本だった。
その中で国木田はやっと見つける事が出来た。
「あった」
それは大泉蘭子の机から落ちた「人の壊し方」と言う本だった。国木田は恐る恐る手に取った。
「これ何か怖そうな本だけど大泉さんが何をしようとしてるのかわかるかもしれない」
ソファに座って最近の事を思い直した。最近の進藤の積極ぶりは明らかに変だと感じていた。
(進藤君が学級委員に立候補してから明らかに雰囲気が変わってる。それってボクシング大会のすぐ後だ。変わったと言うよりそう見られたがってる様に見える)
思慮は彼女の得意とするところである。顎に手をやり背骨を少し曲げた。
「人の壊し方」を少し読んでみた。
表紙には暗い背景に人が吊るされたおどろおどろしいもので目次をみると、「・一流の男を操る方法、・人間を転落させる方法、・それを嘲笑う人間、」等の項目があった。
「えっ、何これ? 何でこんな本読んでるの?ただの好奇心?それとも何か目的があって?」
その頃教室では男子たちが噂していた。
「椿の奴、最近少し付き合い悪いな」
「と言うよりあいつ何か前にもまして女っぽくなってないか? 動きとか話し方とか」
「そう言えば日向がボクシングはじめたあたりからのような。」
真澄は耳が良いため、大体耳に入り、その言葉は彼女を動揺させた。
(私の仕草が女っぽくなってる? 気づかない内にそうなってるのかなあ)
そこへ日向が来た。
「どうしたの考え事?」
「あっ、ねえ僕って仕草が女っぽいと思う?」
日向はややとぼけて答えた。
「あ、いや別に」
「遠慮なく言って!」
真澄はぐいっと前に出て勝利を凝視した。勝利は気圧された。勝利は頭をかいた。
「みんなが言ってたけど、少しずつ仕草が女っぽくなってきてる気がする。気にするかもしれないけど。あと表情って言うか。」
「そう……」
勝利はまばらだった記憶を思い返した。
「そうだね、試合で抱き起してもらった時一瞬君の事があの写真の妹さんに見えたんだ」
「え……」
「で少しして意識がはっきりしてきてやっぱり椿だと思って。ちょっと皆の声が聞こえたんだけど」
真澄が勝利と離れ廊下を歩いていると蘭子が近づいてきた。
「疑惑を持たれているようね、椿君」
「大泉さん」
「皆が言っているように、貴方は仕草が女っぽく見える」
「そ、そうですか?」
「日向君とあなたはとりわけ大の親友、もちろん男同士の友情だけど」
特定の答えを誘導するための言い方に真澄は愛想笑いをしたが顔が引きつりにらみが入った。
今急いでるんでと言いたかった。
心をみすかすような目で大泉は言った。
「あなた、時々ちらちら彼の方見てるわよ」
「えっ!」
真澄は虚を突かれた。
「ああ、私学級委員に慣れてるから、良くクラス全体を見回してるの」
さもアンテナを自慢するようだった。
真澄は少し警戒しながら間を取り、目をそらしがちに答えた。
「うん、確かに彼は僕に最初から優しくしてくれて、一番信用してるいい友人だと思ってる。」
何か本人の望む答えを誘導しよう、させようとしているなぜか答えなければいけない雰囲気にさせてしまう何かがあった。
大泉は
「私もいい人だと思ってるわ。一見温厚でも熱くチャレンジしたり友達おもいな所もある」
少し言い方が優しくなったがまだ2面性を感じさせた。真澄は意見が合い少し安堵した。
目を合わせない様に斜め下を向き右手は左腕をつかんでいた。
「うん、僕も彼と付き合って色々な面が見えてきました」
大泉は良く見てるなと言う顔で微笑んだ。
「そうよね。好かれようとしてるわけじゃないのよね彼は。どこかの誰かと違って」
わざとらしく意地悪な目でちらりと進藤を見た。大泉は
「ところで他の人に聞いたんだけど、椿君て妹がいるのよね。」
「あっ、知ってたんですか。」
大泉は写真を見た。
「本当にそっくりね。まゆげの太さと言い、髪の生え際と言い、口元と言い……」
大泉は少し間を置いて言った。
「私、日向君結構タイプかも」
「えっ!」
(反応してる事がすでに怪しいじゃない)
その夜進藤は家で腕立て伏せをしていた。
「ぐっ、腕立て10回しかやってないのに。あいつは100回やっていたのか。これくらいで……高校時代トップになり将来大きな人間になるんだ。そして大泉さんの事も……」
真澄は夜宅配会社でアルバイトをしていたが重い荷物運びにさすがに息が苦しくなってきた。
「ここもきつくなってきたな……」
その時上司が体の大きな男性を早く運べるとほめていた。そして真澄の所へ来た。
「うーん、どうもね……彼の方が力があるんだ。だから効率よく進められる」
真澄は仕事が終わって考えた。
(こんなに男のふりして頑張ってるのに。いやそれが間違いなのかもしれない)
大泉は回想していた。
「お兄さんが悪いんじゃなんですが。上司の命令で……」
と兄が何やら問い詰められている思い出だった。
(私はあの件で大きな心の傷を負った。不正はゆるさない。椿真澄は9割黒だ。でも今はまだ泳がせてあげるわ。)
と流し目で微笑んだ。
次の日学校で勝利は筆箱を開けて足りないのに気付いた。
「あれ、ペンが一本足りない。落としたのかな」
目に手をやり疲れを確認した。
「疲れてるのかな」
進藤はシャープペンを握っていた。
「あいつのシャープペンを隠してやった。だが嫌がらせばかりすれば俺の株が落ちる。ほどほどにしておこう」
と薄気味悪い声で言った。
冷静さと極端なまでに激しい顔を2面で見せていた。
神山が担任の西巻に廊下で言った。
「先生、こんどの席替え、進藤や大泉の近くにしてもらえませんか?」
「しかし……」
「彼らどうも怪しくて、見張りたいんです」
神山が勝利にシャープペンを届けた。
「えっ? 黒板消しの裏に置いてあった?」
「これ誰かが……」
進藤に目をやった。
「あいつ時々独り言でお前が嫌いだって言ってる」
進藤が大泉に聞きに来た。
「実はさっき神山君が日向に僕が悪口を言っていると言っていた。」
「ええ?」
「どうすれば……」
「あえて冷たく接してみれば?」
「逆にかい?」
大泉は進藤がいなくなり嘲笑った。
「ふふ、いよいよ人の壊し方のとおりにあの男は終わる。クラス1の笑いものになるわ。それを眺めるのが私の楽しみ。そして椿真澄の正体をあばく」
夜勝利はふとんの上で悩んでいた。
「親に不満があるのに大学に行くために従うってのも何か変な気がする。4年間そのままだし。本当はボクシングを始めて一気に自分の人生を変えたかった。無謀だとしても・・バイトやろうかな。」
大泉は翌日学校で真澄に言った。
「あっ、シャツがほどけてる!」
「えっ!」
「あはは、本当女みたい」
真澄はむっとした。
「見れば見るほど綺麗ね」
「からかうな!」
(ふふ、まあその内正体を暴くわ)




