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不満な毎日と男装転校生

 「僕の部屋は狭い空間だ」

 高校2年の彼は朝から自分の部屋の机に座り肘をついたまま顔をしかめ考え事をしていた。


 時計は7時35分、高校生ならもうすぐ登校の時間だ。


 だが彼の心はくすぶったまま、机と言う狭い空間に向けられ、外側にまでだすエネルギーには乏しかった。


 とても意気揚々と1日を始めようと言う気持ちではなかった。


 日向勝利は高校2年生、現在10月で受験まであと1年半となった。

 本来進学予定の生徒にはこれからが最も忙しくなる時期だ。


 彼は1戸建てのなかなかの大きさの家に住み親も良い仕事についている。


 部屋もきれいである事からだらしなくもない。

 朝悩む事が多いが遅刻はしない。


 だらしなさがなく遅刻などもしない事から本人は気づいていないが友人たちの信頼は厚い。


 試験の答案が部屋に置いてあった。

 94点、偏差値も68と高い。


 彼は経済的には比較的裕福であったし、外見などもやや細い中背、顔も悪くなく、目の横から頬、顎のラインに至るまでわりと整ったラインを形成している。


 ごつい頬肉型でなくすらっとしたラインだ。


 髪型はそんなに今時の若者の様にかちかちにスタイリングされておらず短めに真ん中わけで、おしゃれではないが少し整った形である。


 目つきは落ち着いていてかつ柔和、どちらかと言えば疲れて伏し目に見えややもすると、無関心的、クールそうにも見えるが、しかし彼は概して他人に冷たい印象を与える事は少ない。


 ともすると意志の強そうな印象も受ける。

 どこか瞳の奥に秘めた熱さの様なものを感じさせる。


 いざと言う時、大事な時には熱くなるタイプではないかと言う印象も受ける。


 普段落ち着いていてここぞと言う時に熱さを見せそうな外見だ。

 少し貧乏ゆすりのように体が揺れている。


 少し不健康そうで寝不足のようでもあり、それは落ち着けない悩みがあるように周りからは見える。


 意志も強そうな瞳と温和な印象であるためか学校には友人もいる。

 しかし実は彼は幸せ、自由とは言えない環境にある理由があった。


 彼は毎朝のようにこうつぶやく。


「何で門限が夕方5時なんだ」


 おもむろに彼は机の上で不満を口にした。

 これが彼の不満な理由である。

 怒りと憎しみを込めしかし抑え気味な感じであった。


 しかし拳は震えていた。 

 さらに両腕を机につきぶすっとしながら言った。


「その上、何で女の子と親しくしちゃいけないんだ。」

 人が聞いたらなんだと思うような不満の内容である。


 さらにつぶやきは続いた。

 

「何でなんだ、なんで僕には自由がないんだ。何でこんな家に生まれたんだ」

 彼は朝っぱらから出生や家庭環境に悩んだ。


 しかし勝利は机で苦悩しながらも、ふと時計を見た。

 もう5分経っていた。


 彼の心の時間が動いた。

「もう学校へいく時間だ」

 

 朝食はすでにすませ着替えていた。

 悩み足りず解決もせず、しぶしぶしていたが、そもそも彼には外と机の上とどちらが居心地がいいのかわからなかった。


 憂鬱に階段を降りると悩みの種の張本人である母親がいた。


勝利の母は41歳、あまり老けたほうではなく、若いころの美貌の片鱗が残っている。



勝利はぶっすり出かけた。その無表情さに母親は怒鳴った。

「いってきますくらいいいなさい!」

その言い方は大声でもありどこか冷たかった。


 しかしその冷たさは生まれつきと言うよりも何か大きな悩みを抱えていそうに鋭い人なら気づく元気のなさだった。


 勝利は把握していなかったが。落ち着く場所がない人の様にも見えた。


 勝利が母親を恨むのは勿論理由がある。

「何で母ちゃんは俺が女の子と会うと怒るんだ」

 登校中の道で彼の脳内に嫌な思い出がよみがえった。



 その思い出とは勝利が一年生のころの事、カラオケボックスに男女数人で行った時である。


「ファミレスいこ!」

カラオケが終わり、次の遊び場はと女の子たちが言うと勝利は申し訳なく言った。恥ずかしかった。


「ごめん、俺帰る。門限なんだ。」

「えーっ! 門限?」

 女の子たちはとんでもないものを見るような目で勝利を見て騒いだ。


「男のくせに!」

 女の子たちは先に帰ると言う怒りと嘲りがあり勝利はばかにされた。


 皆に顔を見せられないほどの恥ずかしさと申し訳なさ、それでも男か、女を置いていくとはと言われた事が胸に突き刺さり、明日学校で馬鹿にされるのではと言う思いを抱きながら皆を置いて帰路についた。


 だが苦しみは終わりでなかった。

 帰宅すると待ち構えたように母がいた。



「今日何て女と会ったの。どういう関係なの」


 冷たく低い声で手を腰に当て聞く母親に勝利はかっとなった。

「関係ないだろ!」

(あれ以来、門限の事がうわさになり僕に近づかない人も出てきた)


 本当は彼は叫びたかった。


 街中でも人目をはばからず。

 声を大にし気持ちを目いっぱい吐ききるまで。

 若者らしく大きな声で不満や本当の気持ちを叫びたかった。


しかし彼は落ち着きすぎな程自分を抑えるよう親に教育され性格操作と言っていいほど感情を抑えるのが正しいと子供の頃から叩きこまれていた。


 悲しみはあまり表に出さないが不満は出過ぎでないがどこかわかるように表情に出す。

 そんな感じの感情表現をする。


 勝利の通う高校は徒歩も含めて35分前後でつく距離にあり、そこからも彼は比較的恵まれていた。


 通学路には同じ高校の生徒たちが歩いていたが、比較的おとなしくまじめそうな生徒が多かった。


しかし勝利は不満とストレスで足取りは重く左右にふらついているようで鞄の持ち方も力がこもらず、どこか心ここにあらずだった。

 

 母親に怒鳴られた事もまだ気にしていた。


 もうすぐ学校と言う途中の道で嫌な思い出に割って入るように勝利の後ろから声が聞こえた。


「おっはよー!」

 男にしてはかなり甲高い明朗な声と共に同級生らしき少年が現れた。

「戸田」

「おはよー、元気ないね!」


 少年は勝利と対象的に態度も声も明るかった。

 朝なのに憂鬱さを感じさせず、全身が輝く様だった。


 天真爛漫を絵に書いた、細身の体で少しなよなよした美形少年である。

(こいつと一緒だと俺が同姓愛者だとか変な誤解されるんだよな。いいやつだけど)


「勉強頑張ってる?こないだ偏差値65超えたじゃん。すごいよ本当」


 勝利は褒められた事もテストの事もそんなにうれしくはなかった。

 しかし彼は話しかけられた時気を使うタイプなので、好意的な質問に

 憂鬱さを振り払って答えた。


 出来る限り素直に答えたかった。

「ああ、昨日も予備校だったから。眠いだけだよ…最近寝るの遅いから。ま、あと1年ちょいの我慢」



 しかし戸田は少し不安に顔を覗いた。

「何か、顔疲れてない?」


 勝利は指摘されてはっとした。よく見てるんだと言う気持ちだった。

「あ、勉強のせいじゃなく考え事してたんだ。まあいつも考えてる事と同じだけど」


「もしかして、門限の事?」

 戸田は不安に顔が曇った。

「うん」


 勝利はそもそもクラスでは別にすごく目立ちたがり屋なわけではない。


特に最近は悩みが多く必然的に休み時間の会話は減った。しかしクラスの中心に自主的になろうとしているわけでもすごく積極的に遊びに加わったりムードを作るわけではないが、なぜか彼には割と人が集まる。


 リーダータイプでも高いコミュニケーション能力があるわけでも腕力が強いわけでもないが人気はかなり上位である。


 自分から話しかけない時も話しかけてくれる人がいたり、周りから立てられて中心的になっていくタイプかもしれない。


また勉強が出来る事からこつこつ努力している事や身だしなみなどがきれいな事、話しかけても冷たい反応をしない事などが信頼を集めているのかもしれない。


 実際友人である戸田恵一も何となく彼のいいところに気づいていた。

 表情や喜怒哀楽はあまり豊かではないが、話す時つらくても温厚な表情と口調で話す事が相手に良い印象を与えているのかもしれない。


「ひどいよね勝利の親も。でも大学生になったら今とは対応も変わるんじゃない?」


「そうかもしれない、今は受験だからと思う。でもそれ以前の問題でもあるんだよね。なんていうか、自分の家だけ他の人と違ってて。」


 戸田は重ねて心配した。

「でも家出したりぐれたりするとそれもね、こんど真面目に相談にのるよ。ところで今日転校生くるじゃん」

「あっ忘れてた」


 一時限が始まる前に担任教師が現れた。30代前半の男性教師である。



 スポーツ経験から筋肉が胸にあり柔和な顔と温厚な話し方通り生徒には好かれていた。


 天蘭高校の2年d組は男女あわせ35人程であった。わりとまとまりや雰囲気は良い方であった。平和なクラスと言ってよい。


 教師は少し改まり言った。

「今日は新しいお友達がきます」

 教室がわずかにどよめき期待と不安が交錯した。男子の一人が言った。


「男らしいよ。女の子がよかったんだけどな」

 しかし次の瞬間、教室のドアが開くと皆が震撼した。


 教室に入ってきた転校生の姿は生徒たちをおどろかせどよめかせるのに十分な姿をしていた。

 周囲に光をまき自らも光を放つ花の様だった。


 現れた転校生は確かに男の制服を着ていたが、細い女性のような華奢な体、ぴんとした身なり、上品な歩き方、麗しくかつ凛とした印象もあたえる瞳や微笑み、小さく細いようで芯の通った鼻筋がりりしさも感じさせる。


 さらりとした非常に丁寧ににケアされた短髪とむくみ一つない白くみずみずしい肌は少年と言うには美しすぎるほどの輝きを放つようであった。


 女子たちはまるでお話の王子が城から来たように騒いだ。

「な、なにあの人きれい!」


 男の子たちは驚いた。

「あいつ男?」


 少年は教壇のとなりにきた。

「今日から一緒になる、椿真澄君だ」

「よろしくお願いします」


 椿と言う少年は皆に微笑みお辞儀も丁寧だった。

 教師は教室を見回した。

「日向のとなりが空いている」

 勝利は真澄と目があった。


 真澄は何となく運命の様な物を感じさせる目と表情をした。勝利は何とも言えない気持ちになった。

(俺の隣か。不思議な感じの人だ。今まで会ったことないかも)

真澄はゆっくりと勝利の席に向かった。


 そして真澄が座ろうとするとふいに彼のポケットからハンカチがおち、勝利は拾った。

「あっ、ハンカチ落ちたよ」

「あっ」


 真澄は戸惑いすぐ礼をした。

「ありがとう、これからよろしくね」

「いっ?」


 真澄はウインクをした。それは女生徒と勘違いするような仕草だった。勝利は気持ち悪くなった。


「あいつ気持ちわるくないか?」

「ほとんど女みたいなやつだ」


 男子は休み時間噂をした。教室を勝利が歩いていたとき裏返しの写真が落ちていた。

「ん?」


 そこには真澄とそっくりの髪の長い女の子が写っていた。

「あの、椿君」

「なに?」

「これ、君のかい?」


 勝利は優しく差し出した。

「はっ!」

 写真を渡されると真澄はどぎまぎした。勝利は笑顔で話しかけ距離を縮めようとした。


「君そっくりの女の子が写ってるから妹さんかお姉さんかと。」

「あ、ありがとう、これ妹なんだ!」

 足早にさる姿を見て勝利は疑問を感じた。


 勝利は休み時間の終わりごろ勉強していた。

(はけ口が無くて、勉強している時の方が気が落ち着く。いつからだろうこうなったの)


 そこへ戸田が話しかけてきた。

「少し休みなよ」

 勝利は1息ついた。


「何か勉強ばかりしている。と言うかしてないと落ち着かないみたいになった」

「少し前からだんだん休み時間遊ばなくなってきたよね」


「もちろん1流大学は受けるよ。だけど休み時間勉強するのは何かそれが目的じゃないみたいになっていて自分でも良くわからない」

「人間やり場のない気持ちがあるとあえてやりたくない事やる事あるよ」


 勝利は思った。

(家のことばかり悩むから何かに集中していた方がましなんだ。きつくても)

 戸田は真澄の方を見て話していた。

「転校生来てるんだから話しかけてあげれば? 最近人に関心なくなってない?」


「うん、さっき少し話した。落し物を届けてあげた」

「ふーん、もう話したんだ。あの人の事やっぱり気になる?」

「あ、そういえば何でかな?」


 おもむろに話題を移した。勝利は切り出した。

「細いからだだね椿って、足がすぐ折れそうで……」


 しかし戸田は真澄を見ながら言った。

「いや、彼結構柔軟で筋肉のばねのありそうな感じに見える。ボクシングに向いてそうだな……」

「えっ、何でわかるの?」

「あっ、こっちの話」


 真澄は女生徒に囲まれていた。

「椿君は得意なスポーツあるの?」

「陸上をやってました。得意なのは高跳びです」

「へー、痩せてるのに」


「ああ、コーチや先輩に、細いけど柔軟な筋肉だと言われてました」


 その会話が顔を昼寝のように伏せていた勝利にも聞こえた。

(へえ、陸上やってたんだ……だけどそれも驚くけどなんて言うか……)


 ちらりと真澄の方をみた。

(なんていうか彼の全体的な雰囲気が、魅惑的と言うか幻想的?何か不思議なムードを出してる。最近は

 あまり他人に関心なくなってたけど、何か不思議と気になる)


 何とも言えない雰囲気の真澄に勝利は気を取られた。細いが存在感があり顔や目だけでなく仕草などにも。

1つの世界と言ってもおかしくないほどの雰囲気を真澄は醸し出していた。しかし一方でどことなく違和感も感じていた。

(何か普通の男と違う……)


 勝利はつぶやいた。

「俺も陸上やってたけど1年で辞めちゃった。それ以来打ち込んだり気持ちを発散させられるものがないな」


 勝利は真澄を見ていたが魅惑的な横顔や綺麗に手入れされた肌、魅惑的な目やさらさらの髪に目が留まった。独特の雰囲気に勝利は思わず引き込まれた。幻想的ですらあった。


(しかし椿ってなんていうか……清潔って言うか綺麗さって言うか。あ、気持ち悪い事言っちゃったか。ん?香水の匂いがする)


「どうしたの? 日向君」


 そこへ少女が話しかけてきた。目はややおっとり気味、しかし反面口元には自信を感じる。面倒見がよさそうで実は怒らせると意外に怖そうなタイプの様な少女は後ろに手を組み勝利に微笑んでいた。

「国木田……」

「何か匂い嗅いでない?」

「ああ、この辺に香水の香りがするんだ」


「私かも。香水変えたから」

「そ、そうか」

「椿君てはだ綺麗だね。しっとりしててスキンケアをすごくやってそう」


 それ以降はあまり勝利は真澄に話しかけなかった。その夜予備校の授業がおわり足早に勝利は家に帰ろうとした。

(早く帰らないとまた親父とおふくろがうるさいぞ)


 ぶすっとした顔で駅へ急ぐと宅配会社の前に真澄が働いているのが見えた。

(あれ椿君アルバイトか? 遅くまで重い物運んで大変だな)


 椿がその夜家に帰ると、家に病気らしき母親が寝ていた。


「待ってて母さん、今ご飯作るから」

「すまないねえ、苦労かけて」


 母親はすまなさそうだった。真澄が服を脱ぐと服の下には何と少女の体があった。真澄は女性だったのである。脱ぎ掛けた服の下には美しい肌と胸があった。


 真澄は勝利が届けた写真を見た。

「この写真を見てる時だけ女に戻れる」

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