進路と心の交流
勝利にとっては確かに2週間のボクシング体験は有意義であり、未知の世界であった。
練習をしている間は確かに新しい人との繋がりや自分が変わっていくのを感じた。
しかし、それは自分の人生にとっては挿話に過ぎず、あくまでも大学受験が第一の目標である事を知っていた。
「いきなり中西先輩と戦えたりすごい経験だし、熱かったけど、だからと言ってこの時期に部活入るなんて無茶だ。それをやっちゃえば人生破綻する。高3直前から部活入る人いないけど」
実は勝利は中西と明石に呼ばれていた。中西は決意のような気持ちで切り出した。
「ボクシング部に入らないか?ぜひお前を鍛えたい」
中西は試合の時の威圧感はなく、親身に勝利を認め薦めると言う調子だった。真剣に勝利の目を見ていた。
むろん今部活に入るのは無謀なのは承知で良く考えた結論と言う感じがした。勝利は少しだけ心が揺らいだが断った。
しかし中西は代わりのアドバイスをくれた。
「出来る範囲で決められたトレーニングを毎日するんだ。それは様々な事を乗り越えていくために必要で同時に自信となって積み重なる」
明石は言った。
「ま、いまから部活やるのもあれだわな。人生は早く何かを始めるのも結構重要だし決めるのも自分。大学に入れば出来るけど。」
勝利は休み時間も勉強し、予備校に行っても自習室へ行ったりして脇目もふらずに勉強した。
真澄は登校中勝利に話しかけた。努めて明るく接しようとしたが明るすぎない様にも配慮して抑え気味にしていた。
「どう? 順調? 予備校は。」
「うん、これからは勉強一点集中だよ。」
どこか勝利は不満と疲れを隠せなかった。
「僕も本当は予備校行きたい。でも頑張るよ。ところで、最近ご家族となんかあった?」
勝利はすぐ答えられず下を向いて黙った。真澄は答えにくそうなのを察した。
勝利は受験は自分の意思であったが、また今後も自分の人生に親が関わるのを懸念した。大学に行っても口を相変わらず出してきたら、というのがあった。
勝利はまた父に言われた。
「遊びのボクシングは終わったのか?あの頭の悪い人種がやるくだらんスポーツを」
勝利は何も言わなかった。話が終わりジュースを買いにいこうとすると呼び止められた。
「どこへ行く?」
「近所のコンビニだけど?」
「ふざけるなまた勉強をさぼる気か!貴様は真面目さのかけらもない男だ!大体女をかけてボクシングなどやるから気が弛むんだ!」
(女なんてかけてないだろ…)
真澄は同情した。
「ひどいね、そんな事言うの、何も言い返さないの?」
「怒ってるけどひどくむなしくて…何かどうでもよくなってくる」
「ご両親心の病気なんじゃない?連れて行ったほうが、普通言わない事を言うし、理解しきれない」
「小宮先生も言ってて出来れば会いたいって。でも連れていく人がいない。どうせ病気じゃないって言うだろうし」
「これ、僕の本、何かの参考になるかも」
真澄は「毒親について」「親に傷つけられた心」の2冊を渡した。
真澄は唾を飲み込み勝利のおかれた状況の辛さで自分がネガティブにならないようにした。
「困ったら僕に相談してくれ」
その後も1週間ほど時間を勉強についやした。まだ模試は受けていなかった。
小宮の元に真澄は行き勝利の最近の状況を話した。
「そうね、日向君は頑張り屋なんだけど、つらい悩みをそのままにしてしまう所があるわ。それは必ず後を引いたりしこりになり心の傷になったりするわ。成績優秀だった人でもトラウマや心の傷で道を踏み外してしまった人も多くいるわ」
真澄は手を膝にやり、勝利の身を案じた。
(もし近い将来、日向君が道を外す事があったら…私が何とか救わないと…あっ、もちろん男友達としてでないと彼に悪影響及ぼすな。このまま女であることは黙っていよう。それに学費のために男のふりしてるってすごく悪い事だよね。先生は知ってるって言っても。国木田さんも私を男って思ってる)
 




