防御だけの戦いとボディブロー
「このままじゃ面白くない。」
突然中西は動きを止め試合を中断するような発言をした。
中西は筋肉をふるい周囲を圧倒する程の威厳を保ったまま急に勝利に向かって話し始めた。勝利は一旦進むのを止めた。
用心深い勝利らしく中西の動きや表情を観察し何を考えているか知ろうとした。
何が言いたいのか意味が計り知れない中西の雰囲気が勝利の心中を支配した。
「防御だけにしてやる」
と言った途端、中西は先ほどと同じ口調で手を下げ、殴る気配を消した。
「えっ?」
勝利はさすがに戸惑った。大概の人間はここで挑発だと思い感情的になるかもしれない。
しかし勝利は慎重だった。中西はふてぶてしく言った。
「防御だけにしてやる。」
「防御だけ?」
「打ち返さないから早く殴って来い」
「ぐぐっ!」
さすがの勝利も馬鹿にされているようで怒るのを抑えられなかった。しかし一方で中西に何か策略があるのではと言う警戒心が勝利をセーブした。
戸田も檄を飛ばした。
「挑発に乗るな。抑えて、抑えて」
勝利は中西が何を考えているかわからないため慎重に踏み込みかつ隙なくジャブを連打した。
試されている気分だった。しかし頭に血が上らないよう気を付けていた。中西は思った。
(ほう、馬鹿にしても乗ってこない。なかなかの度量だな)
しかし中西は最初の1、2発をあっさりかわし3、4発もかわした。5発目もかわされた。
観客は中西の謎の行動にざわめいた
「本当に打ち返してこない」
明石は
「あいつの様子を見ているのか。しかし本当に余裕がなければ出来ない」
他の3年は説明した。
「いやちがうな。あの素人との力の差がありすぎて試合にならないからだ。だから力を抜いてるんだ。あの日向にも客にも情けをかけてるのさ」
10発打っても余裕でかわされてしまった。しかし勝利は疲れを見せないよう振る舞い思いきって話しかけた。
「何で攻めて来ないんですか?」
「お前など軽く倒せるからだ。防御だけは本気でやってるが」
「くっ!」
勝利はなめられ憤激した。
疲れでイライラしておりさすがに目が怒っていた。
しかし戸田は激を飛ばした。
「あせるな!」
(あいつ結構挑発に乗りやすい所あったから。普段は落ち着いてるけど)
勝利は火野に言われた事を思い出した。
「とにかくフォームを隙なく。」
3年が罵声を浴びせてきた。
「おい素人! 中西はお前に情けをかけてるんだよ! さっさとやられろ!」
それを聞いて落ち着きながらも内心馬鹿にされ勝利は静かに怒っていた。神山は
「あいつあんな事言われてよく言い返さないな。」
しかし勝利はむきにならないよう秘めた闘志に火をつけた。
「相手がせめてこないならこの間に打ち込んでやる!」
戸田は再度
「落ちついて、落ちついて」
勝利は意を決してあらんかぎりジャブを無数に打ち込んだ。後の体力は考えなかった。
これが普段落ち着いている勝利の熱さだと観客にも伝わった。勝利は攻めながらも体力を後に備えて温存し始めた。
しかし中西は顔や上体を最小限の動きだけでかわし続けた。勝利が恐怖とあせりと悔しさがまざった感情に支配されていた。
それに負けない様にふるまっても。
(これほどに力の差が、くそ!)
もはや勝利はバカにされているような怒りで隙が大きくなっているのも忘れていた。そのため難なくかわされた。
戸田は叫んだ。
「だから大振り!」
中西は
「そんな簡単にカッカするとは、これは見当違いだったか」
しかし声は届かずなおも両腕ストレートを連打した。
しかし勝利は冷静さも忘れていなかった。一発をフェイントにし、ボディブローを打ち込んだ。
さらに間髪入れずもう一発打ち込んだ。
(これだけは自信が少しだけあるんだ!)
それは文字通り威力も気の入りかたも他のパンチと違った。腹めがけ短期間で身につけた威力だった。
(ぬう…)
中西の顔が少しだけ変わった。いや間近でなければ変化に気づかないほどであるが。
勝利のボディを腕でガードし明らかに中西は異常を感じた。
(腕が一瞬しびれた!)
戸田は
「もしかして得意のボディを打つ為我を忘れたふりを?」
客席は気づきどよめいた。
「うそ! あの中西が!」
「こないならもう一度!」
勝利はボディに全てをかけていた。
「ぐっ!」
中西は前のめりになった。
客席は騒然となった。中西は初めて怒りをあらわにした。
「バカのひとつ覚えがきくか!」
中西の構えが変わった。
勝利は気圧され足を止めた。
そして次の瞬間信じられないスピードのパンチが勝利を襲った。
それはすんどめだった。あまりの威力とスピードに勝利は凍りついた。当たらなくてもわかりすぎるほど威力は伝わった。
さらに次の瞬間また信じられないスピードのジャブが勝利の鼻を襲った。勝利は力がなくなるのを感じた。
(あれ、ジャブなのに、体がふるえて膝に力が入らない)
そのまま勝利は膝をついた。観客は騒然とした。
「ダ、ダウンだ。」
勝利は呆然自失状態だった。
腕も上がらなかった。その時真澄がリングサイドまできた。
「日向君! 降参するんだ! 後は僕が控えてる! 僕が四人目になる!」
しかしそれを払うように最後の力で立ち上がった。
「君の心意気伝わったぜ」
真澄は
「何言ってるんだ。僕たちは仲間だ、何度でも君のかわりに戦う!」
「あとすこしだけ」
勝利は強烈なストレートを顔面にもろに受けた。
「きゃあ!」
と真澄は悲鳴を上げた。他の生徒も
「あれが中西のパンチ、公式戦並みの切れだ!」
「あれを食ったら!」
しかし勝利は最後の力を振り絞り立ち上がった。完全に息を切らしているが目はまだ強く中西をとらえていた。中西は思った。
(こいつ……)
それはまぎれもなく勝利の頑張りを認めた証拠だった。
勝利はリング中央に向かい最後のファイトを見せた。しかし無惨にも闘志は一発のパンチにくだかれ勝利は倒れた。
「ダウン」
勝利は10カウントを聞いた。レフェリーは中西のうでをあげようとした。しかし中西は
「俺の反則負けでいい」
「えっ?」
中西は
「聞こえたか? これで2勝1敗、お前らの土下座はなしだ。お前らもそれでいいな。」
柳と明石は頷いた。観客は喝采した。
「みんな、すごい試合だったぞ!」
勝利に真澄はかけより抱き起こした。
「僕が保健室に連れていく…」
勝利は意識もうろうで言った。
「変かもしれないけど、椿の体すごく柔らかい。」
「そんな。」
そこへ突如乱入者が現れた。それは乾だった。
「こんなんで納得いかねーぞ! 中西先輩の勝ちだろ! それより俺は土下座より椿の事を楽しみにしてたんだ! こいつは実は。」
その瞬間、真澄はモップで乾をなぐった。乾は倒れたがさらに殴った。
「あんたって男は! あんたって男は!」
みな騒然となった。しかし戸田はモップを目にし様子が変わった。
「モップ…」
戸田は突如頭を抑えて苦しみ発狂するように叫んだ。