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「…ズマ様、カズマ様」
俺は自分を呼ぶ声で目を覚ます。
そこではメイドの一人が俺の名前を呼んでいた。
城の人達に名前教えたっけか…。あぁ、腕相撲の時にバランさんに名乗った気もするな、そういえば。
「俺寝ちゃってたんですね」
「もう夕飯の時間になりますから。カケル様やアキト様が心配されていましたよ。サナ様の予想は大当たりでした」
部屋に案内されてからすぐに寝てしまっていたので、ノックの音にも気づけなかった。相当疲れていたようだ。
「夜まで寝てたのか、俺。すみません。ご迷惑おかけします」
「いえいえ大丈夫です。これがメイドの仕事なので。食堂までご案内しますよ」
「あ、ありがとうございます」
「敬語はいりませんよ? バラン様にタメ口をきくのに、同い年の、それもメイドに敬語だなんて違和感しかありませんから」
「そっか。それじゃ遠慮なく」
それは確かにそうだな。騎士団長なら国の中枢に近い人間のはずだ。そんな人と素で話しているのに、従者であるメイドに敬語なのは身分的な問題もあるかもしれない。
「私はサネル・デ・オロナミアと申します。カズマ様の専属メイドを仰せつかりました」
「オロナミア…ってことは、サネルは副団長さんの妹なのか?確かノエルさん」
「そうです! よくわかりましたね」
サネルは少し驚いた顔をして答えた。
「まあ、名前のイントネーションも似てたしな。姉妹で王城に仕えてるのか」
「はい。小さい頃からお世話になっていた方がいまして。その方のおかげです」
「なるほどなぁ」
そんなことをサネルと話しながら廊下を歩いているうちに食堂へと到着する。
「着きました、カズマ様。あちらでアキト様が席をとっておられますよ」
「おう、ありがとな」
「よぉ和馬、遅かったな。何かあったのか?」
秋人のほうへと歩く俺に気づいたのか、こちらに顔を向け、のけぞりながら秋人が声をかけてきた。その正面には沙那も座っている。
「いや、心配かけてすまん。ベッドで仰向けになってたら寝落ちしちまって」
「私の予想大当たりだったわね」
「あぁ、結構疲れてたみたいだ」
運ばれてきた料理を口に運びながら会話をしていると、秋人が俺に話を振ってきた。
「それにしてもさっきの腕相撲凄かったな」
腕相撲と聞き、魔力を手に集めたことを思い出した。魔力操作の件は伏せておこうと思い、はぐらかし気味に答える。
「そうだったのか? 普通に腕相撲してただけなんだが」
「いやいや何言ってんだよ。お前と団長さんから凄い圧力? みたいなのを感じたぞ。よくまともに戦えてたな」
「そう、なのか? 俺は気づかなかったけども」
「ええ。どちらかというと貴方の方から感じた気がするのだけれど。魔力で身体強化でもしてみたの?」
沙那が食事をしながらさりげなく言った一言に、思わず言葉が詰まる。秋人からの質問には身構えていたが、沙那のほうは完全にノーマークだった。
「っ!? い、いやそんなことはないぞ、うん」
「そこはかとなく怪しいわね…」
俺の動揺を感じ取ったのか、沙那がジト目の圧迫モードに移行した。変な汗がにじみ出る感覚を覚えながら、とにかくごまかしに走る。
「とりあえず食おうぜ、な?」
「…しょうが無いわね。わかったわよ」
一時的ではあるが、沙那の視線からは逃れることができたようだ。沙那さん怖ぇ…。
異世界に来て魔力持っているから、皆魔力の感覚がわかるのか?既にスキルを持ってるなんて秋人に知られたら何を言われるか。
先を思い、少し憂鬱な気持ちになりながら席を立つ。部屋のほうへと歩き出すと、後ろから誰かが肩を指でつついてきた。
「ん?」
振り返ると、先ほどの視線にギラつきを追加した様子の沙那が。
その目はさながら肉食獣!狙った獲物は逃がさない!!
「日村くんは誤魔化せたのだろうけど、私には何をしたのか教えてもらうわよ」
…あ、マジですか。
食事と入浴が終わり、サネルの案内で自分の部屋へと戻る。見学の時に一度見てはいたけど、実際に入った風呂は凄かった。お湯は魔力を含んでいるのか体の疲れがすぐに取れたし、石鹸のおかげで肌はすべすべしている。睡眠でもとり切れていなかった疲れが吹っ飛んだ。
風呂の壁に大きな絵があるのはどの世界でも同じなのかね? 壮大な山脈が描かれていた。
「カズマ様、入ってもよろしいでしょうか」
ノックの音と共に聞こえるサネルの声。
「いいぞ。どうしたんだ?」
そうして部屋に入ってきたのは、サネルと沙那、もう一人のメイドだった。初めて見るメイドさんは恐らく沙那の専属の人だろう。
「うげっ」
「何よ、その鳴き声は」
「鳴き声じゃねえよ!? それとサネル、どうして沙那がいることを言ってくれなかったんだ!?」
「申し訳ありません。ですが、サナ様から言われていた上、面白そうだったので」
「ほら、メイドさんを虐めない。私が来た理由、わかってるでしょ?」
それはそうだ。食堂を出るときに言われた、身体強化のことについてだろう。
こいつの場合何が何でも聞き出しに来るだろうし、その騒ぎに気が付かれたら更に面倒くさいことになる。こいつなら口は固いし、一人くらいには教えておいたほうが良いか?
「しょうがねえな、わかったよ。その代わり話すのはお前だけだからな?」
「それで良いわ。それじゃ、少しの間二人きりで話をしたいから、外で待っていてもらえますか?」
沙那が二人のメイドに声をかけた。
「わかりました」
「カズマ様、くれぐれも手を出してはいけませんよ?」
「出さねえよ!幼馴染だぞ!?」
メイドたちが出て行ったのを確認して俺は沙那に話しかける。
「それで、俺がやったものについて説明すると、っておい、沙那。聞いてるのか?」
「…そうよね、和馬にとって私はただの幼馴染で、手を出すような間柄ではないのよね…」
何かうつむきながらぼそぼそと言っているようだが、声が小さくて聞き取ることはできない。
「おーい、何言ってるんだ?大丈夫か?」
「っ!ごめんなさい。大丈夫よ」
「ああ、それならいいんだが。で、俺がさっきやったのは、お前の予想通り身体強化だ」
「…どうやったの? 魔力を使っていたのは何となくわかったけれど、魔力の使い方なんてまだ知らないわよね?」
「そこでなんだけど…。ちょっと俺のステータス見てくれ」
俺は沙那に、偽装を解いた状態のステータスを見せた。少し念じたら簡単に偽装を解除することができた。スキルってスゲー便利。
「年齢と運の表示がおかしいじゃない。それにスキルの文字も私のステータスプレートにはなかったわ」
「ステータスプレート?」
「この世界では、この光の板をそのままステータスプレートと呼ぶらしいわよ。さっきアーミアさんに聞いたの」
「へぇ。あと、そのアーミアさんっていうのは、お前のメイドさんか?」
「その通りよ。それで、どうして貴方のステータスはおかしいのかしら」
「なんでも、俺は前に一回この世界に紛れ込んだことがあるらしい」
沙那が固まり、戸惑いながらも質問を続けてくる。
「…らしいってどういう事よ? 覚えてないの?」
「今回の転移の途中に神様に会って、その時聞いたんだ。記憶がなかったのは神様が封印をしたから、とか言ってた」
そこまで話すと、沙那は少しうつむき、またぶつぶつ独り言を言い始めた。
「何よ、何なのよそれ…」
「ん? おーい、沙那さんやーい」
「羨ましいじゃない! 何で貴方なのよ!!」
声をかけると、いきなり顔を上げてシャウトする。その勢いに俺も思わず仰け反ってしまった。
「うおぉ!? いや、知らねぇよ! それに騒ぐなって。周りの部屋に響くだろ」
「ふん、まぁいいわ。貴方がさっきの身体強化を出来たのは、その時に得たスキルのおかげという事ね」
荒ぶる沙那だったが、スッと落ち着きが戻り、いつもの様子が帰ってきた。
「切り替え早すぎるし。
でも、そういう事だ。随分あっさり納得するんだな。もう少し何か言われると思ってたぞ」
「貴方がこういう話を真面目にしてる時って、大抵は本当の事が多いのよ。幼馴染の勘ってところかしら」
「俺にはそんなもん無いけどな」
「是非とも身につけて欲しいものね。あまり遅くなると明日に響くし、そろそろ帰るわ」
「おう、了解。風引かないようにしろよ? それと、頼むから他のやつには言わないでくれ。必要なら俺から話すから」
「わかってるわよ…。それと、ありがと」
そう言って沙那は部屋を出て行った。
入れ替わりに入ってくるサネル。
「何をお話されていたかわからないですけど、沙那様のお顔、赤くなっていましたよ。それにさっき大きな声が…。ハッ!? まさか本当に手を出して…」
「無いからな!?」