騎士団長
「それでは、アシュリールに城内を案内させましょう」
「かしこまりました、お父様」
食事が終わり、一段落したところで王様が言った。
「人数分のお部屋の用意をしておきますので、ごゆっくりなさってください。何せ城内はとても広いものなので」
「はい、ありがとうございます」
「それでは行って参ります、お父様。勇者様方、こちらへお越し下さい」
クラスメイト達が席を引いて立ち上がり、全員がお姫様に従って部屋を出た。
そしてお姫様と舞踏会場や図書室、厨房、浴室を回り、庭へと案内された。見た事のない植物が沢山の花を咲かせている、幻想的な空間だ。俺はフランス革命を元にした、母親の好きな漫画を思わず思い出した。
しかし、注目する点は庭だけではない。
庭に隣接する形で騎士団の訓練場があったのだ。
丁度訓練中のようで、鈍く銀色に光る剣を使って打ち合っていたり(たぶん剣の刃は潰されていると思うが)、50メートルほど先の的に向けて魔法を撃っている人達もいた。
雄たけびと共に行われている激しい訓練に目を奪われる。一人一人の動きは何とか目で追えるが、その正確さが美しい。
「ここは騎士団の訓練場になります。わが国の騎士たちには剣士と魔法師の区別はありません。全員がどちらを用いてでも戦うことが出来るよう訓練するのです。バラン! ノエル!」
お姫様が二人の人物の名前を呼ぶと、空気が振動するかのような大声で合図が出され、瞬く間のうちに鍛錬が中止され、綺麗に整列がなされる。その早さに俺を含めクラスメイト達が感嘆の声を漏らした。比べてはいけないが、日本の学校にいたときのだらけた朝の整列なんていうものとは比べ物にならない、本当に洗練された動きのように感じた。
鎧をまとった男女が一人ずつ前に出てきて、団員全員が一斉に跪く。
「お呼びでございますか、アシュリール様」
前に出てきた男性騎士が声を発する。
その気迫にクラスメイトたちは少し退くが、姫様はふんわりと笑って気を受け流したように見えた。このお姫様、只者ではなさそうだ。
「只今、召喚された勇者様方に城内の案内をしているの。二人も挨拶をなさい」
「こちらの方々が勇者様でございますか。アラキア王国騎士団長を務める、バラン・ド・ベンデンダルクと申します」
「同じくアラキア王国騎士団副団長、ノエル・デ・オロナミアです」
男の方がバランさん、女のほうがノエルさんか。ふと気が付くが、男の人のミドルネームは「ド」、女の人は「デ」みたいだ。王様たちもそうだった。
「先程お父様の判断で、後日から勇者様もこの鍛錬に参加する事が決まりました。よろしくお願いしますね」
「それはよろしいのですが、アシュリール様。初めての鍛錬で我々と同じ内容についてくることができるとは思えません」
少し眉を顰めつつ反論するのはバランさんだ。確かに戦闘経験すらも全くない勇者たちに、同じ訓練をさせるのは不安もあるだろう。なんて納得していると、爆弾発言が飛び出した。
「幾ら異界の勇者様といえど、我らの鍛錬について来ることができましょうか? 彼らの現在の実力を確かめるために、力試しのお許しをいただきたく」
バランさんが不敵な笑みを浮かべつつそう言った途端、声は出さないが騎士団員達に動揺が走ったようにみえた。
力試しとはそんなにヤバいものなのだろうか?
「何をするつもりです?」
お姫様がいぶかしげに問う。
「いえ、腕力を見るために一度私と腕相撲をするというだけです。大事には致しません」
「わかりました。それぐらいならば良いでしょう。腕相撲、やってみたい方はいらっしゃいますか?」
ふんわりとした笑顔で問いかけてくる姫様だが、騎士団員の動揺を確認していたクラスメイトは、全員手をあげようとしない。
勿論俺も手を挙げない。だって相手は戦闘のプロだぞ?ステータス10倍位あったらどうするよ?一撃で骨折られるようなことは絶対嫌だぞ。
「えーと、いらっしゃいませんか?」
「アシュリール様。ならば、私が指名してもよろしいですか? では…お前だ」
そう言ってバランさんが指を差す。クラスメイトの視線がその先をたどって俺へと集まった。
いや、マジかよ!?
まあ確かに? 俺達のステータスがどれぐらい高いのか確かめたいとは思ったけれども!? 人のことを指差しちゃいけませんって習わなかったのかしら!?
とはいえ、ぐちぐちしていても始まらない。胸を借りるつもりでやってみよう。はぁぁ…
小さくため息を吐き、少しうつむきながらも俺は前へと足を踏み出した。
「どうした? 怖気づいたか?」
小ばかにしたかのように話しかけてくるバランさん。俺は顔を上げ、笑みを浮かべる顔に不敵な笑みを返した。
「いえ、そんなことはありませんよ騎士団長」
「バランでいい。お前の名前は?」
「カズマ イガラシです」
「そうか。それと、素でいいぞ。その話し方が違和感で仕方がない」
「はぁ、わかった。名前を聞いときながら結局お前なのか」
「俺は認めた奴しか名前を呼ばない主義なんでな。そろそろ始めるか」
そんなやり取りをしているうちに、机が用意されていた。どう見ても片側だけ凹みまくっている机が。何人が痛い目にあったんだろうな…。
そんなことを思いながら手を置き、用意をする。机にひじを置いたバランさんが合わせた手を強く握ってくる。俺も負けじと握り返した。
手のひらは硬く、バランさんが剣にかけてきた時間の長さが伺えた。既に冷汗が顔の横を流れていくのを感じる。
「アシュリール様、合図をお願いします」
「それでは行きますよ? よーい、始め!」
お姫様の合図がかかると同時、俺は限界まで力を込めてバランさんの手を倒しにかかる。一気に倒れた手は、机に叩きつけられると思われたが、机に付く寸前で完璧に停止した。
力を入れてもびくともしない。この人バケモンか!?
「ふぅ、危なかったな。久々に本気を出すか!」
そう言ったバランさんが力を込め始め、俺の手がどんどん押し返されていく。
「ふん、まあ所詮こんなもんか」
余裕の表情で俺に話しかけてくるバランさん。
あぁ? ふざけんじゃねぇよ…
馬鹿にされたままで終われるかってんだ…!
何か、何か方法は…! そうだ身体強化!
ネット小説には、魔力での身体強化があったはず!
「はあぁぁぁぁぁっ!」
なんとなくの感覚で体内の魔力を操作し、自分の右手へと集中させる。もっともっともっと…!
「むっ!」
段々と俺の腕が上がり始めるが、バランさんも加えて力を入れてくる。
って、まだ本気じゃなかったのかよ!!
真ん中で俺達の手が拮抗する。聞こえていたクラスメイトたちの歓声が全く聞こえなくなり、二人の世界でその力を存分に振り絞る。
しかし、永遠に続くかと思われたその時間は唐突に終わりを迎えた。
バキィッッ
という音ともに机の天板が二つに割れたのだ。支えを失ってよろめくが何とか踏ん張り、転ばないように留まる。
「これは引き分けだな。机が壊れちまった」
バランさんが手を振りながら軽く言ってきた。
「ふぅ〜、疲れた…」
多分魔力をほぼ使い切った気がする。体が滅茶苦茶ダルい。魔力切れってやつかもしれない。
「カズマ、だったか?なかなかやるじゃねえか」
「自分でもここまで出来るとは思わなかったけどな…。あんた強すぎるわ」
「まぁいい。とりあえず納得はした。訓練で会うのを楽しみにしてるぞ、カズマ。
アシュリール様、失礼してもよろしいでしょうか」
「ええ、気が済んだようでなによりです。鍛錬に戻りなさい。あと、筋を痛めたようであれば治癒魔法をかけてもらうように。カズマ様も大丈夫ですか」
「あ、ハイ!俺...じゃなくて、私は大丈夫です」
「それなら良かったです。騎士団の皆も励んでくださいね」
「ありがたき幸せ。それでは失礼いたします」
バランさんに従って騎士団員達が訓練場の方へと戻っていった。
「それでは私達も移動を致しましょう。もうそろそろ部屋の準備が出来ている頃だと思いますので」
俺達もまた姫様の後を追って廊下を歩き出した。
遠ざかる俺には、訓練場へ戻りながら笑みを浮かべるバランさんの、
「既に筋力ブーストが使えるとは…。カズマか。他とは雰囲気が違かった訳だが、先が楽しみだな…」
という一言など聞こえるはずがなかった。