森の主
「くそっ、シルバーウルフ、だとぉ!?」
ただ事ならぬ様子のバランさんに榎本が尋ねる。
「シルバーウルフ?」
「さっきカズマに話していたこの森の主だ!狼系の魔物の最上位、その亜種にあたる…!」
「亜種というのは?」
「亜種ってのは…いや、話はここを切り抜けてからだ!
動ける奴らは他を連れて森の入り口まで走れ!そしてカケル、お前はそのまま城に行って援軍を要請しろ!」
「わかりました!」
俺も気怠げにしている奴らのもとに寄ろうとする。
「カズマ、お前は残って援護してくれ!カッコつけたい所だが、こいつ相手じゃ一人だと分が悪い!」
「俺!?…あぁ、わかった!」
「気をつけろよ、和馬!」
「とにかく行くよ日村!」
秋人と榎本の声とともに離れていくクラスメイト達を確認しながら、俺は剣を構える。
「グルゥゥゥ…」
シルバーウルフは低い唸り声をあげながら後ろへ重心を落とし、いまにも飛びかかってきそうな臨戦態勢をとっていた。
「おいカズマ!筋力ブーストを使え!どうやったか知らんがお前腕相撲の時に使っただろ!」
「バレてた!?」
「当たり前だ!俺の筋力値は750だぞ?初期値でそんなに高いやつ、居てたまるかってんだ」
「あんた750もあるのかよ…。とりあえず、わかった!」
俺は「魔力操作」で全身に魔力を纏わせる。
この身体強化、調べてみたら魔力操作のスキルレベル分の倍率を筋力値にかけるものだった。そのため、今の俺は220×4で880の筋力値があることになる。その上、魔力操作のスキルレベルが上がるほど消費魔力も少なくなるのだ。
前回は慣れずに全魔力を一気に操作したため一瞬で魔力切れを起こしたが、最低限の消費なら2、30分は持つだろう。
「来るぞ!」
先に動いたのはシルバーウルフ。後ろ足をバネのように使い、バランさんへと飛びかかった。
ただでさえデカく、5メートル近くはありそうな体だ。跳躍する奴の姿は更なる威圧感を感じさせた。
バランさんがシルバーウルフの斜め横へと体を滑らせ、剣の腹をして振るわれた奴の前足の爪を跳ね除ける。
俺は体の前方が浮いた奴の胸元に入り込み、低い姿勢から剣を横に薙いだ。浅い傷をつけるが、
「っ固え!」
先ほど沙那がコボルトの首を飛ばした時をイメージして剣を振るったため、思うように切れなかったことに動揺しながらもすぐさま離脱する。
焦る俺に、バランさんからの叱責が飛んだ。
「確かに良い場所を狙ってはいるが、『それじゃ切ることは出来ねえ』!」
…?
────記憶の浮上を確認。
第二封印を解除…一部成功。保留します───
そうだ。確か…
『狙いは良い。意図もわかるが、それは剣を叩きつけてるだけだ。それじゃ切ることは出来ねえ。剣の重心を捉えろ。すべての重さを乗せて一瞬で切り裂く感覚だ』
「ボサッとするな!」
バランさんの声で現実へ引き戻される。
目前に迫っていたシルバーウルフの突撃を横飛びに回避するが、直後、遠心力を乗せて振るわれた尻尾によってバランさんが木をへし折りながら飛ばされていった。
「バランさん!?くっ…」
考えるよりも体を動かさねえとやられるな…!
とりあえず俺は、土魔法でシルバーウルフの足元の土を巻き付かせて固め、一時的に動きを封じた。そして、戸惑うシルバーウルフに上から飛びかかる。
捕らわれたシルバーウルフは、俺の足に向けてその鋭い牙の揃った顎を閉じた。
咄嗟に風魔法で一歩上に回避。空を噛んだシルバーウルフの鼻先に着地して、左目に剣を突き刺した。すぐに離脱。
「グルゥガァァァァ!!」
片目が潰れ、焦りを見せるシルバーウルフが悲鳴じみた咆哮を上げる。もがくようにした衝撃で拘束の魔法が砕け、そのままのたうち回る。そのまま剣が脳も傷つけてくれてれば良かったんだけどな。そう上手くは行かない。
しかし隙は出来た。今のうちに考えをまとめる。「思考加速」と「並列思考」を同時に発動。
俺の攻撃魔法は、回復特化の聖を除いて5属性。レベルが高いのは風属性だが、森の中じゃ火、風の大規模魔法は無理だな。火だと木が燃えるかもしれないし、風だと巻き上げられた障害物で視界が遮られる可能性がある。何か有用なスキルはあったか...?
ステータスを開く前にシルバーウルフの様子を伺うと、もう落ち着きを取り戻し始めており、先程までより殺意を剥き出しにしてこちらへ凶悪な牙を覗かせていた。潰れた左目から血を流しており、その姿はよりいっそうの狂気を感じさせた。
「くそっ、時間があれば...」
「何か策が有るんだな?」
後ろからバランさんの声。
「あんた、大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。流しきれずに後ろに飛んだんだが、想像以上の勢いでな…。俺が時間を稼ぐ。何とか出来るか?」
「通用するかどうかすらわからない。それでも良ければ」
「ならやるしかないな。お前に賭けたぞ」
戻ってきたバランさんに言われ、俺は剣を構え正面を警戒したままゆっくり後ろに下がり、ステータスを開いた。
…「属性魔法剣」ならいけるか?
剣を一旦左手に移し、俺は風魔法の属性剣を右手に作成した。しかし、魔力の連続的な消費に顔をしかめ、すぐに解除する。
シルバーウルフも膨大な魔力の放出に気がついたようで、バランさんへと突進をしかけた直後、急ブレーキと同時に後ろへと飛んで、こちらの睨みつけながら様子を伺い始めた。
並列思考の片方で「属性魔法剣」を鑑定した結果、ベースになる剣があれば、剣に纏わせることができるとわかった。早速手に持つ剣へと風魔法を展開する。
剣が重さを感じないほどに軽くなり、消費する魔力も減った。
「準備出来たぞ!」
沙那との連携の時と同じように、俺は右へ駆ける。意図を汲んだバランさんは左へと回ってくれた。
尻尾と足が届かない絶妙な距離で二手に別れた俺とバランさんにシルバーウルフは動揺を見せた。
バランさんがその隙を逃がすはずがない。
『叩き切るっ!』
気迫の叫びと同時に一瞬でシルバーウルフに肉薄したバランさんは、その大剣を首筋目掛けて振り下ろした。身をよじることで薄皮を切られながらも何とか回避したシルバーウルフだが、回避先にはもちろん俺。
目が潰れたことで死角になった範囲からの奇襲に、奴はなりふり構わず腕を振り回す。
俺の胴体にシルバーウルフの凶爪が迫るが、属性剣から噴出させた魔法で軌道を捻じ曲げ、俺の体をより高所へと運び上げる。
「うぉりゃぁぁぁぁ!!」
シルバーウルフの首を真上から狙って剣を一瞬で振り抜くが、手応えがない。片足で奴の胴体を蹴って着地し、油断なく構える。
が、目の前には首を失って倒れ込む森の主の姿。
「勝った、のか?」
「何とか、なったな」
呆然と剣を構えたままの俺に、呼吸を整えながらバランさんが歩いてくる。
「本当にたいした奴だよ、お前は」
「そっか、良かったぁ」
安堵のため息とともに使っていた魔法を全て解除する。
「あ、あれ…?」
同時に、身体強化を解除した体は重くなる。その上、長い時間のスキル使用による魔力消費の負荷が俺を襲った。ぐらついた俺は、そのまま後ろに体を投げ出してしまった。
「な、おいっ」
そして、バランさんに抱えられるようにしながら、俺はゆっくりと意識を落とした。