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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある夜の肉体派魔法少女たち

 寒い静かな夜、ほとんどの人々が眠る時間。けれども悪は時間など関係なくゆっくりと、確実に平和を蝕んでいく。

 誰かがそれを止めるそのときまで。


 1


 その廃ビルは待ちの繁華街から少し離れた場所にあった。かつてはそのあたり一帯は夜も明るく人々の活気があったのだけれども、今となってはそのことを覚えているのはある程度の年齢の者だけになっていた。今はもう街灯すら電気が通っておらずそのあたりを歩む者の姿はあまりいなかった。

 まるで眠っているかのように静かなビル…けれどもそれは突然破られた。


 2


 激しい銃撃音が響いたかと思うと数少なく残されたガラスや扉を突き破って三台の大型車が激しいスピードで飛び出してきた。

 最上階に近いかつて窓があった場所からそれを目撃したマリは舌打ちをした。

「まったく簡単な仕事だって話だったのに、何でいつもこんな魔法少女とは思えない肉体派の仕事ばかりなんだよ」

そう言いながらも片手から彼女が得意とする魔法…魔法力を光線状に発射するマジカル・ナイフを目の前にいる怪物にぶつけていた。それまでの格闘で弱っていた怪物はその一撃を受けると全身緑色の炎に包まれた。

「ちょっと、ここビルの中よ!」

そばにいたユウナは慌てて激しい風を発生させるマジカル・ウィンドでその怪物を吹き飛ばした。強力な風に吹き飛ばされた怪物は劣化していたとはいえまだ丈夫なコンクリートを突き破った瞬間、大爆発を起こした。その結果いくつもの破片が中にいた魔法少女たちに降り注いだ。それぞれ自分なりの方法、身につけているマントや魔力で体を覆うなどしてその衝撃から逃れた。

「まったくもう考えなしなんだから」

ユウナの文句に対してマリは軽く「ワルイ、わるい」と言うだけで、その調子にいつもの口論を始めるのだった。それはいつものことなのでその場の魔法少女で一番の年上であるマナは二人を無視して、友人でもある眼鏡を掛けたユメミに声を掛けた。

「ねえ、あの車だけれども…」

ユメミが掛けている眼鏡には分析装置が組み込まれていて、そのときにはもう解析が終わっていた。

「あの真ん中の車に一つだけれども、霊玉と…多分妖精が捕らえられているわ」

その一言に口論をつづけていた二人はぴたりとやんだ。

「霊玉一個だけじゃ、できることはたかがしれているけれど…」

「妖精が捕まっているとなると…」

「でもね、今回のわたしたちの任務は霊玉の奪還だけよ。妖精のことは含まれてはいないわ」

「そうはいってもな、たとえ普通の妖精でもあいつらにどんな目に合わされるか」

「じゃ、どうするの?追いかけるにしてもあのスピードで、それももうあそこまで遠くなっているのよ?わたしもあなたたちも空は飛べるけれどもそこまで早くは飛べないでしょ?」

「見捨てろっていうのかよ!」

「ちょっとマリ、落ち着いて…でも、先輩いくらなんでも冷たすぎません?」

にらみつける二人の視線を軽く受け流すマナと、そんな険悪な状況にどうしていいか困ったユメミ。

そしてそれまで静かで目だなかった少女…ユリ。

 そしてユリは駆け出した。突然のことに呆気にとられた四人だったけれども、ふとあることに思い至ったユメミは叫んだ。

「ユリちゃんダメ、それはまだ試作段階なのよ!」

けれどもユリは止まることなくガラスを突き破って真夜中の寒い空へと飛び出した。瞬間的に飛行術の呪文を唱えるとすぐにまだ開発途中で、今回はデータをとるためにたまたま持ってきていた飛行ユニット…一見ただのマントに見えてその内部に魔術と現代科学が組み込まれた特殊な道具に魔術を流し込んだ。

 魔術が流れ込んだ鮮やかな赤いマントは風を切ってものすごい速さではるか彼方にあった車へと追いついた。けれどもまだ開発段階であるマントもオーバーヒートを起こし始めて焦げ臭いにおいがしたかと思うと、最初は煙がやがてところどころから火が噴出し始めた。

 それでもユリはマントを離すことはなく追跡をつづけた。三台の車はすでにバラバラになっていたけれども、ユリは必死でユメミが指摘した一台を追いかけていた。 


 3


 「まったくもう、あの子はおとなしいのに思いっきりだけはいいのだから」

マナは苦笑気味に呟いた。

「おい、火が出ているけれども大丈夫なのかよ!」

「マントを離せば大丈夫よ…苦手とはいえユリも一応は飛行術を習得しているから…でもあの様子じゃ」

「絶対に追いつくまでマントを離さないわね」

ユウナはため息をつき、言葉をつづけた。

「本当にユリには敵わないわ」

 そこでマナは両手を叩いた。その音は大きく反響して三人を驚かせた。

「いきなり驚かすなよ」

「ユリちゃんがあんだけがんばっているのだから、わたしたちはわたしたちでやれることをしましょう」

「やれることって」

首をかしげるユメミに上品でありながらもどこか凄みをたたえた笑みを浮かべながら答えた。

「まだこのビルには悪〜い人たちが残っているから彼らには充分なお仕置きが必要だと思わない?それにユリちゃんに関してはどうせ、あの性格の捻じ曲がった子がついているだろうし…なに、みんなわたしの顔を見て?」

「「「いえ、なんでもないです」」」

きれいに声が重なった三人は、その中で思うことも同じだった。

『『『あなたも充分に性格が捻じ曲がっていますよ』』』


 4


 車に追いついたものの、ユリはそこから先のことを考えていなかった。さらにはマントも限界が近づきほとんどの部分は炎に包まれていた。

 残されている選択肢はかぎられていた。

 ユリは大きく深呼吸をすると、マントから手を離して車の屋根の上へと飛び移った。強い衝撃が体に伝わってきたけれども、それに構う間もなく屋根にしがみついた。

 「おい、何だ今の!?」

車内では突然の屋根の衝撃に混乱が起きた。そしてすぐにヒラヒラとしたスカートなどの端や靴などがチラチラと見えた。

「上に誰か乗っているぞ!」

そしてすぐに屋根に向けて拳銃を向けるとためらいもなく引き金をひいた。

 最初の一発目は顔のすぐ横を飛びぬけていき、それを開始として次から次へと銃弾が発射された。本能的にユリは横に回転をするとそのあとを追うように屋根に熱い穴が次々と開いて行った。そしてギリギリ端側にしがみついたところで銃撃も止まった。

『今、弾創を入れ替えているんだわ』

弾創を入れ替えて、次の射撃が始まったらもう逃げ場所がないことからユリは大きな賭けに出た。

 思い切って手を離したユリの体はうつぶせの状態のまま、ものすごい速さで後方へと滑っていった。

 そこからは本当に一瞬の判断と行動だった。

 両指に魔力をこめると後部ギリギリの場所でしがみついた。魔力によって強化された指は固い車体にめりこんだ。体が一瞬宙に浮いたかと思うと指を支点として後部ガラスへと自然の法則にしたがって引き寄せられた。今度は両足に魔力をこめる自然の勢いとともに後部ガラスを突き破ってそのまま車内へと侵入した。

 突然の侵入者に当然のことながら車内の混乱はさらに増したのだけれども、ユリはすぐに後部座席にあった黒い鞄と濃い青で中身が見えないガラスの瓶を見つけた。それぞれから発せられる波長からすぐに瓶のほうへと手を伸ばした。

「この野郎」

そんなユリに後部に乗っていた男は銃を向けた。すぐにその男の手を両手でつかむともみ合いを始めた。男の指は引き金をひき、車内ではいくつもの閃光がきらめいた。そしてその一つの閃光は全部座席を貫き運転手の右肩に直撃した。その瞬間ハンドルは大きく切られた。もともと早いスピードだったこともあり、車は大きく傾いた。そのためもみ合っていた二人の体は大きく引き離された。これまでの経験からすぐにユリは行動を起こした。手元に転がってきた瓶をつかむとそのまま飛行の呪文を呟いて元からきた破れたガラスに向かって飛び上がってそのまま外に転がり落ちた。魔法少女たちの着る洋服はかわいらしいデザインではあるものの、その布には特殊な魔術が織り込まれていて銃弾をはじき、さらには衝撃を吸収するようになっていた。むき出しになった部分も見えない魔力によって覆われていた。そのおかげで大きくバウンドしながら大きく転がりながらも怪我一つ負っていなかった。

 ふと車をみると猛スピードのまま突っ走り道端の大きな岩に乗り上げると大きくジャンプをした。

向かう先は大きな木…そのまま行けば激突は免れずに大爆発をするだろう。それを見たユリは大きく右手を車に向けると叫んだ。

「マジカル・シャボン!」

指先から発せられた光はあっという間に車のガラスを突き破って中に入ったかと思うと、瞬く間に泡となって車内をいっぱいにした。そしてほぼ同時に車は木に激突した。


 激突の衝撃とガソリンへの引火、さらには霊玉と反応を起こして車は木っ端微塵に吹き飛ばされた。あたりには熱せられた破片と炎がとび散りユリはそれをさえぎるために慌てて魔術による防御壁を出した。

 ただガソリンに引火しただけならばそこまでの威力はなかったものの、霊玉によって協力になった爆発はそのあたり一面を深くえぐるほどだった。

 通常ならば車内の人間は命を落としていただろう…しかし車内いっぱいになった泡によって彼らは一命はとりとめた。一部の人間は腕や脚を骨折したものの、黒焦げになることを考えればまだ軽い被害ですんだといえた。


 5


 破片が降り終わり、あらためて現状を確認したユリは青ざめた。

「なんでいつも、こんな大騒ぎになるのかしら…」

これだけの大爆発だから、誰かがすぐに警察に連絡をするだろう。そう思ったユリは素早く変身を解いて学生服姿になった。真夜中に女子高生がいることを咎められはしても、それ以上の詮索はされないだろうという判断だったし、その姿でもある程度の魔力は発動できることからの判断だった。そしてすぐに駆け出した。下手に魔法を使うと誰かに目撃されるおそれがあったし、防御をしていたのはわずか数秒とはいえ誰かが来るには充分な時間だった。

 そういう考えが頭にあったため泡だらけの車内から一人の男が這いずりだして、その片手に銃を持ち、その無防備な背中に銃口を向けていることに気がつかなかった。

 男は憎々しげな視線と殺意をこめると、ためらいもなく引き金に指をかけた。


 「恩知らずな人」

その冷たい声がユリの耳に聞こえた瞬間、手元にあった銃は吹き飛ばされやがて男の頭にガツンと衝撃がおこり…そして気絶した。

「ヤミヨちゃん?」

「あなたは本当に無防備よね、こんなヤツらに背中を向けるなんて…ぞもそも助ける必要すらなかったのに」

その一言にユリは悲しそうな表情を浮かべた。

「でもね、だからこそあなたは強いのだしそんなあなたがわたしは好きだわ。それにあのときの約束は守って彼は殺していないわ」

「ありがとう、ヤミヨちゃん」

「さ、早く行かないと誰かくるわよ」

その言葉に一度は駆け出したものの、すぐに後ろを振り返った。

「ねえ、また二人だけのお茶会にあなたは来てくれるかしら?」

「そうね、今度の月が綺麗な夜にでもお願いするわ」

「約束ね」

そういってユリは駆け出した。

 その後姿をみてヤミヨ…ユリの同級生であるサキはため息をついた。

「あの子はなんであんなに無邪気で無意識なのかしら。あんな風に言われたらこっちだってそう勘違いしてしまうじゃない」

そう苦笑いを浮かべた。

「それにしてもあの様子じゃ、あの四人はヤミヨとわたしが同一人物って教えていないみたいわね。なぜかしら?まあ、どちらにしてもこれまで通りの付き合いができるからいいけれども」

そして人の気配に気がつくとその姿を闇に同化させてその場を立ち去った。


 6


 「ねえ、どうしてこんな大騒ぎになったのだ」

車椅子に乗った少年、ユリのひとつ下のケイタは不機嫌そうに、最後に屋敷に戻ってきたユリに声を掛けた。

「すみません」

ユリはただただ誤るしかなかったけれども、そこへ紅茶の乗ったグラスをもってケイタの執事であるアンドリューが入ってきた。

「ケイタ様、今回の相手は暴力団ですよ。多少の武力の行使は仕方がないでしょう」

そう言うとユリにグラスを渡した。先に到着した四人はいつものことなので、それぞれケイタの小言を受け流していたけれども未だにユリだけはそれが出来ていなかった。

「大丈夫ですよ、ケイタ様はあなたたちのことが心配で強く言うのですから」

アンドリューは髯だらけの老いた顔に笑みを浮かべて、ユリにだけ聞こえる声でこっそりと伝えた。

「それにケイタ様、もうこんな時間ですから色々な反省は明日になさってはいかがですか?」

執事とはいえ長年ケイタを育ててきたともいえる人物の強いまなざしに、ただその意見に同意することしかできない主人だった。

「さて皆さん、もう遅い時間ですから車を出しますよ」


 こうして家に送り届けられて、肉体派の魔法少女たちのある一日は終わるのだった。


魔法少女ものの構想を練っているときに、ふと思いついたアイディアのひとつをまとめたものです。

本来はもっと長い構想があるのですが、今回はそのための習作という意味が強くキャラクターや関係性などを把握する意味合いで描いた物語です。

様々な魔法少女ものがあふれる世の中、自分らしいと同時に新しいものを考えた末に出来上がったのが魔法ではなく肉体派、体を使ったアクションを繰り広げるものだったのですが、習作とはいえそのあたりをうまく描けなかったのが残念です。

この作品をもとにして、人間関係やさらにはアクション性を高めた物語を書きたいと思っています。

なお、ガールズラブの要素にチェックをつけていることに不思議に思う方もいるかもしれませんんが、今回はあまり触れられなかったものの、ヤミヨがユリに抱く感情は百合そのもののためのチェックをいれたものです。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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