彼が魔法使いになった理由(わけ)
俺は海堂拓海29才、独身である。
大財閥海堂グループの長男として産まれ、財閥を継ぐために厳しい教育を受けてきたのだが、あと数時間で俺の職業は魔法使いになってしまう。
そんなふざけた職につきたく無い。ここまで育ててくれた両親にも合わせる顔がない。
俺だって、努力はした。だが、もう残された時間がないのだ。間に合うはずがない。あと数時間で俺は30才になる。なってしまうのだ!!
知っているか?男は、’’30才まで童◯だと魔法使いになる’’らしいんだーーーー
俺がこの事実を知ったのは、29才4ヶ月の時に友人と行った大衆居酒屋でだった。せめてあと3年早く知りたかった!
大学時代の友人と飲みに行く事になったのだが、そいつは一般人なので堅苦しい場所では酔え無いだろうと居酒屋を選んだ。
俺は、居酒屋の安い料理がなんだか無性に口に合うので、そいつと飲みに行くのをいつも楽しみにしている。
その日も何時もの居酒屋で、何時もは口にし無い様な薄い酒と安い料理を存分に楽しんでいた。そんな俺の耳に飛び込んで来た隣の席からの会話……
「小生、あと2時間でやっと魔法使いになれますぞ。」
「30才まで大切に◯貞を守って来た苦労が報われますなw我はまだ、ジョブチェンジ迄半年もありますからな。」
「拙者は、先月魔法使いになったでござるよw今は立派な魔法使いになる為、日夜鍛錬の日々でござる。」
なんだか怪しげな3人組みだったのだが、その会話内容に衝撃を受けた!
彼らの会話の内容を纏めると、「30才まで童◯だと、魔法使いにジョブチェンジさせられる」って事だ。
勝手に職業を変えられるんだぞ?俺が今迄してきた努力はなんだったんだ!?
しかも魔法使いってどんな仕事なんだよ!!
何処から給料出るんだ?生活するのに困ら無い金額が貰えるのか?兼業出来るのか?
わから無い事だらけだ。どんな職業なんだ、魔法使い!!しかも、人間かどうかすらあやふやな存在じゃないか!!
その後は、料理の味も何も解らなくなった…。どうやって友人と別れて家に帰って来たのか……気が付いたら自宅のソファーに座っていた。
取り敢えず調べてみる事にして、パソコンを立ち上げる。
’’職業・魔法使い’’で検索してみたが何も解らなかった…
絶望した。
しかし、最後まで諦めずに頑張ろうと思い直し、俺はその日から血のにじむ努力を始めたんだ。
俺は自分で言うのもなんだが、かなり男前だ。そこらのモデルよりスタイルも良く、筋肉だって程良くついている。身長は185cm。家柄も良い。かなりハイスペックな筈だ。なので、黙っていても女は寄ってくる。そんな俺が何故この年まで◯貞なのか。
それは、俺が女が苦手だからだ。
初めて精通を経験したのは13才だった。明け方ベッドで眠っていた俺は、下半身に違和感を感じて目が覚めた。目をやれば、最近やってきたメイドが俺のモノを食べていた。真っ赤な唇が薄暗い室内の中で光って見えた。
俺は叫んだ。蹴った。無茶苦茶に暴れた。その時に何かが出たのが解った…
俺が騒いでいるのに気付いた執事が駆けつけ、部屋の中の様子で全てを察してくれた。
もちろんメイドはクビになった。大人たちの間で色々あったらしいが、俺は知らない。知りたくもない。
その日から、俺は女が苦手になった。母親さえもキビシイ状態だった。まず、女が近くにいるだけで吐く。紅い唇を見るとパニックになる。
1年程は外に出かける事もできなかった。
根気良くカウンセリングを受け改善はしたが、未だに紅い唇を見ると吐き気がするし、触ると手が震える。
高校は勿論、全寮制の男子校を選択した。少しでも女との接触を避ける為だ。
大学では研究室に入り浸り、女が寄ってこないよう敢えて汚らしいダサい格好で過ごした。
会社に入ったら楽になった。親父は事情を知っているので、俺が女と接触しなくて済むよう最大限の配慮をしてくれたのだ。
そうやって女との接触を最大限に避けた結果、俺はジョブチェンジの危機を迎えたのだ…
29才5ヶ月
取り敢えずリハビリが必要と考え、友人付き添いで(俺のトラウマは知っている)キャバクラなるものに連日通ってみた。
友人には詳しい理由は話さず、リハビリとだけ伝えた。
行くたびに、トイレで吐き、それでも毎日2時間ずつ頑張った。
3日目辺りから胃が痛くなり始め、1週間で血を吐き2週間入院した。
29才6ヶ月
「最初のハードルが高すぎたのだ。」と思って、社員食堂のおばさん達と話をするところから始めてみた。
上手くいっていたが、その内俺が社員食堂にいるのが噂になり、俺狙いの女子社員が殺到するようになってしまった。
胃潰瘍が再発した。
29才7ヶ月
一対一なら負担は少ないと思い、奥手で大人しい女を紹介してもらった。まあ、見合いだな。
なかなか上手くいっている。
29才8ヶ月
紹介して貰った女に何度目かのデートの時に襲われた。
必死で逃げた。
トラウマが再発した。
29才9ヶ月〜現在
再発したトラウマのせいで、まだカウンセリングに通っている。
女に触ることが出来ない。
絶望した。←イマココ
もう俺は、魔法使いになるしかないようだ。
絶望した俺は今日、朝から酒を飲んでいる。ワイン・日本酒・焼酎なんでも飲んだ。急性アルコール中毒になってもおかしくないぐらいに…
22時頃家にあった酒がつきた。
魔法使いになる前の最後の散歩を兼ねて、酒を買いに行くことにした。
彼方此方とさまよい歩いた。途中のコンビニでビールやワインを買い、飲みながら歩いた。
どう見ても不審者だったと思う。
足がフラフラしてきたので、少し休もうと思ったが、休めるような場所がない。
辺りを見回すと、ボロボロなアパートがあり、その前にゴミの集積場があった。
「どうせ俺なんて、後1時間程で良くわからない職業にジョブチェンジするんだ!ゴミみたいなもんだ!」
一人つぶやいて、ゴミ集積場に座り込んだ。
なんだか俺には、とっても似合いな場所だと思って、ホッとした。
「こんな所でどうしたんですか?救急車呼びましょうか?」
声が聞こえてきて目を開けた。どうやら俺は眠っていたみたいだ。
目の前にはガリガリでチビな少年が立っていた。160cmもないだろう。眼鏡と長い前髪で隠されているが、綺麗な顔立ちをしている。ジーパンにTシャツの出で立ちがさらに少年を華奢に見せているような気がする。
少年を見上げそんな事を考えていると、少年は恐る恐る近づいてきて、目の前にしゃがみ込んだ。
「救急車、呼びましょうか?」
男にしては、少し高く感じる声で少年がもう一度声をかけてくれる。
その優しさが身にしみた!!
「少年!!俺の人間最後の日を、是非共に嘆いてくれ!!」
俺は少年に抱きつき、泣いた。
少年は、自分に抱きつきワンワン大泣きするオッサンを「近所迷惑なんで、泣き止んで」と言いながらも突き放す事なく、彼の部屋だというオンボロアパートの一室に招待してくれた。
「狭い上に、壁も薄いので大きな声は出さないで下さいね?」
そう言って入れてくれた部屋は、四畳半一間で布団位しか置いていないような殺風景な場所だった。
布団以外に置いてあるといえば、部屋の隅に段ボール箱が4つ重ねられているぐらい。
「水道の水しかないですが、飲んでおいたほうが良いですよ?」
玄関横に申し訳程度に設置された小さなキッチンで水を汲み手渡してくれる。
少年の優しさが沁みる。
水を飲みながら腕時計を確認すると、時刻は1時を過ぎていた。
泣けた。知らない間に、俺は魔法使いになってしまっていたようだ。
「どうしたんですか?取り敢えず座って落ち着いて?」
少年が、突然泣き出した俺の手を引き、部屋の中央に座らせてくれた。
そして、子供を慰めるように俺の頭を撫でてくれる。
少年は俺が泣き止むまで、長い時間頭を撫でてくれた。
「なんでそんなに泣いてるんですか?あんまり思いつめちゃダメですよ?生きていれば良い事はあるんですから、ね?」
泣き止んだ俺に少年は、まるで弟に言い聞かせるように言う。
少年に話してみようか?彼になら、話しても良い様な気がする。
これからどうすれば良いか一緒に考えて貰おう。
少年の優しさに、この短い時間でスッカリ依存してしまったようだ。酒の影響もあるのだろうが…
少年に相談する事が、正しい事にしか思えなくなってしまった。
「少年、聞いてくれ」
「はい。」
正座をして少年の両手を握りしめた俺に、少年も正座をして真剣な顔で俺を見る。
「俺は今日、童◯のまま30才を迎えてしまったんだ…。魔法使いなんて物になってしまって、これからどうやって暮らして行けば良いのか解らないんだよ…。なあ、少年は魔法使いがどういう職業か知っているか?」
俺の告白に少年の顔が、徐々に信じられない物を見るような表情に変わっていく。
クッ!そんな顔をされるなんて!!
また泣けてきて、俺は声を押し殺して泣いた。
「え?なに……、冗談?いや…この様子は……」
また泣き出した俺の頭を、優しく撫でてくれながら少年が何かブツブツ言っている。
「お兄さん、良いですか?よーく聞いてください。」
少年は何かを決意した瞳で俺を見つめ、………衝撃の事実を教えてくれた…。
真実を知った俺は、少年の部屋で畳まれた布団を枕に寝転がり、いじけていた。
この数ヶ月の俺の苦悩は一体何だったんだ!?
血反吐吐いて頑張った結果がこれか?これなのか!?
どうしてすぐ誰かに相談しなかったんだ?俺!?
少年は俺の前で体育座りをして、頭を撫でてくれている。
少年の優しさが沁みる!!
今日という日に少年に出会えたのは、正に運命だと思った。
俺は、明日からも強く生きて行ける…
酒が抜けてくると、トイレに行きたくなってきた。
「少年、トイレに行きたいんだけど…場所はどこかな?」
「ああ、部屋を出て右に行ってください。突き当たりにありますよ。」
「外にあるのか。じゃあ、ちょっと行ってくるよ。」
外に出て、右に向かって歩き始める……が、まだ御礼も言っていないことに気づいてしまった。
トイレの前に御礼だ!
「少年、忘れていたんだが……」
部屋に戻りノックもせずに部屋を開ける……部屋の中で少年が扉に背中を向け着替えていたんだが、ブラジャーを着けて…いる?
「うわぁあ」
「すまん…」
少年が奇妙な声をあげ、俺は慌てて扉を閉めるとトイレへ向かった。
落ち着いて考えよう。
Q、少年はなぜブラジャーをしていたのか?
A、……少年は女装に憧れを持っている、もしくは少年ではない。
しかし俺のトラウマセンサーは、少年には何も反応しない。
なら答えは1つ。少年は密かな女装趣味を持っているんだ。
俺は少年には、とても感謝している。だから、ありのままの少年を受け入れよう!これからも、少年には仲良くして貰いたいんだ!!
結論が出た俺は、それを伝えるべくトイレを済ませて部屋へ戻る。
「少年!俺は君に女装趣味が有っても気にしない!!だから、今後も友達でいてくれ!!」
「………は?なんで、そうなるんですか?」
扉を開けるなり宣言した俺に、眉を下げてそう言った。
「僕は正真正銘、女ですよ?」
「……え?」
なんか、信じられない言葉が聞こえた。
部屋に入り、少年の頭をポンポンと触る。次に顔を触り、手を握ってみる。最後に抱きしめてみた。
やっぱりなんともない。
「ちょっ!!何するんですかいきなり!」
少年が怒っているようだが、関係ない。
「いや、君は女じゃない。だって俺が触れるんだから!」
俺を騙そうなんんて100年早いわ!
胸を張って断言してやると、少年は段ボールの中からゴソゴソと何かを取り出し、俺に突きつけてきた。
「鳥海 光21才、横手大学3年生、性別女性です。」
突きつけられた学生証には、確かに’’性別女性’’の表記が……
あまりのショックに俺はポテッと布団に倒れ、そのまま意識を失ったーーー
これが俺の運命の恋の始まりだったんだ。
お馬鹿なイケメンは大好物です。