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ハーレム男を振るだけの簡単なお仕事。

ハーレム男を振るだけの簡単なお仕事。

作者: あかね

2015.6.6 色々説明的な文章の追加をしました。内容の変更はありません。

2018 ジャンル設定しました。

2024.1 長編はじめました。

「ハーレム男を振るだけの簡単なお仕事。あるいは、彼女を救い出すための手段を考える一回。」

 薄明かりの廊下を彼女は歩いていた。人のざわめきは少し遠い。

 そちらへ視線を向けてはため息をこぼし力なく首を振った。


 今日、この夜に、彼女の婚約が広められ結婚へと至ることが確定される。遠くから聞こえる人のざわめきはそのための宴であり、主役たる彼女は笑顔で祝福を受け取る役目が与えられていた。

 ここにいると言うことはそれらを放棄していると見なされても仕方がない。

 しかし、彼女にはあの場に留まることは出来なかった。

 煌びやかで、華やかな人々が集い、笑いさざめく中には。

 祝福の裏での嘲笑と悪意の中には。

 脳天気な顔をした婚約者の隣に立ち続けることはとりわけ度し難い。


 だからといって逃亡する勇気もない。ただ、気分転換と言って逃げ出すのが精一杯で、それもすぐに戻ることになることを考えれば意味のない行動だった。


 再びため息をついて、廊下から外へ視線を向ける。廊下でありながら庭に面する壁にはガラスがはめ込まれ美しい庭が観賞出来るようになっている。ことさら大きな扉さえもガラスがはめ込まれていることからよほど力をいれていることが伺えた。


 ガラス窓は普及し始めたとはいえ、これほど大きなものを作るには財力が必要だった。それほど侯爵たる祖父の館は見事な庭園が自慢としているとも言える。


 今日の場を貸してくれた祖父は自分のことをどのように思うだろうか。母方ということであまり会うことはなかったが、厳しいながらも優しさを持って接してくれたと思う。そうでなければ、婚約式という重要な場として屋敷を貸してくれることもない。そして、見届け人として婚約の契約書に名を書くことも。

 見届け人は婚約から結婚まで見届ける役目も負う。

 そんな役目までさせてしまう祖父にまでため息をつかせたくはない。

 もう少ししたら戻る。そう心の中で呟き庭園へと視線を向けた。

 彼女は誘われるように庭へ降りる扉を押し、階段を降りようとした。




 ガツン。

 人の頭から聞こえてはいけない音だ。

 ぐらぐらする頭を押さえたら髪がべったりと濡れていた。血のにおいが漂うことに顔をしかめてしまう。

 あたしは、どうしたというのだ。


「マジ痛いし?」


 辺りを見回せば真っ暗と言っても良かった。室内から漏れている光もあるが、月光の方がよほど明るいと思える。

 頭を押さえながらどうにか立ち上がる。とりあえずは、手足に異常はなく立ち上がるには不都合はないらしい。


 激烈な頭痛にふらつきながら階段に座る。

 よく見えてないはずなのにそこに階段があることを知っていた。

 視界に入る白いドレスには見覚えがあって、なかった。

 あたしは首をひねり、頭を揺らしたことによりさらなる頭痛に見舞われる。


「何これ痛い」


 と思わず、口にしてしまうほどに。口に出来るくらいには余裕だなとどこかで誰かが呟いた。

 現状を整理すれば、地面に落ちてた。頭から血を流して。

 一体どこのサスペンス劇場だと思う。二時間ドラマで最初に殺される人並みなシチュエーションだ。ええと、痴情のもつれと復讐と遺産問題のどれだ? と考えるくらいには混乱中だ。

 落ちる前に何があったのだ。


 思い出さない方が良いんじゃないかなぁと遠くで呟く声が聞こえた。しかし、バカ野郎と心の中で怒鳴り返したら、それは黙り込む。

 ふっ、勝った。

 と勝ち誇る間もなく思い出した。

 あたしは、横断歩道ですっぷらったに挽きつぶされて、享年17歳だった。


「……!?」


(だからさぁ、思い出さない方が良いって言ったのに)


 今度の声は明確だった。

 どこからというわけでもなく、確かに聞こえた声。いや、声というより性別も年齢も曖昧な音のようなもの。意味は確かに伝わる。


(契約履行のための先のお仕事、覚えてるよね?)


「ヤツを恐怖と失意のどん底へ送り込む、楽しいお仕事」


 思い出した。

 三行でまとめるなら。


 1,事故にあって皆が泣きわめく素敵な挽肉と化した。

 2,あたしは呆然と推定幽霊状態で葬式後の火葬まで見送り。

 3,死神に拾われて。

 4,異世界の神(仮)にナンパされた。


 ……四行になることはままよくあることだ。

 たまたま、世界運営に行き詰まっていた神(仮)が視察に来ていたところに出くわし、めでたく異世界転生を果たす(予定)である。

 予定。

 つまりは神(仮)のお仕事を手伝ったらご褒美として、記憶持ちでチートもつけて生まれ直しできるらしい。

 らしいなのは、神(仮)もずいぶん前にやったきりなので、覚えてるか怪しいとか後で言ってきやがったので。


(違うでしょ。彼を殺さないで)


「え? 良くない? この先、泣く令嬢を三桁作る男なんて世の中にいる?」


(他の子のお気に入りなのでやめて! 別な意味で世界崩壊するからやめてっ!)


「はぁい」


(とりあえず、体の齟齬はない?)


「脳みそが割れるように痛い」


(頭蓋骨でしょ。とりあえず、応急処置として出血を止めるくらいはしとくから)


「頭痛が痛いままだけど」


(そこは我慢して。修理系は得意じゃないんだから)


「……人間なのに修理とか。せめて治療とか言ってほしいんだけど」


(レティシア嬢の魂は保護したから後は好きにしていいと言いたいけれど、用があったら呼んで。死ぬ前に)


「はいはい。頑張って殺される前に殺します」


 遠くでため息を聞いた気がした。そんなの知るか、である。人のコト修理とか言うのが本当に神なのか疑わしいところだ。しかも軽くスルーするし。

 そういうところが(仮)という認識になる原因だって気がついているのかね?

 まあ、とにかく。神(仮)の世界が行き詰まって居たのは彼女の影響である。彼女の人生は、一人の男によって人生を狂わされ死ぬ。時間を巻き戻し、繰り返し試しても結果は一緒。彼女は救われない。

 あたしと神(仮)であれこれ考えて、介入して、それでも結果は同じでその果ても一緒となれば手の施しようがなかった。


 最終手段の直接介入を今、初めて行う。つまり、魂の交換。彼女の魂を引っぺがし、異世界からまだ魂状態だったあたしの魂をぶち込む。晴れてこの体はあたしの意のままだ。

 久しぶりの肉体持ち状態が殺害未遂スタートとはアレだが、強い意識不明状態でなければ入れ替えも可能ではないと言われれば仕方ない。


 神(仮)が言ったようにこれから、好きにして良いのだ。それに少しはうきうきするかと思ったら全然だった。

 これから彼女が受けることを知っているので。だって、全部バットエンドとかどうなのそれ。

 まさに気持ちは殺られる前に殺れ。精神的に削れてはならないものが削れていきそうである。

 とりあえず、理由、その他、色々なものはさておいて、今日のあたしがすべきことがある。むしろ、今日、今このときでなければいけない。


「ああ、今日は良い日だ」


 その時のあたしの顔と来たら、悪人のようだっただろう。繰り返しの中での恨みを彼女の代わりに憂さ晴らし。という建前でこれまでの繰り返しでのフラストレーションを発散するつもり満々だ。

 ようやく落ち着いてきた頭痛の代わりにずきずきとした痛みがやってきた。頭の中ではなく外皮が痛い系。ちょっと頭を触ってみたものの出血が止まっているかはわからない。ただ、どくどくしている感はないのでたぶん大丈夫?

 とりあえず我慢出来ないほどでもないので立ち上がる。ちょっとふらつくのは既に出血がひどかったせいと推測できた。貧血にもなりそうな髪の毛のべったり具合だし、血塗れドレスだし。

 体の持ち主は優雅なお嬢様だったので、中身が変わってもその動きは変わらない。とても良いことだ。さすがに礼儀作法を一瞬にして忘れていたら困ったことになる。


 ふらつく足取りで皆が集まっている広間へと向かう。

 今日やらないと本気で大変になることがあるのだ。途中ですれ違った使用人が青ざめた顔をしているが知ったことではない。広間に近づくにつれ招待客とも出会うが、それも無視だ。尋常ではない状態なのは承知しているし、それでも誰も近寄って心配はしてこないということが彼女の居た状況を表している。


「レティ!」


 さすがに広間に着けば従兄が血相を変えて近寄ってくる。彼は面倒見が良いとレティシアには思われていたが、実のところ妹以上愛情未満のあたりをゆらゆらしていた。婚約者が居なければもう少し進展もあっただろう。毎回、彼女のために奔走し、しかし、報われない。不憫である。


「一体どうしたんだ?」


「階段から落ちまして。兄様、通してくださる?」


 これで笑ったらトラウマものだろうと無表情で横をすり抜ける。

 階段に落ちて死ぬパターンならまだ彼女は不運な少女で葬り去れる。しかし、生き残った場合にはあの時死ねば良かったのにとくすくす笑われながら陰口をたたかれるという。あの方には似合わないから罰が当たったのだわ。とか。

 むしろおまえ等が死ねと言いたい。

 これのバリエーションで、従兄を頼ったりしたら、悪女呼ばわり。一人で何とかしたら冷血と。いや、もう、どうしろと。


 今日の主役の片割れはどこにいるのかと広間を見渡す。

 数十人が集ってもあまりある広さの広間は騒然としている。当たり前だ。血まみれの令嬢、しかも本日の主役が乱入してきたらざわつくだろう。

 本来なら一番最初に登場すべき人物は、やはり、ご友人たちに囲まれていた。

 ご友人という名の自称恋人たち。彼女たちにとってはレティシアがいなくなれば自分が婚約者や恋人になれると盲信している。


 あー、本当に、なんで、こんな男がいいのか。げんなりしてくる。

 本当にげんなりするのは、ご令嬢等々の取り巻きがあることではなく、そんなにアピールされているのに全く気がついていない風な態度だということだ。

 なんなのこのハーレム男。


「どうしたんだい? いつものようにうっかり階段から落ちたのかい?」


 と言われるくらいにはその取り巻きのご令嬢に階段から突き落とされたわけですが。最初は訴えてみたものの、そんなわけない、うっかりだな、君は、で終了するという。

 ご令嬢たちは心配そうというよりは、あら、まだ生きてましたの? とでも言いたげというのは被害妄想が激しいだろうか。

 まあ、今日で、おしまいだけど。


「ええ、誰かに突き飛ばされましたけど、とりあえず、生きてますわ。突き落とされても華麗に着地できるほどの能力がありませんもの。あなたのように」


 にっこり笑って言ってやったわ。

 唖然とした顔の男にちょっとすっとする。レティシアは人前でそのことを言ったことがない。それは、結局、優しいからである。そして、もっとひどいことをされるのではないかと怯えていたからでもある。

 しかし、あたしはレティではない。一生懸命に生きていた彼女は、今、しばしの安らぎを得ている。


「前々から思っていましたの。皆様のいらっしゃる前ではっきりお伝えしますね?」


 婚約者殿にその言葉の意味が伝わるほどには待ってあげる。

 唖然とした表情が怪訝そうに変わり、慌てたような顔になって口を開こうとするが、否定されるほどには待ってあげない。


「私はあなたとは絶対に婚約も結婚もいたしません」


 ああ、清々した。

 視界の端でレティシアの母がぱったり倒れたり、あの男の父親が青ざめたりしていたのを見たがそれ以外はため息をついた身内ということが実態を表している。

 家としては婚約して欲しいものの娘の嫁ぐ相手としてはどうなのだ感満載の相手でした故。レティシアにもどう思っているのか探ってはいたものの彼女は家のために断るだなんてしないと意固地になっていたので全く、気がついても居なかった。


 頑固で生真面目で家族を大切にしていたレティシア。

 なんというかめんどくさい女だろうなぁと思ってはいるが、何をチョイスしても死なねばならないほどの悪女ではない。時代の焦点が彼女に合わさってしまったのが不幸である。本人が認めなくてもあたしはそう思う。


 ちなみに通常は、もっと曖昧で雰囲気的なものが対象らしい。独立運動とか、建国とか、魔物の大量発生とか。そういう規模のものを一人で背負わされているのだからちっとやそっとじゃ改善できないと思えなくもない。


 だからこの程度じゃ運命は変えられないかもしれない。けどまあ、宣戦布告にはなるんじゃないかな。


「レティ、どうして? 君は喜んでいたじゃないか」


「あなたのような素晴らしい方の隣にはたてません。いつぞや言われましたように取り柄もない、美人でもない、役にも立たない娘には荷が重いのです」


 これには続きがあって、そんな子でも俺は見捨てないし、大事にするからねと言われたわけだが。素で、言っているところが恐ろしい。本人的にはプロポーズだそうだ。レティシアが泣いて喜ぶと思ったが、ただ、さようでございますかと返されてしょげていたという。

 当たり前だバカが。


「だから、そんなの気にしなくて良いよ。家のことを何とかしてくれればいいのだし。難しいことじゃないだろ?」


 レティシアの父が、恐い顔してますよ? 従兄がひっそり剣の柄に手を置いたのが見えましたよ? 姉が婚約者にもたれかかりながらうっすら笑みを浮かべ、うっかり見てしまった母方の祖父は無表情でレティシアを見ている。じいさま、ごめん。せっかく場所貸してくれたのに婚約式は台無しです。もしかしたらじいさまのメンツもつぶれるかも知れないけど、ごめんなさい。

 そして、最後に見たあの男の母親が額に手を当てている。

 彼のご実家というのは伯爵家で、嫁になれば内向きのことを全て采配するのだ。配下はつくとは言え、最終判断は自分で行い、その結果が家の評価に結びつくという。責任重大で難しくない仕事とは言えない。

 それよりも、彼は己の母親の役目を軽んじていることに気がついているのだろうか。


「まあ、ディレア様のお役目をそのように言われてはなりませんよ」


 やんわりと嫌味を返しておき、次の段階へとうつる。


「ですが、そのような事も出来ませんので、常々、ワタクシよりも優れていると言われておりましたお友達と婚約なされば問題ないかと思います」


 ぎょっとしたような視線にさらされる取り巻きのお嬢様がた。ええ、常々、言ってましたものね? 自分の方がふさわしいと。

 貴族のご令嬢として、婚約者のある男に言い寄るというのはいささかはしたない。あこがれならば良いのだが、自分が婚約者に成り代わりたいと願うのは問題がありすぎる。


「レティシア様より、ふさわしい方などいらっしゃいませんわ」


 いち早く逃亡をしたのは公爵のご令嬢。婚約者有りであり、己の立場というものを知っている。レティシアに突っかかってたのは自分が婚約すると思い込んでいた相手を取られた嫌がらせだ。嫌味を言うくらいの可愛い態度ではあったが、彼女が疎んじるということはレティシアの立場が悪化するということだ。

 公爵家に連なる家のご令嬢から冷たくあしらわれたり、嫌味を言われるということになる。

 それさえもわかっていて、ある程度コントロールしていたのだからたちが悪い。


「いいえ、アルテイシア様のような素晴らしい方が、隣に立っていただけるならばワタクシも安心です。婚約者というような立場を奪ってしまい申しわけございませんでした」


 きっちり、頭を下げてやったわ。

 青ざめた顔が目に浮かぶようである。最初はともかく、この頃には婚約者と仲良くやっていたはずだ。レティシアへの干渉もこの日を最後にやめようと思っていたはずである。何回繰り返してもその態度は覆らないのだから潔いとも言える。

 しかし、ちゃんと孫の顔まで見て大往生というのが解せぬ。改心した悪役令嬢のごとき更正っぷりに神(仮)に中身が異世界人とか転生かと聞いたが、素のままらしい。

 だから、痛い目くらいあっていただきましょう?


「アルテイシアはそれは素晴らしい人だけど、婚約者がいるよ」


「ですが、取られたと何度も言われておりましたし、アルテイシア様のほうが似合っているのにと他の方もいってらっしゃいました」


 これには取り巻きの令嬢もざわついた。それはそうだろう。誰も、アルテイシアが本気とは思っていない。しかし、追随はしたのだ。その場のノリみたいなもので。

 さて、レティシアは、バカではなかった。

 こんな事もあろうかと記録をとってたりしていたりする。ただ、使わなかっただけで。

 で、この使わなかったものたちが、死後阿鼻叫喚を巻き起こしたり、起こさなかったりする。


「こちらに、証拠が」


 悲しげな表情を壊さないままに記録魔法を披露する。これ、編集はできないので事実そのままを残してしまう。彼女の死後、禁呪扱いされるという曰く付きの一品。


 無駄に白い壁に投影すること一時間。まだまだ、盛り上がるところはあるのだけど泣き崩れるご令嬢と呆然とする元婚約者、引いている男性たちと中々にカオスだ。カオスになる原因と言えば、婚約式兼お披露目パーティーだったので招待客のうち婚約者がいるものは婚約者同伴、もしくは親族のエスコート付きでないとご令嬢は参加できないのである。

 元婚約者は取り巻きのご令嬢に言われるままにご招待したので自業自得なのではあるが。

 ラインナップは。


 1,アルテイシア様、10歳。婚約者を取られたとレティシアをなじる。そして、この子と仲良くしたらダメと言い放つ。

 2,レティシア、10歳。小さな階段から突き落とされる。上からくすくす笑う少女たち。元婚約者に訴えるもどうして着地できないのと逆に不思議がられる。

 3,レティシア、11歳。子供たちのお茶会で悪意と悪口と嫌味を言われる。


 まだまだ、序の口だよ?


「レティシア嬢。お怒りはごもっともだ。我々も反省しよう。まずは、貴方の怪我の手当をしなければ」


「兄様が手配いたしましたのでお気遣いなく。義父さま。ああ、もうこうお呼びすることはございませんね」


 全く持って今更である。とりあえず、神(仮)の修理は効いたようで新たな出血はないようだ。頭痛も多少は収まってきている。多少貧血があるが座っている分には問題なさそうだ。

 それに有能な従兄は最初の段階で医者を手配している。その上、応急処置もしてくれているし、そのときにわざわざうちの息のかかった軍医を呼ぶから時間がかかるとは言っていた。他の貴族が使っている医者ではなにをされるかわからないと思ったのだろう。この状況から考えるにあり得る話ではある。公爵家の威光は結構侮れない。

 だからそれまでってことで椅子に座らせてもくれたし、飲み物も持ってきてくれたし、気遣わしげに横にいてくれた。剣の柄に手は乗っけたまま。

 ねぇ、レティ、彼では何故ダメだったの?

 遠い魂に問いかけてみるも当たり前だが答えはない。

 やっぱり、ヤンデレとか監禁とか溺愛とかそんな何かの気配がしたんだろうか。今後、超過保護になるのは目に見えている。


「……これはあとどのくらいあるのだね?」


「明日の朝くらいまででしょうか?」


 何でもなさそうな顔で首をかしげてみせる。あの男の父親は表情を引きつらせたまま、レティシアの家族を見る。

 ……あー、見ちゃうんだ。


 彼女の実家というのは男爵と階位は高くないが、軍部にそれなりの軍人を送り込んでいる軍人一家である。一族独自の流派もあり、長剣ではそれなり名の知れた道場もあった。道場主もやっている父が一声かければ軍部の指揮官レベルが1/3くらい寝返る。

 場合によってはレティシアが死んだ後、一族は壮大な引きこもりとなり、弟子たちも軍を辞めて領地にやってくるという。それが遠因で、国家滅亡予定だ。指揮官が居なくなったからといって、誰かをその地位に上げることは難しい。それなりに育成しなきゃ人の指揮はできないものである。


 で、あの男の父親が見た家族の顔というのはレティシアの父は言うなれば悪鬼羅刹で、姉は獲物を見つけた獣のようで、さすがに一時間もあれば意識不明からは復帰した母は般若だ。

 この場を貸してくれた母方の祖父は笑顔だが、これは怒り心頭しすぎて笑えてくるたぐい。

 これは息子の失態として処分するだけでは済まされないことを理解できるだろう。


「まだまだ、ございますよ? ご子息が私以外のかたと手をつないでお出かけしたり、髪を撫でることもあったとか。これはご自慢されておりましたし」


 さらに燃料投下も忘れない。

 ちょっと飛ばすことになるが、15歳、元婚約者、自称お友達と仲良くする、の動画も出しておこう。

 これはアルテイシア様だな。ランダムに選んだけど、すごいの引いた。

 そんな彼女は真っ青を通り越して白い顔だ。間違いなく醜聞のたぐいになる。誘惑したのは彼女の方としか見えないし、甘えた態度は恋人に対するそれだ。


 ただ、元婚約者の態度はどの令嬢に対しても一律であり彼女だけが特別ではないところが泣けてくる。平等に女にだらしない男と言う他ない。外装が美形で、そこそこの有能さとマメさ、優しさを振りまけば地位もあってお嬢様ホイホイである。断じて、年頃の娘を近づけてはいけない類の男。

 人妻も相手にしてたりするのが罪深い。今は関係ないが。


「ハーディ伯爵。並びに、ご令嬢方。レティシアは嫁に出した娘の子とは言え血縁であることは間違いありません。そして、家同士のつながりを強めるのが婚姻ということです。つまりは、シュウレイ男爵家に対する敵対はウィンルイ侯爵家にも敵対するものとお思いください」


 あ、じいさま、キレた。外孫とはいえ身内をバカにされるのは許せない人だから、これから宮廷は荒れる。間違いなく。

 伊達に元宰相ではないのだと思い知らせてくれるでしょう。レティシアが死んだ時点では大体亡くなっているか事故死ということでこういう展開はなかった。

 ちょっとうきうきする。


「皆様お帰りください。陛下には私からご報告いたします。なぁに、ただの婚約解消の話。しかも婚約式が成立前の口約束に過ぎませんから強制力のないものです。ご納得いただけると思います」


 そうだ良いことを思いついたと言いたげにぽんと手を打つとじいさまは良い笑顔を浮かべた。


「全ての資料は皆様のご両親や婚約者の方々に見ていただき、ご判断を仰ぐことにいたしましょう」


 つまりは、他人の婚約者に粉かけたり、意地悪という名の暴力行為は法的には取り締まれない。貴族の娘というのは責任を取れる立場にいないのだ。当主が娘の処分は出来ても他家から直接処分することは王家からでもできない。出来るのは当主の監督責任を問うだけだ。

 だが、外聞は大層悪い。じいさまが何を考えているかはわからないが、これを公表した場合、嫁に欲しいと言う話は絶滅しかねない。結果、婚約破棄されたり、修道院送りにされたり、平民に嫁がされたりするだろう。さすがに家から放逐されることはないと思いたい。

 ただ、相当、逆恨みされ、何かされたりする可能性が高い選択肢だ。

 そして、それを誘っている。


 次は本格的にこちらで処分して良いという言質を取るための布石。恐い。レティシアの命も囮なんだからこの人。

 ちゃんと守ると言いながら、罪状をつけられる程度には負傷や害を期待されるという。何気なく、この場を乱したことも怒ってませんか? 実はレティシアにもお仕置きですか?

 ……じいさま、恐いです。孫、可愛くないんですか? レティシアはじいさまのこと大好きでしたよ?

 さすがに身内から死亡フラグを立てられまくるとは思わなかった。

 涙目でじいさまをみればその瞬間に表情が抜け落ちた。おぅふ。


「レティ。下がりなさい。もう、ここにいる必要はありません」


「……はい」


 そう言い、目を伏せる。余計な何かをしてこれ以上利用されるのも怒られるのもまっぴらゴメンだ。あたしはそっと立ち上がる。従兄が手を貸してくれるのがありがたい。そうでなければ無様に転んでしまうに違いない。

 出血は止まっているが、張り付いた血も気持ち悪い。立ち上がればくらくらするし、いい加減、医師に体を見て貰いたいところだ。軍の宿舎からは結構離れているとはいえ、そろそろ手配した医者が来ていて欲しいものである。

 そして、二歩歩いた辺りで体が制御不能になる。意識はあるけど、動かせないし何も聞こえない。ただ、真っ暗だ。

 ありゃ。


(人間の体でそんだけ無茶したら普通そうなるよ)


 遠くで誰かがため息をついた。


 ……まあ、いいか。今やるべきコトは終わったのだから。そして、心の中でレティシアに詫びを入れる。

 勝手に婚約破棄とか、勝手に記録魔法披露とか、その人生をいただいてしまうこととか。

 彼女の人生は理不尽に満ちている。人生さえも神(仮)に世界の運営のために奪われるとかひどい話だ。

 ただ、彼女が死んで、この世界は悪い方に舵を切るのは事実だ。結果、神は失われる。失ってもこの世界が運営出来るのならばよいのだが、それは出来ず最終的に皆失われる。と先を見通す運命神は預言している。

 実際、そこまで行き着いてしまえば巻き戻すことも出来ないので今まで、頑張って回避してきたそうだ。


(運命神が少しましになったと報告してきたから引き続きがんばって)


 がんばるー。死なないように。

 と心なく返しておく。


(今、死亡フラグが一杯立ったからね?)


 ……早速、生存の危機過ぎる!? 慌てたところで何も出来ないのだけど。頑張って目を開いてみるとそっと頭を撫でられた気配だけが通り過ぎ、サービスだからね、と優しい声が響いた。


 どこかの別の神(仮)の神対応があったようで。今度はすっと意識がなくなってくる。


 意識不明になった後で、従兄と元婚約者と父で誰がこの体を運ぶかで揉めたとか。最終的には姉の婚約者に運ばせたとかいうカオスな状況を神(仮)に報告されて目眩がするとかそいうのはちょっと先の話だった。

 青白い顔をしていたレティシアは気丈にも一人で歩きだそうとしたようだった。しかし、一歩目からもうふらつき二歩目には倒れ込みそうになる。側に立っていたイルク(従兄)は彼女を抱えその軽さに眉をひそめる。

 道場を運営する家であるせいか彼女も多少は体を鍛えていたはずだ。その分普通のご令嬢よりは重たくてもおかしくない。しかし、今はその普通のご令嬢よりも軽いように思える。

 痩せたとは思っていたがここまでとは思っていなかった。

 あの婚約が彼女にとって重いものであったことを改めて知るようだった。こんなになってしまう前に誰かに言えば良かったのだ。

 あんな浮気者と婚約などしたくないと。


「レティ」


「寄るな」


 元婚約者という肩書きになったばかりの男が寄ってくる。心配だと表情を作っているが、こちらを見る目がひどく暗い。押さえているが殺意にも近い悪意を持っているとイルクは判断した。

 元婚約者は別にレティシアを嫌っては居なかった。おそらくは特別扱いはしていたのだが、それが女たちには面白くなく、嫌がらせを加速させていた。その事実に全く気がついていない鈍感さがレティシアをここまで追い込んだとも思いもしない。

 この期に及んで婚約者として振る舞おうということがおかしい。


「……ふむ。これは儂が運ぶので小僧たちは勝手に決闘でもしていろ。そして、二人とも死ね」


 良い笑顔でそう言ったのはレティシアの父だ。イルクに取っては師であり、いつか超える壁である。この婚約を後悔しているのは彼女の父とて同様で、次の婚約者へ要求するものが増加していることは想像に難くない。

 ひっそり、儂より強くないとダメと事実上もう嫁にやらない宣言をするかもしれないのだ。


「みっともない。ルード、運んで」


 三つ巴のにらみ合いに発展したそれを止めたのはレティシアの姉であった。慣れたような振る舞いで自分の婚約者へと命じる。彼は忠実に命令をこなす。


「それではごきげんよう」


 はっと我に返ったときには彼女たちは立ち去った後だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最大のザマァ要員は神様ですねわかります(๑╹ω╹๑)これは是非とも神殺ししてほしい。
[良い点] 久しぶりにスカッとした、気持ちの良いお話でした。 続きがぜひ読みたいです‼️
[良い点] タイトルのハーレム男というだけあって悪意ない婚約者の女たらしをレティシアがばっさり切るのが良かったです。 女性には甘いのに婚約者には辛辣なのはある意味特別だったのかな❓やられた方は嬉しくな…
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