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エピローグ


   ――エピローグ――


 破壊力の大きい魔法か何かを使ったか。ブリキ板の天井に驚き呆れるほど大きな風穴がぶち抜かれ、そこから曇り空が広がる。暗いながら光の筋がキルシェの身体を照らす。


 停止したコンベアのそばでキルシェが傷つき疲れ果てた状態で、気力体力何も残してない様子で、横になっていた。


「キルシェ!」

 僕はキルシェに駆けつけ、傍らに寄り添った。

「棟一……郎」

 声も絶えさせながらキルシェが弱々しい言葉を絞り出す。


 吹きすさぶ凍てつく風のせいか、キルシェの頬は真っ赤に染まっている。血潮がうっすらと透けて見えた。


 僕を守り通した戦士にふさわしく、すっきりした顔形が、小さく力なく笑う。


 そばでクリスがキルシェを気遣って、もう動かないコンベアに腰から上を凭れかけさせる。


「なぁ、クリス」

 クリスは神妙な面立ちでキルシェを見る。


「どうやら深い眠りへと落ちる魔法をかけられたようだな」

 そうして、クリスは観念した顔をして、無情なことに工場内から立ち去ろうとする。


「待って、クリス」

 キルシェのか細い声を無視して、クリスは歩を進める。

 薄れゆく意識の中で戦う声でキルシェは力を振り絞って次に続く言葉を発する。


「……お姉ちゃん!」

 足が震えて、クリスの踵が自然と止まる。

 肩と首だけが左側に動いて、やおらに振り返る。

 お姉ちゃん? まさか、クリスがキルシェと姉妹同士だったのか?


「なぜ私が貴様の姉だとわかった?」

「だって、私の元の名前を知っているの、お母さんとお父さんだけだったもの」

「……」

「私が自分の幼名を知ったのは、『月』へ行ってから。お父さんの遺品の日記を見て、私がヘルミーナって名前だって知ったの。私は物心をついたころにはすでにキルシェって呼ばれていた……だから」

 クリスは何も言えず、押し黙る。しかしその後に口を開く。


「それだけでは、私が貴様の姉だという確証には遠いんじゃないのか?」

「それだけじゃないよ。もっと決定的な証拠がある……」

 キルシェは言葉を絶え絶えにしながら、意識が消え去るのをこらえながら、姉に言おうとする。


「いま、私を抱き起こしたとき、かすかに母さんと同じ匂いがした」

「……」

 クリスはなおもここから去ろうという姿勢を見せる。彼女は何かを吹っ切れない様子であり、そしてたまらず逃げ出したくなるような衝動を抱えているのだろう。


「待って、お姉ちゃん」

「私は……」

「何も言わなくていいよ。多分これは真偽がどうとかじゃないと思う。私があなたはお姉ちゃんだと信じられるかどうかの問題だと思うから……」

「そうか、勝手に信じてろ」

 ぶっきらぼうにクリスは答える。そう答える彼女がなぜだか苦しそうに見えた。


「だから、私はお姉ちゃんに与えたいものがあるの」

「なんだ」

「棟一郎から聞いたよ。クリスマスって大切な人に贈り物をする日だって……」


 地球の暦とこの世界の暦とでは、その体系にかなりの違いがあるけれど。今日はちょうどその聖夜にあたる日付だった。

 僕はそれほどキリストに信仰深いほうではないし、宗教の込み入った話をできるほどの知識も情けなくも携えていなかったので、キルシェには簡単にそういう説明しかできなかった。

 そう説明されるとなんだか恥ずかしい。


 でも、キルシェは最後に何かをクリスに残そうとしている。


 ――。


「貴様、何から何まで知っていたんだな……」

「そうだね……お父さんの日記に書いてあったから……」

「そうだったか。じゃあ遠慮なく貴様からの贈り物はもらっておくぞ」

「う、ん……」

 贈り物の後、キルシェは何かを成し遂げたような顔をして、深い眠りについた顔になった。


「まったく、寝ぼけ眼で言われる言葉は辛くて恥ずかしい」


 クリスはキルシェを細い視線で眺める。そしてキルシェに寄り添い、厚い外套をブランケット代わりにかけてやる。


「ところで棟一郎」

「何?」

「貴様に頼みたいことがある。下にいる写本師のことだが……」


 クリスの言葉を余所に、吹き抜ける天井から見える曇り空から白い結晶が落ちてきた。外の光が差し込む眠れるキルシェに、その結晶はふわりと舞い降りる。




 ブーフバッハの川は途中からふたつに分断される。

 そのうち工場へと続く川の流れはクリスがせき止めた。

 そして、もうひとつは工場へは行かず、海へと流れるが、その中途に大きな水車がある。


 クリスと僕はそこに、五人の写本師の緑石と、印刷機を持ってきて、川がある限り半永久的に動く仕掛けを作った。


 印刷機の上には羊皮紙があり、そこに版を押しつける。


 印字された紙の上に版は何回も押し当てられ、何回も印刷される。


 その版に植字された言葉は鎮魂歌「レクイエム」だった。


 クリスによって隷属魔法をかけられたから、文字の魔法化をしないことはできない。

 つまり、彼らは永遠にレクイエムを詠唱し続けるのだ。この星で魔物の犠牲になった人間のために、そして今キルシェは……


「何、そんな寂しそうな顔しているのよ?」

 キルシェが怒った紅色の頬をハリセンボンにして、タイプしてくる。


「おお、キルシェ、そこにいたのか」

「何が『いたのか』よ! 私がすでに死んでいるような顔しないで」

「ああ、ごめんごめん。あのときクリスが舌足らずな説明だったから、まさか深い眠りに落ちる魔法というものが……」

 キルシェが目覚めたとき、僕はとてもたまげた。まだキルシェが死んでいるのではないかと勘ぐってしまうくらい。いや、事実死んでないのだ。


 彼女はその意味の通りの魔法をかけられただけだった。

 敵の魔法で眠ってしまっただけだったのである。


「ところでキルシェ……」

「いまはもう、キルシェじゃないわよ」

「あ、そうか。ええと、ヘルミーナ」


 ヘルミーナからの贈り物を持ったまま、この星に散らばる黒魔道書を探すために、クリスは一足先に旅立った。


 その贈り物とは何だったのか?

 キルシェがヘルミーナとなったことからもそれは理解できる。


「クリスの奴、大丈夫かな」

「大丈夫よ、きっと」


 そう。ヘルミーナが思うことには根拠がある。


「キリストのご加護とキルシェの血を受け継ぐ者に越えられない壁なんてないわ」


 僕は、今ここにはいないクリスに言葉を贈った。

 魔法のタイプライターで祈りと心を込めて僕はキーを叩く。




 ――キルシェ・クリスティーナの前途に希望あれ。

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