第五章 4(後)
「さぁ、どうする? 写本師さんたち」
「か、考え中だ」
「そっか、じゅあ僕は考える余裕も時間も奪ってあげる」
僕の巧みな戦術。写本師たちが真似すれば反撃か自爆のどちらかしかない。
僕はタイピングをし始める。次に出てくるものはなんでしょう。
「こうなれば博打に賭けてやる」
僕が『改行』――キャリッジ・リターン――をしようとする。
「六倍になるほうにベットしてやる!」
相手はすでに六人しか残っていない。そして、タイプした文字が金字へと変わる。
「残念だね、ディーラーの僕の勝ちだ」
縦揺れの地震が再び襲ってきた。
「このクソガキが……あああっ!」
罵倒を発しながらもうひとつ上から生えていた緑石が縦に大きな亀裂が走り、真っ二つに割れた後、そこから落ちて砕け散る。
しかし、そのときであった。
頭上の地中に埋まっていたのだろうか、一冊の本が落ちてきた。
おそらく魔道書だ。
そして一本の羽が落ちてくる。
魔法がかけられているのだろうか、羽は空気の抵抗を利用しても希にしか起こらないような動きを見せる。
羽先が白紙の表紙に擦過する。そこに文字が書かれた。
――開け。
「魔道士さまだ」「黒魔道士さまじゃ」「こういう事態を予想していたんじゃな」
黒魔道士はどこまで用意周到なのだろうか。おそらく、これは黒魔道士の手足となった人間が、彼の命令により行なったのだろう。
表紙に書かれた「開け」の文字が黄金色のまばゆさを発する。
そして、ページが音もなく見開かれる、左ページには何やら印字された文字群があり、右ページは白紙だ。
羽ペンが再び動きだし、その文字群を物凄い手早さで写筆する。
書き終えたそばから、文字が光り出し、本から黒服に身を包んだ人物が現れた。姿形の異様さであり、アンデットのたぐいのように感じられた
「まさかここにまた訪れる人間がいるとは」
こいつはおそらく黒魔道士だと思った。
「わしが編み出した自動筆記魔法は発動から五分しか保てない。永久に動き続ける魔法を目指したがこれがわしの……いや魔道士の限界かのう」
僕は脚ががくがくと震えてきた。
こいつが今、何をしようとしているのかわからないからだ。
「わしはいま何も見えていない。いま見えているのはそなたらに言葉を伝えるためのわしの幻に過ぎぬ」
うるさい、映像プレイヤーが。
「見えない老いぼれに楽しませてくれたまえ、おおしかし相手が苦戦するのが目に見えるようじゃ、はっはっはっは」
そして、黒魔道士の幻視が消える。そしてペンが自動筆記する。
その描かれた文字が写本師の力で光り輝く。
「普通ならば、我々に必要なのは文字を書くか刷る方法」「それに加えてその文字自体」「魔道士様が手で書くことで効果は二倍じゃ」
そして、背後の扉が突如として閉められた。
「後悔せい」「苦しむがいい」
一人の写本師の言葉の後に、紫色の瘴気のようなものが本から漂ってくる。
僕はとっさに手ぬぐいを取り出し、口元を押さえる。
扉は外側から鍵を再びかけられており内側には鍵穴はない。
なんとか脱出を試みようと金属製の扉をがんがんと蹴り上げるが、徒労に終わる。
実に油断した。このままいけると思って積み上げたものを、今ここで崩される。
折り畳んだ厚い手ぬぐいをすり抜けて瘴気が口の中に入ってくる。
僕は激しく咳込んだ。これは猛毒だ。僕は必死に呼吸を我慢する。しかし、そんなことができるはずもなく、僕は意識が頓挫しかける。
扉に背中を凭れ、この見ている暗い景色が最後になることを、覚悟を決めようとした。
瞳が閉じかける。もう手のひらにも、足の裏にも、感覚はない。
これでもう……終わった。
僕の背中にじゃりっとした感覚が生じる。そして、新鮮な空気が口の中に入ってきた。
息ができる、息が吸える。
ぼやけていた視界に、誰かが入る。
「クリスか……」
彼女が僕の顔を覗き見ていた。
そうか、クリスが扉を開けてくれたのか。絶体絶命のこの状況を助けられた。
「退路を断たれる可能性を考えろ、だから貴様はまだ知恵が足りない」
彼女の姿を認めた写本師たちが騒ぎ始めて、ネオンのように緑色にぽつぽつと輝く。
「クリスティーナか」「またここに来たか」
クリスが五人の写本師に立ち向かうように対峙する。
「お前に勝ち目はない」「さっさと負けを認めろ」
するとクリスはニヒルな笑い声をあげる。
「負けを認めるのは貴様らのほうだ」
「何を言うか」「何を言う」「勝機は我らにあるぞ」
「まだわからないのか? もう本当に終わりだということを」
僕にも状況がまだ飲み込めない。
どうしてクリスがそんなことを言い出すのか、その理由を探れない……。
いや、ちょっと待って。どうしてクリスはここにいるのか。
その理由はひとつしかない。
「川をせき止めたのか? クリス」
「その通りだ」
クリスが写本師をにらみつけ、死刑宣告を言うかのように次の言葉を放つ。
「もう工場は動かない。だからもう一度言う。貴様らの敗北は決まりだ。貴様らがここにいる理由はなくなった」
瘴気を吐き出していた本はすでに力を失っている。また、ペンも五分という時間を超えていたのでもう動かない。
僕たちの戦いは終わった。




