第五章 4(中)
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なぜだか知らないが、僕は以前この場所に立ったことがあるようなデジャヴに襲われた。
その既視感が何なのかはわからない。
いや、そんなことを考えている暇はない。
キルシェとクリスと僕が辿り着いた場所、そして兄さんもここにいる。
「ここにいるは、七人の写本師」「我らにひとつの魔法を撃たれば」「わしらは七の倍数でその魔法をそなたに返してやろうぞ」
目前の写本師たちが挑発してくる。
そんな手には乗らない。おびえている時間はない。なんとかこいつらを倒す方法を考えるんだ。
僕は風の精霊セルフィドの呪文をタイプした。
皮も切れるほどの鋭い風が巻き起こり、ひとつの石にヒビ割れが入る。
「七倍にして返してやろう」
正面から風が吹きつける。僕は耳と首筋を押さえて、うつ伏せになる。
手に切り傷を負い、服がカッターで切られたようにスパッと切れた。
左手に切り傷二つ、服が三カ所も切り裂かれた。
僕は次のスペルを打ち込む。しかし、いざ『改行』――キャリッジ・リターン――をする直前でスペルが金色に明滅した。
僕の前に雷が出現する。タイプライター直撃し、紙が燃えてしまう。
「ほほう、そなたが打ち込んだのは雷のスペルであったか」
僕の打ったスペルを横取りして、僕に放ちやがった。
「はっはっは、やはりわしらの勝ちは見えてきたようじゃのう」
薄汚れた笑い声で写本師たちが叫ぶ。
「さぁ、どうするかのう」
僕は考えた。そうだ、打ち込んだスペルを利用される前にタイプを打ち込めば……。
しかし、その考えは甘かった。
風の精霊セルフィドの魔法を唱えた先から風が僕に向かって巻き起こり、用紙がスパッと縦に半裂きにされ、その風が僕の顎に出血をもたらす。
炎も雷も通用しなかった。すべて、相手に魔法を先取りされた。
「いくらスピードがあれど、そなたに魔法を唱えることは無理じゃのう」
どうすればいいんだ。
そう考えていると、兄さんの声が聞こえてきた。
「棟一郎、落ち着くんだ」
「兄さん、でも……」
「よくよく観察してみるんだ、相手はどうして君のスペルを魔法として発動させている?」
「そりゃ、僕が攻撃しようとしているから……」
「ならば、わざわざこちらから攻撃を撃つ以外の攻撃もあるんじゃないか?」
「どういうこ……」
それを聞いて、僕は気づいた。
相手の写本師たちは僕のスペルを見ていない。いや、見えていないのだ。
最初は僕が魔法を放つことによって、その魔法をオウム返しすることで攻撃してきた。
しかし、今は作戦を変えて、相手は先制攻撃に徹している。
「ならば」
まず小手調べに相手を脅して揺さぶってみるか。それで様子見だ。
僕は土精霊ノムの中級魔法をタイプし始めた。
そして、僕の思惑通り『改行』――キャリッジ・リターン――をする前に魔法は発動された。
その瞬間、縦揺れの地震が起こった。
「こ、これは……」
「どうやら君たちはスカを引いたようだね」
揺れに頭上に位置する石のひとつが崩れ落ち、地面で割れ、霧が散るように消えてしまった。
「エイダン!」「エイダンが!」「よくも、エイダンを」
今しがた地面に落下して消えてしまった同志の名前だろう。写本師たちが悲しそうな声をあげて叫ぶ。
「ごめんね、仲間が一人亡くなったね」
そのときいつもの悪い癖が起きていた。タイピングゲームとリアルを混同して残酷な心になってしまうあの性格が。
「死んではいないぞ、心と力を伝えることができなくなったまでだ」
「二度と喋れなくなっただけか」
「ああ、そうさな。しかし死と同義とも言えるな。貴様も二度と口を聞けないようにしてやる」
写本師の怒りが頂点に達しているのがわかる。
「棟一郎、落ち着くんだ」
「ごめん、兄さん」
相手も挑発してきたが、僕も挑発してしまってはシーソーゲームも釣り合ってしまう。僕の側にそのシーソーを傾けるのだ。
「で、どうするの? 写本師さんたち」
「……」
「僕は攻撃する方法もある。けれど、君たち自身が自爆させる方法もある」
「この……」
いかん、言っているそばからこれも挑発だな。
でも、これでわかりきっていることがある。相手も無闇に魔法を使えなくなったことだ。
六人に減った写本師たちをどう倒すか。
「もう一度地震を食らわせてあげるよ」
「この……」
僕はタイプライターに打ち込んだ。
そして、タイプライターから火の球が発射される。
そして、地に生え出た石に着弾して大きな亀裂が生じる。
「ごめんね、いまのはフェイントだよ」
「おのれ……」
兄さんはただ文章をコピーするだけの人間じゃない。
さきほどのヒント・アドバイスがなければ、僕は何も考えられなかった。
兄さんは知恵をもって、戦う術を知っている。
僕にできないことが兄さんにはできる。
でも血のつながった兄弟だ。
「僕と兄さんが同じ人間ならば、僕は兄さんに追いつける」
すると兄さんは少し黙り込んでから、僕に話しかけてきた。少し逡巡したせいだろうか、声が小さくなる。
「棟一郎、その通りだよ。僕と棟一郎は同じ人間だ。まったく同じ人間」
何を意図してそんな言葉を出したのかはわからない。
けど、僕は確信した。僕は兄さんのようになれる。




