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第五章 3(前)

 僕は渦の中に巻き込まれてこの世界に来た。

 そして、この世界の現状を知る。世界を救えると思った。


 僕がここに呼ばれた理由はなんなのだろうか。


 僕がタイピングに妄執する理由は他にもある。

 兄の存在だ。


 昔から兄にはタイピングを教えられた。兄こそがタイピングの王者となるにふさわしい。だが、ある日、対戦相手に薬物を注射されたことに気づくことができず、ドーピングで永久参加停止処分を食らう。


 そして、それから数日後。

 兄はビルの屋上から飛び降りて亡くなった。


 ……はて?


 僕はそのとき、何歳だったんだろう。

 近い気もするし、遠い気もする。

 いや、待って。僕はそのあと、何をしていたのだろうか。

 兄が自殺してから、この世界に来るまでの記憶が欠落している。


 そもそも僕はどこで渦に出会ったのだろうか。


 僕は兄を尊敬していたし、亡き今でさえも尊敬している。


 キルシェから渡されたタイプライターを見る。それは僕の手に何よりも馴染んでいるかのような感触をしていた。

 遠い昔にこれを打ったような感覚さえ思い出された。それはキルシェと出会った一年前? いや、もっと昔ではないだろうか。


 僕はどうして記憶の欠落に今まで気づかなかった?




 写本師の精霊を味方につけるには、ご存じのように今、僕が指につけている指輪の石が必要になる。


 僕ははじめてこのタイプライターに触る際に、キルシェにタイプで詠唱してもらい、ルカニエルを仲間につけた。


 そのときはこの世界の言葉を知らなかったので、どの魔法が適当なのかを指示してもらうだけだったけど。今はもうこの世界の言葉を覚え、さらに魔法の呪文を多く勉強したので、そんなアシストはもういらない。


 話が脱線したが、問題は写本師の精霊を味方につけるには、この石が必要になるということだ。これは写本師の意思と力を汲み取るアンテナのようなものだ。


 僕は印刷機を見てみたが、そこには緑色の石は見当たらなかった。


 天井に吊り下げられているものでもなかった。


 よって、僕はこう結論する。


 この工場には地下室がある。そして、そこに写本師の意思を受信する石が大量に発見されるはずだ。僕はそう踏んで、キルシェが魔物と戦いあっている中で、床を執拗に調べていた。


 床のどこかがパカッと開いて地下室に続くはずだと僕は察していた。


 僕は床を蹴ってみたり、しゃがんで叩いてみたりした。

 果たして、どこに地下室に続く道があるのか。

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