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第五章 2(後)

 そして僕とキルシェは、さきほど魔物が生成される印刷工程の場所へと再び入った。


「棟一郎、何か公算はあるの?」

「とにかく印刷機をぶっ壊せばいいんだよ」


 そこで、僕は雷撃を放てばいいと判断した。


 ――雷撃!


 タイプをして印刷機に雷が打ち込まれる。しかし、そこで印刷機が光を反射するかのごとく輝く。そして、反射したのは光だけでなかった。雷の矢が跳ね返ってきて、こちらに飛んでくる。


 僕らはそれに驚いて、後ろざまに転倒して尻餅をつく。

 タイプライターがコンベアに当たって、歪むような音を立てた。


「いてて、まさか印刷機にも魔法バリアがしかけてあったなんて」

「予想できたことよ、水車にバリアが張られているなら、印刷機にもとっくに張られているはずでしょ」

「ちくしょう、こうなったら」

「今度はどうするの?」


 僕はコンベアに運ばれる羊皮紙に注目した。


「紙を燃やしてやる、まさか紙一枚一枚に魔法バリアがしかけられてるなんてことはないし」

「羊皮紙って燃えにくいのよ」

「でもやってみる価値はあるさ」


 僕は炎の魔法を打ち込もうとした。


 ――すべてが畏怖せる我らが炎。

 ――すべての命が隷属せる炎よ。

 ――……


 そのとき、僕の薬指にキーの感触がなかった。


「サラマンドの至極の力ここにあれ」と打とうとしたそこに「s」のキーがない。


 まさか、さっきの衝撃でキーが吹っ飛んだのか。

 なんたる失態だ。


 しかも、羊皮紙に印刷を終えたところから、生まれ出てきた魔物が次々とこちらを見る。

 どうやら、僕らのやっていることに気がついたようだった。


 キルシェは「s」のキーが吹っ飛んだことを承知していた。


 これでは、サラマンドの魔法もセルフィドの魔法も使えない。

 魔法を簡略化することもできるけど、それだと効果が薄い。


「どうしようキルシェ」

「作戦を練り直しましょう、ここから逃げるのよ」


 そうして、僕たちはひとつ前の部屋に戻る。黒魔道書を印刷する場所だ。きっとこの印刷機にも魔法バリアはかかっている。


「どうしよう、キルシェ」


 クリスから工場の破壊を頼まれた。しかし、印刷機には強力な魔法バリアが張られていて破壊は不可能。おまけに僕のタイプライターの「s」キーがどこかに無くなった。


「棟一郎」

「なんだ、キルシェ」

「ひとつだけ方法があるわ」


 その方法とは。


「ルカニエル、聞いてる?」

「んがー、聞いておるわい。う、うげええ、またクリスの野郎め、遠慮もなしに走りおって」


 キルシェが僕に目をあわせる。


「魔道書は印刷しただけでは、魔法の効力が少ないのは知っているわよね? そこで、写本師の精霊が必要になってくるし、この工場も例外ではない」


「ということは?」

「まだわからないの? もし写本師の力がこの工場からなくなったらどうなると思う?」

「あ、そうか! 普通に印刷しても魔法が微弱にしか発動されないから」


 写本師さえなんとかしてしまえば、もうこの工場の生産は無力化したも同然。


「ご名答。棟一郎は写本師の精霊がどこに宿っているのか探して」

「了解だ」


 僕は早速、それを探そうと立ち上がった。


「待ちなさい、棟一郎」


 キルシェはタイプライターを持って、僕に渡そうとする。


「私のタイプライターを使いなさい」

「でも、僕のは、キーがひとつ飛んでしまったから」

「だからこそ、あなたにこれを渡すのよ。大事な役目を負った人間がこれを使うのは当然でしょう?」


 キルシェが寂しげにタイプする。


「使って、お願いだから。私は棟一郎のほうに魔物が行かないようにするつもりだから」

「だったら、なおさらキルシェはこの壊れてないタイプライターを使うべきじゃ」

「使って、お願い! それに……」


 キルシェは次に最後のタイプを打つ。


「私は棟一郎よりバカじゃないから、ひとつのキーがなくなっていたとしても、ハンディキャップにもならないわ」


 そして、タイプライターを無理矢理交換させるキルシェ。


「わかったよ、絶対に死ぬなよ」


 キルシェはひとつだけ頷く。

 僕らは親指を立てて、生還することを誓った。


 僕は例の写本師のいる場所を探して、部屋を出た。


 後ろで、爆発する音や金属などが壊れる音がして、キルシェが魔物と戦っていることがわかる。


 死ぬなよ、キルシェ!


 僕ははじめてキルシェに出会ったときのことを思い出す。

 そして、いまキルシェから借りたこのタイプライターは僕がこの世界 に来てはじめて使ったタイプライターである。

 そう、あの内乱のときに、キルシェから借りて内乱者を全員薙ぎ倒したあのタイプライターだ。


 これは果たして偶然なのだろうか、偶然にしてもは運命的なものを感じる。

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