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第五章 2(前)

 クリスの言葉には覚悟を奮起させる力がある。

 僕の気持ちに退路を提供しないし、逆に退路断たせてしまう。


「活版印刷が発明されたとき、悪名高い黒魔道士がそれに目をつけた。永遠の命を手に入れる方法だ」


 その方法とは。


「ヘルミーナ、貴様も知っていよう。写本師の力なくして魔道書の活版印刷もタイプライターの魔法発動もできないことを」

「そうね、私はそれによって助けられているわ」

「ならば、この工場はどう動いている?」


 そこで僕の頭に知恵が翼はためかせ舞い降りた。


「まさかこの工場、写本師が関わって……」

「その通り、正確には写本師の精霊だがな」


 クリスの声を聞いて、ルカニエルが唸り始めた。「うううう」とあまりに低くかすれた声で苦しむように。


「彼女もまた、この魔道書の出版と魔物の召喚に一役買っていた、そうだろう? ルカニエル」

「思い出せない、わしは思い出せないのじゃ」

「当たり前だろう。余計な記憶は人格が破綻しない限りにおいて極限まで削られているのだからな。黒魔道士の力によって」

「ううう」

「ルカニエル、貴様の記憶を暴いてやろう。生前の名前はルッカ。三五〇年もの昔まで写本師をしたが、黒魔術の書を写本したせいで死刑。しかし、その後、黒魔道士によって拾われ、この工場の稼働の一部として使役された」

「聞きたくない、聞きたくないぞ」


「やめてよ、クリス!」


「まぁ、それでどういう因果でか、貴様ら二人の力になったわけだ、そうだろルカニエル」

「わからぬ、わしには思い出せぬのだ」


 そして、次にクリスは奥のほうを指差して、あっちに行くよう促され、拒否する理由もなく、僕たちも行く。


 歩きながら僕は、クリスと話をする。


「クリスは黒魔道士なの?」

「私は黒魔道士の手となり足となった」

「どういうこと?」

「黒魔道士は本という形で、その本が燃やされぬ限り、永遠に生き続ける。しかし、人間のように動いたり力を行使することはできない。だから、私はその本を読むことで黒魔道士の手足となった」


 そういうことか。キルシェが黒魔道士ではないかと疑ったが、これで合点がつく。


「クリスは僕たちを殺す?」

「さぁわからないさ。私の中にいる黒魔道士に聞いてみないとな」


 発作というか、黒魔道士に身体が乗っ取られたことはないようだ。

 安心はできないけれど。


 僕たちは外に出た。そこで対峙したのは大きな川だった。

 工場の機械音で川が流れる音は聞こえてなかったから、この川を見るのははじめてだった。

 ヘドロ色に薄汚れている水だが、それは色味だけの問題であり、それ以外は確かに川の水だった。


「あれを見ろ」


 クリスが指差したところに、水車があった。二十基くらいはあった。もちろん、川の流れで動いている。


「あれは工場の動力の源だ」

「なるほど、じゃああれを壊せば……」

「無駄だ、魔法バリアによって物理攻撃や魔法攻撃はいっさい食らわない」


 破壊は無理か。


「棟一郎。永久機関というものが否定されているが、それは間違いだと私は思う」


 永久に動き続ける機械みたいなものだったっけ。確かマクスウェルって人に否定されたような。


「どうして?」

「人類や動物が生まれたことだよ。自立した動きが作られ、また自分の分身でもある子孫を生むことで、彼ら彼女らはここまで発展を遂げた」


 なるほど、人類自体が星を発展させる永久機関たりえるということか


「もっとも、故郷の星がこのような有様になった中で、それは疑問視もするがな。まぁ、話を元に戻すとしよう」


 閑話休題。


「私はこれから、この川の流れをせき止める」

「水車を止めるというわけだね」

「そして、棟一郎。貴様はこの活版印刷工場を壊して欲しい」

「どっちかでいいんじゃないの?」


 そんな疑問が生まれたが、即座にクリスは否定に導く。


「どっちも命がけだ。私は川に巻き込まれて流されるかもしれないし、この工場は魔物の巣窟よりもたちが悪い」


 なるほどね、どっちかが失敗してもどっちかが成功すれば全て解決するということか。


「よしわかった、やってみるよ」

「頼むぞ、相棒」

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