幕間 4
――幕間 四――
この世界に似つかわしい格好で母が歩いているのを見かけた。
姿形、特に容貌は変わっていれど、母の面影を残していて、私はすぐにその人が母であるとわかった。
昔はママと呼んでいたが、今はもうママとは呼べない。立派な一人の老年の女性だ。もう年齢を重ねた彼女に対して、母・母さんという壮大な名前でしか呼べない。
母は私の未熟な転移用魔法陣を見つけた。行きだけの簡単な魔法陣であり、その作りは雑だった。だからこそ母に気づかれた。
母は私を見て微笑み、よく身体も壊さずに……と労いの言葉をかけてくれた。
ヘルミーナはキルシェの名前を継いだらしい。魔法の勉強を一生懸命やっている。ただ、声がうまく出せないので、魔法の詠唱に難があるらしい。
母は、母さんは今の世界の状況、つまるところ私が生まれた世界の状況が変わったという。
黒魔道士の本はすべて燃やしたはずだった。
あのとき、私がそう判断した。
その判断自体に間違いはなかったようである。
しかし、本がなくなったから解決したという話ではなかったのだ。
ある写本師の一人が、黒魔道士の本の内容を暗記していたのだ。
その写本師は黒魔法に魅入られていて、工場を立ち上げ、黒魔道士の本を大量生産した。
そして厄介なことに、黒魔道士の力を借りて、世界に魔物を呼び寄せてしまったのだ。
母は私を助けを求めてきた。私は許されるのだろうか、そんなことをして。
いや、やるしかないのだ。
私はいったん家に戻り、ダンから託されたタイプライターで別れの言葉を綴って、再び母のいるところに戻った。
母がいたのはスラム街だった。魔法陣の行き先はここだった。そして、はじめてダンに会ったのもここである。
もしかたら、ダンは気づくだろうか。今ここに私がいるということに。
そして、世界へ戻るための転移用魔法陣に足を踏み入れようとした。
「待つんだ、姉貴!」
私は直前で足を止める。ダンが駆け足でここまで迫ってくる。タイプライターを抱えたまま。
「話をつけてくる」
私はことのいきさつをダンに話した。詫びの言葉とともに。
しかし、ダンは納得しない様子を見せる。そして、姉貴がいくところならどこへでも行くと言った。
僕には姉貴しかいないんだという言葉に惹かれた。
私は「帰れ! これは子供のお遊びじゃないんだ」と言った。そう言えば、反発して、帰るか、ついてくるか、どちらかになるだろうと推し量った。
私はどっちに転んでもいいと思った。
本当に覚悟があるかどうか確かめたのかもしれない。
「じゃあな」
私は魔法陣に足を踏み入れようとした。
そして、ダンの答え。
彼は私の手をつかんできた。
「何をするんだ」
と私は言った後、口をぱくぱくさせて、言葉を発さずに「ついてこい」と言った。それを見てダンは心底喜んだような顔をした。
母に手をふりほどくよう言われたが、私は「駄目だ、ふりほどけない」と嘘をついた。
そして、私たちは元の世界へと帰っていった。
別れの言葉、用意するだけ無駄だったな。
私はダンに手を結ばれながら、そう思った。




