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第四章 9

 身体が気だるいのを感じながら、僕はベッドから起きあがった。

 夢の余韻から覚めやらぬ感じを引きずりながら、自分の唇に手を当てる。唇の暖かい感覚がまだ残っていた。だから昨日のことが夢ではないとわかる。


 着替えをして、部屋を出ると、ちょうど起きがけの姉貴と相対した。


 あんなことを言った後の翌日だから、なんか凄く気まずい。


「姉貴、おはよう」

「ああ」


 それはいつものことなのに、だけどそう素っ気なく言われると、なんか僕は気分が重い。


 そして僕は、昨日のことがやはり夢だったんじゃないだろうかと疑り深くなりさえした。


 なんか言わないと、なんか喋らないと。


 そのとき、姉貴がリビングに降りようとして、ふと横顔が一瞬だけかすめる。


「姉貴」

「なんだ?」

「格好いいな」


 僕の視界をかすめた横顔がまた現れて、姉貴の片目が僕を凝視する。


「ダン」


 姉貴はいつものようにため息をつく。


「それが女性に対して言う言葉か?」

「え、どういうこと?」


 発言の意図がわからない。


「たまには『綺麗だ』とかいう言葉が欲しいんだ。私だって」

「え、あ、ご、ごめん」

「謝るな。さぁ、朝食にするぞ」


 そうしてコトコトと音を立てて、姉貴は階段を降りていく。

 本当に夢じゃなかったんだな。


 朝食を済ませてから姉貴を部屋に呼び出した。

「何か用か?」と問いながら、姉貴が入ってくる。


 僕は姉貴に渡したいものがあった。


「これを受け取って欲しいんだ」

 僕は「それ」を入れた間に合わせの箱を姉貴に渡す。

 姉貴はそれをすぐに開ける。


 中に入っているのは、タイプライター。

 姉貴が僕にプレゼントしてくれたものだ。


「ダン」


 姉貴はこれを受け取った意味がわかりかねていたようだった。


「私がお前に贈ったタイプライターは、気に入らなかったのか?」

「これはタイプライターじゃないよ」


 僕がこれを姉貴に手渡すことに嫌味の意味を込めたわけではない。


「これは僕の夢だ」

「夢?」

「僕はもうあの世界で立つことはできない。だから、姉貴に託したいんだ。僕の夢を」


 それを聞いて、姉貴は無言になる。


「僕の夢は重すぎるかな?」

「いや」


 姉貴は僕をまっすぐ見据える。そのいつもの眼差しで。

 そして、タイプライターを抱えたまま無言で出ていく。

 姉貴はあのタイプライターを重そうに抱えて持っていった。実質の重量はそんなにあるはずがないのに。


 今日は休日で。午後に母から用事を頼まれた。そして、帰ってきて僕は部屋に戻った。


 僕は目を疑う。


 あのタイプライターが僕の机の上に置いてあった。


 姉貴にはやはり僕の夢が重すぎたのかと思い、見てみる。


 タイプライターに排紙されてない用紙がはさんだままになっていた。


 そこには文字が打たれていて、僕はますます目を疑う。




 ――すまない、ダン。

 ――突然帰ることになった。

 ――私の元いた世界へ。

 ――ダンの世界で夢を叶えること。

 ――それができなくなったことを詫びる。

 ――本当に申し訳ない。


 ――ダン、私は……。

 ――ダンのことを深く愛している。

 ――そのことは絶対に忘れない。


 ――さよなら。




 僕は声も出ず、心の中で叫びをあげた。


 タイプライターを右腕に抱え、僕は外へと飛び出した。


 姉貴は今どこにいる?

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