第四章 8(後)
僕はいろんなところに姉貴を引っ張っていった。カフェテリア、ゲームセンター、映画館と。最後はよくジョギングコースに指定されている公園。
もう夜の八時をまわっていて、夜闇に白い灯りがポツポツと点いているだけ。
日が暮れてそろそろ帰らないかと言われそうだが、その言葉をまだ姉貴から聞いていない。
そして、無口無表情ながら、姉貴はこのデートを楽しんでいるように見えた。本当に楽しくないのなら「もう帰るぞ」とでも言ってきそうなもんだったから。
僕は夜の公園の道を姉貴と歩きながら、考え込む。
それを姉貴は察したように、僕の顔全体を見つめる。街頭の逆光がまぶしかった。
「ダンは何か考えているようだな、何か私に話したいことがあるのではないか?」
やはり見透かされていた。
「私はどんな言葉でも受け止める。ダンの悪いようにはしない。私はいつまでもダンの姉貴でいたいからな」
すると、僕はますます反応に困った。踏ん切りがつきにくくなった。
「姉貴が姉貴じゃダメなんだよ……」
つぶやくように僕は答えた。
「姉貴だから僕は今まで言えなかった。姉貴が姉貴だから……」
「ダン?」
不思議そうな顔で僕を細目で見つめる。
「僕はもうこの気持ちに逆らえないんだよ」
そして、僕は姉貴に目線をまっすぐあわせる。
「姉貴、僕の顔をまっすぐ見てくれ」
姉貴は何の躊躇もなく、僕を二つの眼差しで柔らかく認める。
「見たぞ」
「いいか、動くな、目をそらすな、何があっても反抗するな」
「ダン……」
真剣な瞳と瞳が生み出す視線が一致する。
顔を近づける。そして、僕は……。
姉貴の唇を奪った。
「姉貴」
一度だけ離す、唇が暖かくなった。姉貴は本気の顔をして目を見据える。そして、反抗の態度を見せることはしないし、行使もしない。
「姉貴……姉貴……」
僕は膝が崩れ落ちそうだった。そこを姉貴に腰のあたりから強く抱きしめられる。
「ダンの言いたいように言ってみろ」
もう後戻りはできないと僕はわかった。
「姉貴のことが、好きだ」
言ってしまった以上、僕はもう逃げ道を失い、ごまかしも作れなくなった。
「ダン、私は二十四だぞ、貴様と私とでは年の差は……」
「関係ない!」
「でもダン、貴様は私のことを年増と言って……」
「あれは、僕のジョークだ。いや……そうじゃない」
僕はあのとき、姉貴に対して淡く暖かい心を持っていた。微かな熱情だと思ってもいい。僕は姉貴のことが好きだったから、それを悟られないためにわざと言ったのだ。
「姉貴は僕が嫌いか」
「私は」
目を横にそらす姉貴。そんなことはさせない、考える暇なんて与えてたまるか。
「僕をまっすぐ見てくれ!」
「ダン……」
そして僕はなんて罪深い、二度も唇を奪い去る。
二度目はしっとりとし、触れただけで気持ちが軽い心地よさを感じる。
僕だけが腰元を抱きしめられるのが辛い。
僕は姉貴の背中を両手で強く抱き留める。
「嫌いなんて、言えるわけないではないか……」
「姉貴?」
「私がダンを嫌いになれる理由なんて、ひとつでさえ見つけられるわけがない」
「姉貴……」
僕たちは抱きしめあった。互いの身体が壊れてしまうくらい、ずっとずっと抱きあった。
「私のどこを好きになった」
「格好いいところ」
僕は即答した。
「貴様はかわいいな、ダン」
「そんなこと……」
「お姉さんが可愛がってやろう」
「やめてくれよ、姉貴」
そして、僕らが鎖のように絡めてあった両腕が、くすりとした笑いとともに緩んだ。まるで、一人になっていた人間が二人に再び分かれたかのように。
僕と姉貴とのあいだにある心の距離が、限りなくゼロになった記念の日だった。




