第四章 4(後)
さて、その後の話をすると、僕は無事高校に入学できた。けど、WTCの冬大会は準決勝に進んだところで惜しくも敗退。そして再び夏が訪れた。
棟一郎の墓の前で、僕は手を合わせた。
ローマ字表記の銘。でも僕は、「棟一郎」という漢字表記のほうが好きだな。
なんというか、悔しいけれど、英語表記された「ダン」って名前よりも格好よくてなんというか悔しくて悔しくて。いや、恨みとかで悔しいという意味じゃないんだけど。なんかいい意味で憎たらしい。
もし棟一郎が命をこの世に授かっていたら、どんな容姿でどんな性格で僕に接してくれたんだろうか。
僕はそのイメージから決してはずれた棟一郎を思い浮かべることは無理なんだろう。棟一郎という人間が本当にこの世にいたら、僕はどう彼に手を差し伸べてやるか。世界は棟一郎をどう受け止めてくれるか。僕にはわからない。
WTCの夏大会を明日に迎えた今日。僕は棟一郎に励まされたかった。そして「もし産まれていたとしたら」、僕が無理強いまでして高みまで一緒に行こうと言っただろう。そんな高みを僕は棟一郎に見せてやりたくて、こうやってここまで来た。仮に優勝できたとしてどう高みを見せてやるのかわからないけれど、そこは宗教とか不可思議とか絡んでて複雑だ。
僕は棟一郎に向けて祈りを捧げる。ここに来てくれ、そして僕を見てくれと。
「ダン、貴様は棟一郎のことを忘れられないようだな」
気づけば姉貴がそこにいた。
「当たり前だよ、僕がタイピングを教えようと決めた最初の人間なんだから」
姉貴はそこで嘆息の音を立てる。
「やれやれ、私なんか眼中にないんだな。私はお前と高みが見たくて、こうやって努力してきたというのに」
「姉貴は三回戦の準々決勝で敗退じゃないか」
「そうか……じゃあ貴様とは比べものにならないようだな、駄目な姉貴で申し訳ない」
僕は再び、棟一郎の目の前で手を合わせて、深く腰を垂れる。
「棟一郎に会いたいか?」
「え?」
今、なんて言った? 姉貴。
「私の魔法なら、棟一郎に会える」
「棟一郎を生き返らせてくれるのか?」
すると、姉貴は露骨に苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「生き返らせてはいけない。私はそれが罪だと知っている」
「じゃあ、どうやって棟一郎と会うんだよ」
「棟一郎はいるではないか、貴様の頭の中に」
「それは……」
「貴様は棟一郎の分まで生きているんだ。そして、棟一郎はこういう人間になるはずだったという想いとともに、いや想いの形として貴様の頭の中で生きているのだ」
姉貴は指先を僕の額に突きつける。いつか僕と想いを交信したあのときのように。
すると、僕の頭の中から、人間が出てきた。
爽やかな少年の面影だった。
もし今、棟一郎が生きていたとしたら九才くらい。その棟一郎が僕の目の前にいた。彼は僕がイメージした通りの人間だった。
「ダン兄ちゃん、約束したんでしょ?」
「棟一郎なのか?」
「うん、兄ちゃんの頭の中で僕は生きていたんだよ。そして、ずっと兄ちゃんの追いかけ続ける夢を見ているんだ」
「棟一郎……」
僕は棟一郎を抱きしめようとそばに寄ろうとした。
「おっと!」
姉貴が驚いた声をあげて、指を弾く。
棟一郎の姿形が消えた。
「そこまでにしておこう、貴様がそれ以上、棟一郎に執着すると、虚構と現実がわからなくなってしまう。いま現れたのはあくまで貴様のイメージが作り出した棟一郎だ」
「棟一郎……」
「私がやりたかったのは確認だ。貴様が棟一郎のことをどれだけ愛していたか、そして棟一郎とどれだけ夢を共有したかったのか」
「姉貴、僕は」
「私も引き続き今回も、WTCには参加する。でも貴様は私のことなんか眼中にない。でもそれを後悔させてやる」
いじわるそうに言ってから、姉貴は墓地を去った。




