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第一章 2(前)

 僕らの仕事は魔道書の印刷だ。

 出版の業者から急ぎを頼まれていて、今日までに一〇〇部の魔道書を刷らなくてはならない。


 一〇〇部を刷る作業は簡単なように思えるが、プリンターというものはない。ここはいまだに活版印刷が主流だ。 インクジェット? モノクロレーザー? なんぞそれ?


 今回の魔道書はおよそ一〇〇ページある。活版印刷の機械ひとつで、一時間に片面三〇〇枚くらいしか刷れないから、時間的に余裕がない。

 五〇ページまでは昨日までに刷ったから、二つの印刷機をフル稼働させて九時間といったところか。

 金属活字を植字し作った版にインクをつけて圧迫し、印刷する。


 金属活字って何? 植字って何? 版って何?

 僕とキルシェはその小難しい用語を使ってやりとりしているのでつい言葉に出てきてしまったが、活版印刷についてざっくりと説明しておこう。


 小さな子供がアイウエオの文字スタンプを使って言葉を作れるように、活版印刷の基本は文字が掘られたスタンプを使って文章を印刷するだけだ。

 用紙大の枠の中にスタンプをはめ込んで文字を並べる。そのスタンプにインクをのせて紙に押しつけて印刷するのだ。


 スタンプ(金属活字)は並べ終えている(『植字』は終えている)ので、印刷する型(『版』という)はすでに完成している。昨日は五〇ページまで終え、今日はその残りだ。


 活版印刷の機械はブドウ絞りの機械とさほど代わりがない。果汁を絞り出すように上からブドウを潰す。その原理で、紙に文字を定着させる。


 ところでだが、魔道書というのものは、印刷したものよりも、手書きをしたもののほうが魔法力が強い。だから、ほとんどの人は印刷された魔道書を、そのまま魔法利用する目的には使われない。印刷した魔道書を横に本文を写筆して魔法を得る、その目的のためだけに使う。

 魔法の恩恵を授かるために書き写しをする行為は、当然手間がかかる。だから消費者は、多少高値でも手書きの魔道書をありがたるのだ。このまま僕たちが魔道書の本を作っても需要は高が知れている。


 そこで、ルカニエルの出番だ。


 ルカニエルは写本の精霊獣であり、印刷機械に乗り移れる。そして魔道書を活字で刷るとき、この魔法の印刷物を、手で書いたのと同等の魔法力を持たせられるのだ。


 ルカニエルの素性は僕もキルシェもあまり知らないが、かつては写本師をしていて、そして何が起こったかはわからないが、人間の成りを捨て精霊獣になったという。


 まぁ、何はともあれ、魔道書の印刷を多くの出版業者から頼まれているのは、ルカニエル様様のおかげ。


 キルシェが一方の印刷機を、僕がもう一方の印刷機を使い、残りの五〇ページを半分ずつ二十五・二十五で担当する。


 ぶっ続けでの作業をしばらくして、ちょうど時計塔が十時のチャイムを鳴らしたときであった。


「おかしいのう」

 緑色の指輪からルカニエルの言葉が聞こえてくる。

「どうしたの? ルカニエル」

「さっき印刷された五一ページの文章、わずかに魔法力が劣っていた気がしてのう」

「え?」


 キルシェがしかめた顔をして、僕がすでに百枚刷った五一ページの印刷を見る。

「棟一郎」

 ベルトに固定させたタイプライターを片手で打ち、キルシェの声が耳の奥底まで浸透する。

「ここ、誤植してるわ」

「うそ!?」

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