第四章 3(中)
WTCという大会を知っているだろうか?
ワールド・タイピング・クラシック、略してWTC。
全世界からタイピストが腕を鳴らしてやってくる、タイピング技術を競う大会。ワールドと銘打っているが、使用言語は英語であり、大会としてはいまだに国際的とは言い難かった。
そんな批判があるものの、それでもこの大会は、タイピングの祭典として、みんなに評価されていた。
今年は僕にとってラストイヤーであり、それと同時に来年がファーストイヤーでもある。
中学に入学する前に、WTCのジュニア部門で優勝することは心に決めていた。優勝がなければ、一般部門での活躍は絶対にないと踏んでいたからだ。
課題文をどれだけ打てるかで決まる単純な勝負。単純だからこそごまかしが効かない。直向きな者だけが残るこのタイピングの世界。僕は今ひとつの高みを越えようとしている。
「発表します。WTCジュニア部門の華を飾る最優秀のタイピストは……」
大講堂を彷彿とさせる荘厳な会場に移動して、僕は結果を静かに聞き入る。
自分は実力を出し尽くした。それで駄目であれば自分が無力なだけ。それを認めるだけなのに。僕は神に祈っていた。どうか自分が選ばれますようにと。
皮肉なものだ。
「エントリーナンバー127、ダン・カベイ! タイプした単語数は実に一八〇一ワードです!」
僕以外の人間に拍手と起立が伝染して、スタンディングオーベーションが巻き起こる。僕だけが起立して拍手していないのが実におかしかった。けどそれはおかしくはない。僕は優勝したのだ。
「ダン・カベイ、壇上へお上がりください」
タイピングの神童と呼ばれた僕が、タイピングの神となるための階段。壇上に続く階段がそれだった。
「おめでとう、苦難の道を乗り越え、よくぞジュニア部門の自身のラストイヤーを飾りました。何かコメントをどうぞ」
僕はマイクを手渡される。僕は心臓が口から飛び出しそうなのをこらえながら、言葉を絞り出す。
「僕はタイピングにしか興味がありません。口で話すのは苦手です。趣味のひとつはインターネット上でのチャットです。僕はタイピングなら饒舌に話せるような奴です」
半ばジョークが入っているが、半ば真面目な言葉だった。
僕は周りを見回す。
笑う人は一人としていなかった。
「僕はジュニア部門を卒業して、来年から一般部門で参加します。応援なんていりません。ここにいる人たちはこれからも僕のライバルです。遙かなる高みを目指して一緒についてくる人を僕は求めています」
少し生意気が入ってしまっただろうか。
僕は深くお辞儀をした。
すると、再び盛大な拍手が巻き起こる。誰もが僕の言葉を真剣でなおかつ心の入った言葉として受け取ったようだった。
「ありがとうございました。来年も頑張ってください。もうあなたはジュニアではありません。ダン・カベイは今まさに、ミスターとなったのです。皆さん、このミスター・カベイにもう一度盛大なる拍手を!」




