第四章 2(前)
アメリカを襲った大寒波を乗り越えて、僕の家に花が咲き誇る季節が訪れた。
「ダンの家はいろんな花が咲いているな、この花はなんといううのだ?」
「ブルートードフラックス」
「この黄色いのは?」
「それは、マンキーフラワーだね」
「この青の斑点がついた花は?」
「ファイヴスポットだよ」
これはこれは? と彼女は興味津々に聞いてくる。
それにしてもこんなに僕に対して話しかけてくれるのも珍しい。
彼女がここに来てからもうすぐ半年になるが、英語の覚え方も飲み込みが早かった。
「ダンは本当に花の名前をよく知っているな」
「花の図鑑を買ってもらったとき、全部暗記しちゃったからね。図鑑っていうのは面白いよ」
「そうか。面白いように覚えられる時期が誰にもあるからな」
「君も何かを覚えた経験とかあるでしょ? 恐竜とか、昆虫とか」
すると、彼女は考える仕草の後。
「私が覚えたのは魔法かな」
「魔法?」
僕の当時の年齢的なものを考えれば、魔法を架空のものと割り切れるにはまだ早かった。
だから、僕は素直になれた。
「凄い、じゃあ魔法が使えるんだ?」
そういえば覚えていることがある。この女の子、僕にテレパシーを使ってきた。だから、魔法が使えることを即座に確信に変わる。
あのとき、僕が彼女をこの家まで連れてきた。死産した後の暗い気持ちだったにも関わらず、父と母は快く受け入れてくれた。面倒な法の手続きとか面倒事を二人はやってくれた、当時の僕はそんなことについて何ひとつ知らなかったけれど。
「ねえ」
「なんだ?」
「君のこと、お姉ちゃんって呼んでもいいかな?」
堅い笑みを彼女は浮かべる。
「僕ね、母さんみたいに優しい人がいてくれたらなって思った、もちろん母さんはもういるけれど、僕は気軽に内緒話ができる人が欲しかったんだ。だから僕にお姉ちゃんが欲しかったよ」
「私を信用して秘密を共有してもいいのか?」
「僕は信用するよ」
「そうか、じゃあ好きに呼んでくれ」
僕はとても嬉しくなった。念願のお姉ちゃんがこの家に来てくれたんだなあってことに。
「お姉ちゃん」
「なんだ?」
「ごめん、呼んでみただけ」
胸の高鳴りが止まらない。彼女が僕のお姉ちゃんになれたことに、僕は喜びを隠せなかった。
しかし、それにしてもさっきから「彼女」とか「女の子」とかと表現するのは何かしらのもどかしさを感じていた。お姉ちゃんという呼称を与えることで、それが解消されたけれど、もどかしさの原因を僕は気づく。
お姉ちゃんには名前がないのだ。これは出会ってから数日してわかった。
「ねえ、お姉ちゃんに名前をあげるよ」
「いやいい、そんなことは結構だ」
「僕から名前をもらうのが気に入らない?」
「いや……そんなことはない。けど、これは罰なんだ」
お姉ちゃんの言っている意味がわからなかった。
「名前は当然として持っていていいものだと思うよ。神様でも、名前を奪う罰なんてしない。だって、天国へ呼ぶときに名前がなかったら不便じゃないか」
お姉ちゃんとは聖夜で出会った。
「クリスティーナなんてどうかな?」
「クリスティーナ?」
「うん、クリスマスイヴに出会ったからクリスティーナ。そうだよ、お姉ちゃんがここに来てくれたことは、僕ら家族にとってのクリスマスプレゼントだったんだよ」
遅すぎたけど、僕はそのことに気がついた。
「クリスティーナか、悪い名前ではないな」
「やっぱりそう思う? じゃあ、これから父さんと母さんにも紹介しなきゃ。お姉ちゃんの名前を。あ、あと、お姉ちゃんが僕のお姉ちゃんになったことも」
「結構だ」
「こういうのは早いほうがいいと思うんだよ。さぁ」
僕はお姉ちゃんの腕を引っ張って、家の中へと入った。




