幕間 3
――幕間 三――
母に家の奥に連れていかれ、細々く命を終えたことを暗に示すほど小さな柩が安置されてあった。
ヘルミーナ。母は親として魔術を使い責任を果たしたつもり、私も姉として責任を果たすつもりでいた。しかし、それは叶わずに終わることが悔やまれる。
柩を開けると、人形のように横たわるヘルミーナがいた。本当に人形みたいだ、だって息をしていないんだから。しかし、私は本当に死んでいるのか、にわかに信じられない。
そして、気づけば私はヘルミーナを腕に抱いて外に出た。母の制止を振り切って、常識ではありえない行動である。それほど、私は逼迫していた。
冷たい夜空の下で、ヘルミーナを抱きかかえてここまで来たはいいが、これから何をするべきかが思い浮かばない。
そのとき、緑色をした本が落ちた。そのはずみで本のページが開く。そこに書かれていたことが何なのか、私には即座に理解できた。
これは黒魔法の本である。
私はその文言に惹かれた。
――汝、ひとつの命を再び落とさんと欲するか。
――一人の死に人に命を再び落とさんと。
自分が今まさに持っている望みが記されていて、私は驚きを隠せなかった。
この本が意思でも持っているかのように。
この際なら悪魔にでも魂を売ってもいい。まさに黒魔術は悪魔の魔法であることを知っていながら、私はその本の指示に従いたかった。
――命をひとつ灯したければ。
――命をひとつ用意せよ。
この時点で私に判断力があれば、私自身の命を差し出したはずであった。
このとき私は死ねばよかったのに、それができなかったことを今でも悔やむ。
私はそのとき、こんな噂を耳にしていた。
多くの人を殺めた者が死罪となり刑を処せられる前に逃げられた噂話を。
私は刃物を適当な店から調達し、死刑囚を探した。早くしないとヘルミーナの骸が腐敗し崩れてしまう。はやる気持ちを押さえきれないときに、その死刑囚は現れた。
彼は最初「食べ物をくれ」と言ってくる。私は残っていたパンの一切れを渡した。彼はそれを見るなり、がつがつと食らった。そして、男は望みのものを与えてやると言ってくる。私は口をにやりと歪ませた。
「命をひとつもらおうか」
それからは、どす赤黒い鮮血を浴びたことと以外覚えていない。夢中で男の首に刃物を差し入れた。頭を貫かれた魚が痙攣もしなくなり、動かなくなる様子を見ているようだった。
その後、魔術を執り行い、ヘルミーナは息を吹き返した。鮮やかな瞳が私を見つめる。しかし、なぜか彼女は泣き声ひとつあげなかった。そのとき私は、術式が遅すぎたのだといううことに気づいてなかった。
家に帰って母に報告をする。だが、母は物凄い剣幕で私を叱りつけた。私は二つの罪を犯したことを自覚させられる。
人を殺す罪。
人を生き返す罪。
前者が非道であることはわかっている。けれど、魔法使いにとって後者のほうが最も重罪にあたることだと母は言った。
そして、私は母から罰を受けた。
キルシェという名前の剥奪。
私はその瞬間、名無しとなった。
家を追い出されると思い、私は玄関先で地面に額をすりつけて許しを乞う。しかし、母は優しい表情で私を見る。
「早く家にあがりなさい」
信じられないことに許してくれ、私は涙で顔を濡らしながら家に上がる。そのとき、母は訝しげな顔をして、私の瞳を覗く。
あなた、黒魔道士に憑依されてない?
母にはすべてわかっていた。私もそれに気づいたとき、もうこの家にいられないと思い、家から飛び出す。
私は命を絶とうとした。だがその前に、この本を燃やすべきだと考える。しかし、私はこの本を見て気づく。これは直筆の書ではなく、印刷物であることを。
これは大量生産品だ。
ということは、黒魔道士は他にもいる。この本のなりをして、まだどこかにいる。
そして、私は旅に出た。すべての黒魔道士の本を燃やすために。いや、本当のところは違うのだろう。私はもう少し生きていたかったのだ。あまりにも愚かである。本当は、死を先延ばしをするための本探しの旅。
二年が経ち、私は十四歳になった。
本をあらかた燃やした。だが、私は本当に愚かだった。
それでも私は生きたかったのである。
転移魔法は母が得意とする魔法。私にもできるはず。
母ならどう転移魔法を組成するか手にとるようにわかっていた。
私は魔法を唱え始めた。そして、私は行く。
誰もいない世界へ。黒魔道士が私の身体を支配し始めても、誰も迷惑のかからない世界へ。
さようなら、ママ。




