第三章 1(後)
草と苔が生え放題になった森の中を歩いていく。当然ではあるが、人が通れそうな道ではない。
ユスリカがそこかしこで蚊柱を作っていて、いい気持ちはしない。
フクロウが不気味に笑ったりしていた。毛を逆立て、毛むくじゃらなヤマネコに怒られもしたし。ネズミが数匹行列を作って逃げていく光景も見えた。
「ここには魔物しかいないと思ったけど、動物もいるんだね」
「当然よ棟一郎。逃げ出したのは人間だけなんだから」
動物はここに取り残されたわけか、すぐに納得できた。
「どういう動物が生き残っているかにもよるけど、ひとつ提案があるわ。棟一郎」
「何? キルシェ」
「どこかでロバか馬を手に入れたいわ」
荷物持ちというわけか。でも、僕は特に荷物とか持ってない。
けど、キルシェは重そうな荷の入った袋を持っていた。
そんなに何が必要なのかと思ったと思ったところで、僕はお腹の虫がぎゅるると鳴る。
そういえば、夕ご飯食べてない。
「キルシェ」
「あとでお弁当にしましょう」
やはり、その中に食糧と水が入っているのか。
僕は何も用意せずにこの星に踏み入れたことを急ぎすぎたと思った。
道なき道を歩いていき、僕たちは空の視界があと少しで見える場所まで来て、迷うことなく突き進んだ。
森を抜ける。しかし、そこは樹木はなけれど、少し盛り上がった丘であり、背後も横も前も相変わらず森だった。詰まるところ森に四方を囲まれた場所に出ただけだった。
丘の上に一本の樹木が生えている。僕たちはそこから離れた丘の下で食事をすることにした。
「ご飯にしましょう」
キルシェは紙袋を開ける。その中からサンドイッチが出てきた。
そういえば、昨日もサンドイッチだったな。
そのことを言おうとしていたことが悟られたのか、キルシェが目を向ける。
「栄養バランスと食べやすさと安く手に入るものといえば、これしかなかったから」
それもまた納得できる。
サンドイッチを口に頬張る、うん、やはりうまいものだ。
「棟一郎が作ってくれたのがおいしかったなぁ」
そう言われるのも嬉しい。
しかし、キルシェの言いたいことは、僕を褒めることにあるのではなかった。
「これから先、食糧が確実に底を尽くわ」
そう。いくら大荷物とはいえ、食糧が無尽蔵にあるわけではない。
「野草についての知識は少しある、動物もそこそこいるから肉にできる。捌き方もある程度知っているわ。それがなかったら魔物の肉を食べるという手もある。でも、これは無毒化する魔法行程を経ないといけないから多少手間がかかるけどね」
「そうか」
「私は食べられるようにするから、棟一郎はおいしく調理して欲しいの」
つまり、僕の料理がおいしいと言ったのは、そういうお願いもあってのことなのだ。
「任せておいて」
そのとき、獣の叫び声が聞こえた。近くにその獸がいるのか、鼓膜が歪んで聴覚が鈍る。いや、この感覚どこかで。
そうだ、ダークドラゴンだ。
「クリスが戦っているのかしら?」
日も『月』も見えないので、方角がわからないが。
指を差した方向を見据えて、あっちにいると踏む。
しかし、そのときだった。
指を立てた右のほうからもドラゴンの声が聞こえてきた。
「どっちにいるんだ?」
「わからないわね」
「そうだ、キルシェ。飛行の魔法でこの森を越えようか」
「ダメ」
なんで? と思ってキルシェに聞こうとした。
その刹那、空で紫色の稲妻が光り、爆音を立てて丘の上の樹木の一本を貫いた。樹木の枝が生乾きに焼ける音を立てて燃える。
「雷は高い場所の物体に落ちてくる。私たちが森を抜けるためにこの状況下で飛行魔法を使ったら」
「雷にどかーんとうたれるね」
「明解」
しかし、クリスと合流しなくてはならない。
「ぐえははは」
ルカニエルが空気を読まずに下品な笑い声をあげてくる。
キルシェと僕の小指の指輪に同時に聞こえた。
「さっきこの星に移動する際に、私は魔法を使って棟一郎の足跡を追ったけど、こうやってルカニエルを使ってどこにいるか交信もできたかもしれないわね」
「あ!」
僕はとんでもない見落としをしていた。
「それがあったじゃないか! これでクリスと……」
と言いかけたところで、キルシェが「ふーん」と苛立ちのぴりぴり顔をする。
迂闊だった。僕はルカニエルをクリスに渡したことをキルシェに言っていなかった。そのことがばれて僕は思い切り大目玉を食らった。
「まぁいいわ」
「よかった、お説教タイムが終わった」
「ううん、まだ終わってないわ。まだお説教の文言も半分残してあるから楽しみにしてなさいよ」
はい……。
「ルカニエル、いまクリスはどこにいるの?」




