第二章 4(後)
「で、勝負内容は?」
街の憩いの場所で。まぁ簡単に言えば公園なんだけど、「公園」という言葉がこの世界にはないので、この憩いの場所の泉の前を僕は勝負場所とした。
僕はタイプライターで一文単位で言葉を四つ打ち込み。準備をする。
それは交信魔法の準備。言わずもがな、キルシェが僕に語りかけるときに使う魔法だ。
「僕が今から、およそ三秒間隔でクリスの頭に文章を流す。それをすべて正しく打ってくれ」
「わかった。来い、私は準備ができているぞ」
「それじゃあ行くよ」
――パピィズィパプズズィアポポッポポピ。
意味などないただ発音を羅列しただけの文字列だ。
が、それは、左手右手の小指と薬指を酷使する文章である。タイピストが嫌うPのキータイプ。
しかし、僕はまだ軽く甘く見ていた。キーが冷たい音を立てて、二秒で音が止んだ。
やはり、小手先な策では、そうは問屋はおろさない。
文章を送ってから三秒。僕は次の文章を送る。
――アアアアアアアアアアアアアアアアアア。
これは僕もさすがに苦手な文字列。アしかないから簡単だと思うが、同じ指を連続して使うのは実は速度が落ちるものなのだ。
ちなみに言っておくが、パソコンでキーボードを打つとき、押しっぱなしにすると同じ文字がダダダダッと打たれるけど、タイプライターはそんなことはできない。一回押して打てるのは一文字だけだ。
そして、アの発音は右手の小指を使う。
しかし、バチバチと強く連打する音を立てて、クリスはそれにも動じない。
ならば、次はこれでどうだ。
――アアアザザアザザアザザアアアザザアザ。
この文字列は、同じ指を使う上に上下に指を動かさなくてはならない。単純な発音群だけど、同じ指をこの一定時間に頻繁に動かさなくてはならない。
だが、これもこなしてしまった。
じゃあこれでどうだ?
――カエルピョコピョコミピョコピョコアワセテピョコピョコムピョコピョコ。
タイピングで嫌われる文字列シリーズ、早口言葉。僕は日本語の原音のままでこの言葉をクリスに送った。
クリスはこれはさすがに戸惑った顔をした。クリスが日本語を知らないのは間違いない。聞き慣れない言語は複雑な音声の組み合わせに聞こえる。
それを鑑みたら、これほどクリスに打ちにくい言葉はないだろう。
文章も長めだし、六秒くらい与えておく。
残り三秒、二、一。
「そこまでだよ、クリス」
「そうか」
クリスは排紙し、タイプし終えた紙を飛行機の形に折って、僕に飛ばしてくる。
紙飛行機を開き、僕が交信するためにあらかじめ打った問題文と照らし合わせる。
残念、最後の四問目はさすがにきつかったのだろうか。
ピョコ(pyoco)がポコ(poco)になっている部分が一カ所あった。
「脱字ひとつ、惜しかったね」
「そうか。ところでこれは私に投げっぱなしの勝負ではないであろうな?」
「そうか、僕が何もしないなんて勝負じゃないよね」
「今出したのと同じルール形式で、私も違う問題文を棟一郎に投げつけてやろう」
――……。
――……。
――……。
――……。
四問目のタイプの後、僕は全文を打ち終えた。ミスタイプなし。パーフェクト。
「勝った」
「そうか、よかったな」
「うん、僕がはじめてクリスに勝てた」
すると、クリスがクールな笑顔を浮かべた。
ライバルから一本取れたことに胸が高鳴る。
「じゃあ、クリス。君から情報をもらおう」
「そうか、じゃあこの世界でもっとも驚く情報をまず教えてやろう」
「なになに?」
クリスはスッと軽く息を吸って胸を張り、それから僕の瞳を覗く。
「棟一郎、貴様は、この世界の人間ではない」
……え?
このことはキルシェ以外には言っていない。
なぜそのことを、クリスは知っているのだろうか?




