プロローグ (後編)
刀剣が振り下ろされる。
が、毛髪一房分の隙間を作って、白刃がガキンッと止まる。
顔を歪ませ、男が腕に力を入れた。
僕は緑色の厚い霧に覆われてる。これは魔法バリアだな。いつか、RPGでその概念を聞いたことがある。
力を入れるほど、「みしみし」と軋む音を立てた。過去に刃だけを取り替えたのか、その刀剣は持ち手の部分がボロボロである。最後には持ち手の部分から折れ曲がる。
僕はやおらに立ち上がった。
僕を化け物扱いするような顔をし、相手は遠慮なしに背中を見せ、刀剣を捨て、一目散に逃げる。危険と判断したか、つられて同志たちも逃走した。
「逃がさないぞ!」
僕は逃げ惑う敵の一人に追い撃ちをかける。駆け渡る風のごとく、冷たく硬質なキーをカタカタと叩く。突風が巻き起こり、彼のアキレス腱を(おそらく、)カマイタチの原理で切り裂いた。男は絶叫をあげ、倒れる。
とても楽しかった、残酷にも優越に浸れる感覚が罪深くて憎たらしい。ハイスコアが刻める気にでもなっていたか。いつものタイピングゲームと同じものと勘違いし陶酔していたようだ。ゲームよりもリアルで、瞳は心臓と化す。熱い血が流れ込み、眼球がたぶん充血してる。
コンボを作るため、ミスタイプなしで微弱なサンダーボルトを男に見舞う。何度も。そのたびに何度も小さな悲鳴があがる。生かさず殺さず苦しめた。相手は十三コンボくらい食らってから沈黙。気絶した模様。
随分と指を酷使してキーを叩きまくったものだ。さすがに十本の指がくたくたである。少し休みたい。眼前に両手を掲げ、僕はふうっと両手の裏に涼しい息を吹きかける。
そんな「ほざき」は、傲慢で贅沢な悩みだ。それじゃ誰かに誹り叩かれそうだな。これは本物の戦争。気持ちのよい疲労などもってのほか。肉が切れたり血が流れたりしたときの痛みのほうが壮絶だろう。それらと比べたら、手先の疲労など贅沢な悩み。
だが僕は勝利を収めたことを確信し、握り拳を心臓に当てる。胸のどこで鼓動が打っているか理解できた。心臓が拳の大きさと同じであると、いつか理科で習った初歩的な知識があらためてわかる。
でも。
「勝った」
僕は勝利の美酒を飲んだ自分以上に自分に酔いしれて、笑いが込み上げてる。
そんな笑顔が張り倒された。一発の平手打ちで。
女の子だった。さきほど僕を助けてくれた女の子だ。
このタイプライターを貸してくれたのは彼女である。
さきほど巨漢に張り飛ばされて怪我を負ったのか。左肩をしきりに撫でていた。そして、僕を睨みつける。
彼女はベルトに固定した僕のタイプライターを掴み、何か言葉を打つ。『改行』――キャリッジ・リターン――をしてから、僕の頭の中に言葉ではなく、「意味」として頭の中にテレパシーが届いた。
「傷の手当てするから手伝って!」
僕は彼女に手を引かれ、火球で吹っ飛ばした男の応急処置をさせられた。
その次に、雷を落として黒焦げになった男を。
そして、次に至る。アキレス腱をぶち切り電流でじわじわ苦しめた男の手当をするに際して、彼女はもっとも険しい顔をした。
そこで彼女は僕がベルトに固定したタイプライターを奪い返し、彼女のベルトにつけてタイプし始めた。
「あなたにこれを使う資格はない」
頭の中に再び彼女の言葉が響く。
僕は「なんで!」と怒った。日本語で叫んだからおそらく僕の言葉はわかっていない。というか、僕はここに飛ばされてきたばかりで、彼らが何語を話してるか皆目見当もつかないのだ。でも、それを今とやかく問題にしてる場合ではなかった。
「相手は生身の人間なのよ。なんであんなことしたの?」
僕は最後、相手の足を動けなくさせ、魔法を連発して責め苦に遭わせた。ゲームでは許せても、この場でやったことは許せないよな、と遅れたように気づく。モラルを欠いてしまった。
そしてまた頬が痛く張った。二度目の平手打ち。
「あなたは涙を流さない人間なの?」
彼女の瞳から一筋の涙が頬を伝う。
それから、もう一度平手打ちで僕の頬をはたく。
「涙を流して!」
また平手打ち。
僕は嗚咽が込み上げる口を押さえた。頬が痛いからではない。彼女の思いが伝染したのだと気づく。無論、思いが伝わった理由は魔法やテレパシーのたぐいゆえではない。
でも僕は涙が溢れ、止まらなくなった。
相手を面白がって苦しめたから、僕は襲ってきた相手と同罪だ。
僕は理不尽だ。
これはゲームではない。
タイピングをゲームとしか考えていない自分が愚かだった。




