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第二章 3(前)

 勝敗は、十分間にどれだけの字数を打てるかで決める。一文字のミスもしくは脱字で、正しくタイプした字数から、五字分が引かれる。


 僕が問題文として出題した文化欄の冒頭部分を抜粋すると次の通りだ。


 ――アナトール・ポップは『故郷の星』を題材に数々の作品を出している。ポップ氏は簡潔で力のある文体が特徴的であり、最新作の小説『横顔』ではポップ氏の筆力が多分に発揮されており、さらに……


 この文章を僕が選んだのには意図がある。それは繰り返し現れる人名「ポップ」という言葉。

 このポップという人名はアルファベットで綴るとPoppとなる。この一語でPが三回出てくるのだ。Pは右手の小指を使うことから、タイピストはこういった人名や語彙を毛嫌いする。


 ただし僕はPを打つことを厭わない。キーボードのキーすべては、僕にとって特別な存在だ。


 ちなみに、この世界のタイプライターはQWERTY構造になっている。つまるところ、地球で使っている英語キーボードと同じ文字配列になっているということだ。


 十分間を計る術として、この人は砂時計を持っていた。この砂時計は、砂がすべて落ちると小さな鈴が鳴る仕掛けになってる。


 かくして決闘は開始された。

 ポップ、次のポップ、また次のポップと僕は打っていく。順調だ。いまのところ集中して打てている。


 しかし、相手も勝負を仕掛けただけあって、強敵であった。

 小さなドミノの一枚一枚を倒すがごとく、相手も早いタイプスピードでキーを打ってくる。


 膝に乗せたタイプライターと、テーブルに乗せた新聞。そして砂時計。

 落ちた砂の量から、おそらく五分より手前で、僕は排紙した。次の給紙をするためにテーブルにある用紙に手を伸ばした。


 相手の手が伸びたのは同時だった。

 その動きを見て、やはり勝負が拮抗していたか、と僕は諭された。


「なかなかやるな」

 タイプライターに目をやりながら、相手が話しかけてくる。


「君こそ、やるもんだね」

「私を舐めるな」

 舐めてるのはどっちなんだろうな。

 僕も相手も互いに勝ちを譲ろうとしない。

 僕にもメンツがあるし、キルシェの身の安全もかかっている。負けるわけにはいかないのだ。


 そして給紙は三枚目に差し掛かった。相手も三枚目の紙を手に取った。

 そのとき砂時計の鋭く高いベルの音が鳴った。


 互角。その言葉が頭に浮かんだ。


「採点しようではないか」

 互いにタイプした紙を渡しあい、ミスタイプがないか調べる。結果、僕も相手もミスタイプはひとつもなかった。そして、タイプした字数も同じ。


「僕と同じ速さなんて、君はやるね」

 そのとき、相手の眼光がぎらりとなる。


「貴様は速さにこだわるのか」

「そうだよ。だってタイプライターは正確性と速度が競われるものじゃないか」


 すると、相手がクフフと笑い出した。


「僕、何かおかしいこと言った?」

「ああ、おかしいとも。その高い鼻で、貴様は視界の一部が遮られていると言っていい」

「言っている意味がわからないね」

「そうとも、貴様にはその意味が見えないのだからな」


 相手は手を絡めて、自身のあご先を支える。


「自覚させてやろう。貴様に何が足りないのか。そう、私がはっきりと見せてやろう。その高い鼻をへし折ってやることでな……」

 相手は新聞を手に取り、紙面をぺらぺらとめくり、僕に差し出した。

「ぜひ受け取ってもらおう、私からのプレゼント問題だ」

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