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第二章 1(前)

   ――第二章――


 僕はあの後、キルシェとともに情報収集をした。

 航海中の船乗り、漁民、船を使った旅行者などから聴取したのである。


 キルシェと僕の他に魔術師ギルドからも応援を頼んだ。

 この魔術師たちはキルシェの知り合いであり、昔から親睦が深い。


「どうじゃ、この魔法の船は?」


 朝もやの漂う中、魔術師の一人、白い髭を蓄えた老年のおじさんが僕に聞く。


 ただ今乗っている船は、一見普通の帆船に見える。木材で作られてる、蒸気機関など積んでいるように見えない。ただ、その帆には呪文が手書きで書かれていた。これだけ大きな文字で書くには一苦労しただろう。

 こう書かれていた。


 ――海路の無事なることを祈らん。

 ――航海に穏やかな波あれ。

 ――風精霊セルフィドよ。

 ――我らが心と帆に息吹の風を吹かせ。


「風が我々の都合のいい具合に帆に当たって、勝手に動いてくれてるんじゃ」

 これなら全員で櫂を動かす労力もいらない。


「蒸気船とか蒸気機関車とやらが、もうすぐできあがるって話じゃねえか」

 僕の時代でのハイテクは、蒸気機関とかはすでに古い。いまは原子力や電気を利用している。

 もっとも、ヒューマンエラーはあるから、安全であるとは必ずしも言えない。


「しかしのう、ボウズ」

 それに対する答えを言うかのように、おじさんは次にこう言葉を継いだ。


「限界のある人間には、限界のあるものしか作れないんじゃわ。やはり火は火の精霊サラマンド、風は精霊セルフィドに頼むに限る。精霊や神に限界はない、完全な存在なんじゃ。人間は精霊に頼らなくては生きてはいけない存在なんじゃ」

 精霊といったものこそが完全な存在だ。

 昨日の僕はキルシェに迷惑をかけてしまった。

 だから、僕は不完全な人間なのかもしれない。精霊のような心を持ちたいと思う。


「自分は自立しているという人間がおるが、そんなことはありえない。人間は不完全な存在として生まれ、未完成な存在として終わるのじゃ」

 僕はおじさんに共感をしている。


「すべての人間は大人になりきれずに死ぬんですね」

「その通りじゃ」

「じゃあ、おじさんは子どもですか?」

「何を言うかぁ? わしは大人じゃぞ!」

 その言葉が冗談めかした言葉だとはわかるが、わざと礼儀に背いた僕の言動で、おじさんは笑った怒り顔で、僕のこめかみに拳をめりこませて、ぐりぐりぐり。


「こいつめえ」

「ははは、痛いですよ」


 そうしてると、キルシェが僕を呼んできた。

 タイプライターを打って、僕の脳内に言葉が流れ込んで来たので、すぐ気づいた。

 昨日、彼女はタイプライターを壊してしまったので、予備のものをいま使っている。といっても、ルカニエルがいれば性能的に問題はないが。


「ドラゴンを見失った地点に来たわよ」

 収集した情報によると、ドラゴンはある地点で消えたようにいなくなったという。

 それがこの地点だ。


 キルシェはしきりに鼻をくんくんと鳴らしている。


「棟一郎」

 キルシェが目を僕に向ける。

「酸っぱい臭い、しない?」

 そういえば、かすかに酸っぱさが鼻につく。海水のしょっぱい臭いではない。


 あのとき、ドラゴンの血は強酸性だとキルシェから聞いた。

 昨日の戦いでドラゴンは傷を負い、血を流していた。


「ドラゴンが絶命して、この中に水没したとかかな?」

 ここに乗っているのは年を取った老年期の魔術師のおじさんばかり。

 体力的に考えれば、僕が行くしかないだろう。

 そう、僕の仮説が当たっているとすれば、この海中にドラゴンの死体がある。


 それを確かめるために、僕は上着を脱いだ。


「棟一郎! 女の子の私の前で何を大胆なことやってるの!」

 恥ずかしさを露呈させて、キルシェは服を着るよう命令する。


「何を勘違いしてるの、僕は……、は、は、ハクシュッ!」

 朝早くで外が寒いせいで、上着を脱いだ僕は寒さのあまりくしゃみをする。


「僕はこの海の底にドラゴンの死体がないか調べに」

「上着を脱いで上半身肌着になっただけで、豪快にくしゃみしてるじゃないの。そして、腕が細っ!」

「悪かったね! キルシェ」

「悪いわよ。それで尋常じゃない寒さを感じているのなら、この海に入ったとたんに心臓麻痺と呼吸停止よ」


 それもそうだ。


「あとつけ加えて言うと、強酸性の海に入ったら、人間どうなると思う?」

「……数十秒で僕が骨の髄まで溶けるね」

 相変わらず、僕は簡単に物事を考えてしまう。本当に単純だ。


「海から酸っぱい臭いがするということは、やはりこのあたりでドラゴンは消えたのね」

 ドラゴンが海の中に入ったのは間違いなさそうだ。


 でも、それならやはり、この海の底にドラゴンの死体が沈んでるのではないか。

 死体から残った血液が流れ出ていると考えれば、いまだに酸っぱい臭いがするのも頷ける。


 どうやって調べようか。


 と考えていると、僕はバランスを崩しそうになり、左足を前にどんと出して安定感を取る。

 船が軋んで音を立てて少し傾いた。少しとは言えど、僕にはアンバランスになるのに十分だったけれど。

 潮の流れが変わったような気がした。また、流れが強くなったような気がする。

 キルシェは片膝をついていた。僕と同じく平衡感覚を維持できなかったか。


「キルシェ、大丈夫?」

「逃げて! みんなに伝えて!」

 強くキーを叩いて、キルシェは訴える。


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 危機的な状況にでも踏み込んだのだろうか。


「おじさん、キルシェが逃げろと……」

「どういうことかね?」

 おじさんと言葉を交わしてから数秒後。目の前、海上に大きな渦ができた。


 バスタブの栓を抜いて水が穴へと吸い寄せられるように、海の水が緩いスピードで複雑な流れで動いていく。

 このままじゃ吸い込まれる。


 渦がさらに大きくなる。一メートルほど海が窪むと、そこから黒い影が姿を見せた。

「ドラゴン?」

 昨日のダークドラゴンの頭が渦の中から顔を出した。


 しかし、ドラゴンの目に輝きは失われ、暗闇だけが映っている。やはり死んでいたか。


 いや、観察などしている場合ではない。


 あの渦に吸い込まれたら終わりだ。

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