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第一章 5(前)

 そのとき彼女の周りが輝いた。

 鋭く高い音を立てて緑色に包まれたキルシェがゴムボールのように跳ね、五回ほどバウンドした後に無事両足を地に着ける。


 そうか、僕はとっさに思い出す。浮遊魔法の後に彼女は魔法のバリアを作り出してたんだっけ。


 なるほど、こういう落下の衝撃からも魔法バリアは守ってくれるわけね。


「大丈夫?」

 そう問いかけた僕のために、キルシェは落ち着いてタイプライターのキーを押す。


「もうちょっと体力鍛えようね、お兄ちゃん」

 キルシェは気にしてないような素振りを見せ、僕に微笑する。お兄ちゃんと言われたことは、責任感の重さの分だけ胸がむずかゆかった。

「僕ら二人でドラゴンを追い払ったね」


「わしのおかげでもあるけどな!」


 指輪が光り輝く。そうそう、ルカニエルも忘れてはならない。

 前述したが印刷した魔道書よりも手書きの魔道書のほうが発動される力が大きい。だから、タイプライターで魔法を発動させるのに、写本の精霊ルカニエルが一役買っているのだ。


 団員たちが呆然として、僕たちを見ている。


「どう? ドラゴンを追い払ってやったよ……」

「何を言ってるんだ!」

 団員の一人が怒声をあげて叫ぶ。


「どうしてトドメを刺さなかったんだ! 海のほうへ逃がしやがって。『月』の人間が他の場所でまたドラゴンの被害に遭うかもしれないんだぞ!」


 それもそうだな。そういえばキルシェはダークドラゴンを殺さず生かして帰そうと考えていたようだけど……。


 僕は彼女に聞かずにはいられなかった。

「キルシェ、どうしてドラゴンをなるべく殺さないように心がけていたの?」

「棟一郎、あなたにはわからないかもしれないけどね。魔物はこの『月』に現れたことは一度としてないの」

「どういうこと?」

「私たち『故郷の星』の人間は、全員この『月』に移住した。魔物から逃げるために。転移用の巨大な魔法陣も作り、全員の移動が完了したのをもって転移用魔法陣も二度と使えないよう封印した」


 ということは、物理的にはもちろんだが、魔術的にも魔物が『故郷の星』から『月』へ移動することは絶対にできない。

 それで、あの魔物のドラゴンが現れたということは……。


「何かしらのことが起きて、『故郷の星』と『月』をつなぐ転移用魔法陣が作られた可能性がある」

「じゃあ、ドラゴンを殺さずに逃がしたのは……」

 その作られた可能性のある魔法陣がどの方角にあるのかを知るため……。


 一人の自警団員がキルシェに近づいてくる。

 そして乱暴に胸ぐらを掴む。

「二人で何こそこそ話してるんだよ!」

「やめてください」

 僕はこの男のやったことが許せなくて、男に負けないくらい怒鳴った。


 キルシェがタイプライターでしか話せないことは、こいつらにもわかっているだろ? なんでこんな横暴な真似を。


「言葉が話せない喋れないとかよくわかんねえけどな、ませガキの嬢ちゃんに取り仕切られるつもりはない」

「お前……」


 キルシェの顔が悔しそうな雰囲気を漂わせる。

「なんだよ嬢ちゃん、その顔は……。悔しかったら自分の言葉で話してみろよ、ちゃんとした声でな!」


 キルシェの瞳から涙の一筋が流れた。瞳を真っ赤にして。


「俺は実際に聞いたことしか信じない。魔法の声なんて信じないんだよ」


 とりあえず僕は胸ぐらをつかんだ奴の手を払いのける。


 キルシェは相手をにらみつけた。そして、次に驚くべきことが起きる。


 いつも冷静なはずのキルシェが取り乱したように、タイプライターをベルトからはずして持ち上げ、それをなんと強く地面に叩きつけた。キーが散乱してバラバラに壊れてしまった。

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