プロローグ (前編)
――プロローグ――
血みどろな争いの中、タイプライターで戦える。それがわかり僕は胸が高鳴った。このタイプライターにキーワード(呪文)を入力すると、相手に魔法を打ち込める。
タイピングゲームでしか、僕は相手を屈せないが。今は相手をリアルで倒せる。
長い棒を持って殴りかかってくる筋骨隆々の男に、僕は目蓋を剥いて睨む。
頭の中に重々しい声でキーワードが響く。僕はタイプライター上で素早く指を走らせた。
キーワードをタイプし、タイプライターが輝く。目の前に火球が現れたと知覚する暇もなかった。火球は前方向へ発射。襲いくる男の胸に着弾する。轟音爆音を響かせて火柱を上げ、重量ある男の体躯が吹き飛ぶ。
焼け焦げた身体が地面に落下。足元がごわっと揺れる。
まだ息はあるようだが、すぐには動けそうにないとわかる。再び攻撃はしてこない、よって放置だ。
敵の同志たちは、銀色の刃物や長い棒を武器に構えるが、無闇に僕のそばへ歩み寄りを見せない。
少し身体を休めよう。僕はレンガの壁に肩を凭れた。視界が暗澹としてきたのを心配して、薄暗い黄昏の空全体を眺めようとする。心細い影が壁の上に見えたときには手遅れだった。二つの碧い光が僕を覗く。それは鍛えすぎた肉体の巨漢の眼光。
巨漢は壁を飛び、重力降下。僕の立つ場所に落ちる。
地響きを立て、視界も平衡感覚もめちゃくちゃになる。気づけば巨漢は僕の胸に馬乗りに。
呪文が、キーワードが頭の中に流れる。
一秒余りあれば打てると踏んだ……。だが、こいつに顔を潰されるのに一秒もかからない、と僕自身即座に悟る。
でも、僕はタイプする。だが、無情かな。この巨漢は両拳を振り上げ、手を絡め、僕の顔を潰しにかかる。
そのとき、乾いた音がする。弱々しく何かがこの男にぶつかった。
左腕を振り、男は少女をはたき飛ばす。そう、巨漢にぶつかってきた勇者は背丈も低く腕も細い少女だったのだ。
男の鋭い眼光が再度僕に向けられる。
彼女の行為は無駄にしない。タイピングはフィニッシュ。そのことをタイプライターに告げるため、右横奥の『改行』――キャリッジ・リターン――のレバーを押す。粗末な紙が横に押し戻され、タイプ位置が行頭にリターン(戻る)。
直後、巻き起こる旋風。男の身体が軽く浮かび上がり、傍らの大木に身体を強打させた。
男が僕の胸に乗っている間にぐっしょりとかいた汗。涼しい風が吹き、乾くのを感じる。
僕はゆっくり立ち上がるが、のんびりしてる暇もない事態を承知する。
十数人が無鉄砲に攻撃をしかけてくる、その駆け寄る姿。
肉薄するまで一刻の猶予もない。お告げのように次のキーワードが来る。
僕は「冷静な機械」的に、またなおかつ「生き残る情熱ある人間」的に、必死になって指を動かした。
先陣を切った同志は、あと少しで辿り着けたろう。半歩先で男の頭上に雷が落ちた。
これで一人がスコアに追加だ。このリアルにスコア概念なんてないけれど。
次に二人目が走り寄ってくる。
刹那、二人目の後方から、風を切る音を立て、何かこちらに擲たれる。
投石だ!
避けられないと察知する。
そして、身体が勝手に動いた。次のことを一瞬の動作で行なった。
ベルトにくくりつけたタイプライターを引っ張り上げる。簡単にはずれ、顔前にタイプライターが来る。それに石がぶち当たった。
幸い、僕も機械も傷ひとつつかなかったが、二人目の男が最接近する。矢継ぎ早に次の呪文のキーワードが再度頭の中に……。
相手が刀剣で斬りつけてくる。僕は屈み込んだ。予想外の行動に相手はひるむ。刀剣を構え直す仕草の隙に、指をキー上で走らせ、『改行』――キャリッジ・リターン――。




