ゴッドニート~神様が日曜日~
λ,,,【とあるコンビニチェーンの店舗】
『ちょっと、ウチでは……あなたが……誠実なカミだとは思うんですけど』
何とも困ったような、歯切れの悪い言葉で、苦労がにじみ出ている様なすだれ禿店長にお祈りされては、幾ら察しの悪い僕でも、丁寧に礼をして、店舗から退出して、この店が儲かりますように、と祈った後、ため息をつくしかなかったのだ。
全く、世知辛い世の中である。
「今日もお祈りされちゃったかぁー」
面接の前の書類選考で祈られる事も珍しくない、というかそっちの方が多い中、面接までこぎつけたのにどうしてダメだったのか。自己分析。
やっぱり最大の問題は僕がニートの神である事が問題なのだと思う。
「ああー……働いたら、負けだと思うんだけどなぁ……でもなぁー……」
僕の嘆きは、冬の曇天に消えた――
――カミサマであるだけで、食っていける時代はもう過ぎてしまった。
祈ってもらうにも、色々と金がかかる。
だから、今の世紀は、神無しの世紀だと言われる。
21世紀も10年とちょっとが過ぎた頃、なんかこう、神様がニッポン全国いたる所に顕れて、人間っぽく生活するようになった。
神だって、なぜこうなったのかわからない、気が付いたら自分たちが人間社会に放り出されてしまったのだから、原因なんてわからない。全くの不明だ。タカマガハラなんてなかったんや、と言う事になってしまった僕たちは、ニッポンのありとあらゆる箇所で、生息しなければならなくなってしまったのだ。
だけどまあ、初めの1年2年は、神様だし、お客様扱いをしてもらえた。
でも、3年を過ぎた辺りから、人間たちもちょっと、考えを改めるようになった。
何しろ神様の数はやおよろず、文字にすると八百万だ。
実際、数えてみたらもっと多かった。
何しろ毎日のように『マクドマルドのメニューの守』やら『木彫りのガンタムの命』やら、なんだかよく判らない神様が生まれているのだから。最近だと『第二次世界大戦の戦艦を模した少女の神様』が物凄い勢いで生まれてる。戦艦の神様は既にいるんだけれど。
まぁ、そんな、混沌を煮詰めたような状況で、神様の事は神社本庁がやれってことで、重い腰を上げた職員たちが実際に調べて曰く、大体一千万にちょっと届く程度。
正確な数字が出て、ニッポン全国大騒ぎになった。
だって、単純計算でもニッポンの人口が1割弱ほどズルっと増えたようなものだから。しかも、カミサマ。働かない人口。ごく潰し極まりないので、一般人大迷惑。けれど、にんまりと笑ったのがこの国の政治家たちだった。
この国最大の問題、労働力不足。
それがまさに神の手で解決されたようなものだから。
時の首相のハベさん曰く
――労働力不足は移民で補うよりも、土着の神様にやってもらおうじゃないか
と。
神様が顕現してから1年目やら2年目やらだったら、なんとも罰当たりだ、という論調が通ったかもしれない。でも、既に3年目。
仕事は3年続いたら一生続ける事が出来ると言う俗説がある。
その俗説に則ると、3年続いた神様たちのニート生活を、我が国の民が一生支えなければならぬのか、いや、それはまずいという民意が形成される訳で。
一度決めたら早いのは、この国の国民性か何かだろうか、まるでで韋駄天のように神様就職支援フェアinいせじんぐう(神社関連はやっぱり人気があった)だのゴッド・ジョブ・イセ(この施設の就職指導員に就職した神も多い)だの、バイト新神募集中! だの派遣神問題だの、荒魂の職場内暴力だの和魂の過剰サービス残業だの、問題も色々含めて世の中の仕組みにあっという間に組み込まれて大変身。
まさに、労働革命とでもいうのだろうか。ロボットどころかゴッドも働く国、ニッポン。外国からの取材も絶えずに、一大ムーブメントが起きたのだった。
でも、神の中でも、働くのに適していない奴は、やっぱりいる。
この僕、ニートを司る新渡野命守は、働くのにはやっぱりちょっと向いていないのである。
【アパート】λ,,,
僕が部屋の扉を開けたら、菅原さん(28独身女性)がコタツに入り、ミカンをむきながら僕を睨み付けていた。
軽く吊り上がった、菅原さんのアーモンドの黒目がちな瞳は、猫科の大型獣を想起させて、
虎だ、と僕は震え上がった。
視線だけで神をも殺せそうな彼女は、開口一番
「家賃」
と言った。
僕と菅原さんの付き合いは、彼女が20の時からの、かれこれ8年に及ぶ付き合いだ。付き合いと言っても、甘い男女のお付き合いではない。
菅原さんは大家である。僕の住んでいるアパートの。そして、彼女が僕の部屋に来てやることと言ったら一つしかない。家賃の督促だ。
つまり、取り立てる側と取り立てられる側の、食うか食われるかの付き合いだ。
短大を出たてだった彼女の、最初は優しかった家賃の取立ては、8年の間に、アパート経営の難しさと奇妙な住人達との間で磨かれて、殺意のこもった神殺しの形相を習得。非常に怖い。
この、神殺しの視線を微妙に避けつつ、僕は空気を和ませようと――
「今日は面接までこぎつけたんですよ!」
「今、新渡さんに職業があるかどうかは私には関係なく、将来、職を得るかどうかも私には関係なく、過去、職があるかどうかすら私には関係なく、溜まりに溜まった家賃、今日こそ支払ってもらいますからね!」
菅原さんの鋭すぎる視線が僕に突き刺さった。胃のあたりはしくしくと痛みを訴える。
実の所、僕の口座はすっからかんだ。
しょうがないじゃないか。
定職に就けない僕の資金源は、母張乃大神からの、仕送り的なアレだ。神同士に血縁と言うものがあるのか、と言われるとあるのである。かあちゃんありがとう。大体丁度、それを家賃に充てれば今月分は何とかなるはずだったのだ。
家賃と言うものは完全に滞納すると、追い出されてしまう。足りないながらもちょみちょみ機会を見つけて、払っていると、中々追い出されない。こう、このクソ神がと睨まないでほしい。どれだけ誠意があっても、実際にマネーが無いのはどうしようもないのである。
人様並に飲み食いすると、あっという間に家賃分まで使い込んでしまうのだし。
【コタツ】λ,,,
ミカンに手を伸ばす。ギロリと菅原さんに睨まれる。「それ買ってきたの私です」急いで手をひっこめる。
「職がないと、当然貯金もないんだ。僕はつまるところ、無一文のすってんてん」
「神臓って最近売れるらしいですよ?」
「出来る限り素早く滞納金を払いたいと思います」
部屋の畳に額を打ち付けるように、神速の土下座を披露する。
菅原さんのアパートに入居してから既に8年。
土下座にも慣れた。多分、菅原さんも土下座する僕に慣れてしまった。
ふぅ、と菅原さんの小さな溜息。それから、コタツの上のミカンの房を菅原さんが一つ口に含んで、舌の上転がしてすり潰して、果汁が喉を通るまでの数秒間の間。
「――今月は待ちます」
やった、今月は何とか勝った。僕の勝ちだ。
僕は心の中でガッツポーズを取った。生ごみを見るような菅原さんの視線にも、慣れきっているので大丈夫だ。殺気が無いから。
「まったく、悪い人じゃあないんですけど」
「僕は人じゃあないんだけどね」
と、一応断わる。僕だって最低限のプライドと言うものがある。流石にただのニートと思う事なかれ。
カミサマはカミサマなりの力があるのである。
「貧乏神がいると、その家が貧乏になるように、ニートの神である僕が居たらみんな怠けてしまうんだよ、お仕事を。なんか、働くのが嫌になるみたいでね、これ、ほんと、働くのに向かない性質でさぁー」
「それは最初の時に聞きました」
繰り返すが菅原さんとは8年の付き合いになる。家賃の滞納も払ったり払わなかったりで8年だ。勤勉な虎である菅原さんも、僕の前では怠惰な猫に等しい。僕の力の影響を受けているのだから。
菅原さんのお仕事の邪魔をして、非常に申し訳ないと思うのだが、彼女がこれを仕事だと思っているうちは、絶対に無理やり家賃を取り立てられないという特殊能力が、僕の神としての、最大の戦果だ。
コタツに入りながら虎の視線を僕に送り続けている菅原さんを横目に、僕は剥かれたミカンの房を一つ横取りして。
「その、なんていうか、前は部屋に上がってお茶飲んだら、素直に帰って行くのに、なんで」
最近、菅原さんに僕の神能力の効きが悪いのだ。
「あなたの神通力に8年も付き合っていると、仕事っていうよりも、もはや使命、みたいな感じに思えてきて。絶対に家賃を、毎月きっちりと支払わせてやるぞって」
そして、もう一度繰り返すが、僕はニートの神である。神の力を端的に表現するならば、"仕事の妨害"である。
仕事じゃあなくなると、僕の能力はさっぱりと効かなく――ッ!?
菅原さんが、物凄い視線で僕を刺した。
「新渡さん、やっぱり今月の家賃、払いませんか?」
僕は逃げた。
脱兎のごとく逃げた。
僕の足はニートの癖によく働いた。
【数年の歳月が経った】
世の中、何が巡ってどうなるか判らない。
僕が新渡乃命守をやめて、無色大神となって、菅原乃檜物命になるのは、それからあまり時間はかからなかった。
「パパー、パパってヒモなの?」
「ヒモじゃなくて、主夫と呼びなさい」
今は子供の世話をしながら主婦乃友社へ建立される方法は無いものかとか色々夢見ているものの、上手くいかないものだ。
「パパー、宅急便来たー」
母張乃大神からの仕送りをまだもらっているのが問題なんだろうか?
「新渡さん、ミカン買ってきました」「ママー」
それとも、菅原さんが僕の事を未だに新渡と呼ぶのが問題なんだろうか。
どちらでも良いが、まぁ、そういう事で。
人生も神生も何があるか良く判らないって感じで。
追伸
主婦乃友社が神社じゃないって気が付くまでに、それから更に1年ほどかかりました。
終