敵の正体
おかしい……。こんなにシリアス(?)な話にするつもりじゃなかったのに……。
気を失った悠斗を、自分の隠れ家まで運ぶ。
認識齟齬と、人払いの二重結界により秘匿された家。
一般人はもとより魔法に関わる者でもあってもそう簡単には見つけられないようになっていた。
ベッドに悠斗を寝かせ、右腕の様子を見る。
水の陣で保護したとはいえ、暴発した火の陣を抑えきれるはずもなく、大きな火傷を負っていた。
「まったく……。あの状況では仕方なかったとはいえ今後こういう無茶なことはやめさせないとなー」
文句をいいつつ治癒魔法をかけていく。
右腕を暖かい光が包み、数秒後には火傷は癒えていた。
しばらくすると、悠斗が目を覚ます。
「あれ……? ここは一体……」
朦朧とする頭で記憶をさかのぼる。
確か再び黒獣鬼に襲われて……
「はっ!? そうだ黒獣鬼は!?」
意識を失う直前まで襲われていたことを思い出し、即座にあたりを見回す。
「ちゃんと君が倒したよ。お疲れ様。でもあんな無茶はもうしちゃだめだよー」
飲み物を取りに席をはずしていた雫が戻ってくる。
「師匠!? そうか、あの時火の陣を暴発させて……」
「発想はいいけど暴発した陣を通常の陣で抑えられるわけないじゃないかー。
下手したら右腕もろとも吹き飛んでたよ?」
はいお茶、と悠斗にコップを差し出す。
「ありがとうございます。……あの時はそこまで考えてなかったもので……」
お茶をすすりながら弁解する。
あまりにとっさな出来事であれ以上いい案が浮かばなかったのだ。
「まぁ今回の件は大体私のせいだし、次から気をつけてね」
「そういえば、師匠なんでここに? っていうかここどこですか?」
ようやく落ち着きを取り戻し、現状を把握したとたん疑問が次々にわいてくる。
「ここは私の家、みたいなものかな。なんでここにいるかっていう説明はかなり長くなっちゃうかな。
とりあえず君に話したいこともあるし、今日はここにとまっていきなー」
「はい。……ってえぇ!? ちなみに師匠は一人暮らし……?」
予想外の提案に驚きを隠せない。
「もちろん一人暮らしだよー。何々? 私と二人っきりで一晩過ごすことを想像して興奮しちゃったー?」
妖艶な笑みを浮かべながら、悠斗にせめよる。なまじ見た目が綺麗なため余計性質が悪かった。
「いえ、師匠に手を出したら灰にされそうなので」
内心冷や汗ものだったが、冷静に返す。
「そう? まぁそういうことならいいんだけどねー」
一通りからかって満足したのか、話を戻す。
「まぁそういうわけだから、一度家に連絡しなー。もう遅いし心配してると思うよ」
「そうだった! すいませんちょっと電話かけてきます」
急いで鞄から携帯を出すと、家に電話をかける。
今日友達の家に泊まる旨と、帰りは明日の夕方になることを伝え、電話を切る。
「はいはい楽しんできなー。としかいわれませんでした」
余りにあっけなく許可されたため、拍子抜けしつつ雫に報告する。
「君の家って実は放任主義なんじゃないのー? まぁいいや、それじゃぁ昨日のことから話をしよう。
昨日君が帰った後、正確にはその少し前かな、黒獣鬼が数体私たちのことを狙っていた。
結界で捕縛して、君が帰った後に仕留めたんだけどね」
「待ってください、あいつらってそんなに一杯いるものなんですか?」
たまらず、悠斗が口を挟む。
「いや、普通は滅多にいないねー。黒獣鬼含め、魔獣は確かに自然発生もする。
人の悪意、悲壮、憎悪などに濃い魔力が集まるとああいうやつらは誕生するんだけど、
自然発生する頻度なんて一年に二桁届くかどうか、ってくらいだよー」
ただし、と付け加える。
「魔法使いや魔術使いが関与していた場合は別。大気に漂う負の気を集め、
自分の魔力を注ぐことで魔獣を生み出す術ってのがあってねー。
まぁそんなに簡単に使えるものじゃないから、この時点で裏で糸を操ってる人物を絞り込める」
一呼吸おき、話を続ける。
「それで私は、昨日倒した黒獣鬼が通ってきた道を、奴らの気配を辿ることで逆探知して犯人の手がかりを捜しにいった。
途中、罠だと気づいたんだが力づくで押し切れるだろうと踏んで突っ込んだ結果……」
「僕が襲われたということですか」
「そういうこと。正直、罠の元にたどり着く前にある程度確信を持って、相手が誰だか把握していたんだ。
あいつの狙いは間違いなく私だろうと思っていたからまさか君が襲われるとは思ってもみなくてねー」
そういうと雫は苦笑を浮かべ頭をかく。
「あいつらを仕向けてきた人って師匠の知り合いなんですか?」
「昔一緒に魔術を習っていたことがあってね。まぁ私の才能に嫉妬して禁忌に手を染めたのだけど。」
少し悲しそうな顔をしながら、それでも話を切らずに続けた。
「彼の名前は荒木竜也。禁忌魔術に手を出し、魔獣を操ることに長けている。
狙いはおそらく私。君に手を出したのも私を追い詰めるためだろう」
「追い詰めるって……。あってまだ数日しかたってない僕を殺したって仕方ないと思うんですけど」
悠斗がそういうと、雫は首を横に振る。
「魔法の世界において、魔法使いが弟子をとるっていうことは、自らが持つすべてを弟子にとった人物に与えるっていうことなの。
だから、魔法使いにとって弟子を殺されるということは最大の不名誉であり、もっとも忌むべきことなんだよ」
自分のすべてを与えるという言葉に、悠斗はなんとなく重荷を感じ緊張してしまう。
「あいつはまた私達を狙ってくるだろう。君の居場所は割れているし、余り時間がない。
君には今日と、明日で黒獣鬼くらいは安全に撃退できる力をつけてもらう」
そういうと、いつも修行のときに使う紙を取り出す。
「まずは残りの基礎系統の陣を覚えるんだ。その後魔術式について詳しく説明するよー」
自分の命がかかってるということに、いささか恐怖を覚えたが、
安全を確保するためにも今は目の前のことに集中すべきだと結論を下す。
「わかりました、2日間よろしくおねがいします!」
◆◆◆◆◆
「彼はまだ魔術を習って数日しかたってないはず……。なのになぜ黒獣鬼は敗れた?」
荒木は苛立っていた。自らの策が失敗した事にもだが、なによりも彼女の弟子の「可能性」に。
「さすがはあの女の弟子といったところか。まったく忌々しい」
かつて、彼女の才能の前に挫折した自分を思い出す。
その瞳は嫉妬の炎に揺れており、
「まぁいい。こちらには奥の手がある。師弟もろとも葬り去ってやろう」
そして、どこまでも深い闇をうつしていた。
「せいぜい足掻くがいい。そして絶望を味わえ。かつての私がそうだったように」
憧れは嫉妬に変わり、嫉妬は憎悪となる。
自らの身を禁忌に染めた荒木は、その憎悪をもって雫に牙を向けた。
次で魔術のお話。
悠斗が見習い魔法使いになるのはまだ結構先になりそうです。
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