広域魔術結界
1秒
(さてと、1分か……。割と長いな……。まぁ、いまさら無理だなんていうつもりもないけどな)
そう自分を勇気づけ、近くに立てかけてあった手ごろな長さの鉄パイプを取り、巨大な人狼のような魔獣に向かって駆け出す。
悠斗が会話で時間を稼いでいる間に、浩太は現状近くにあって使えそうなものをすべて把握していたのだ。
鉄パイプを手に、まずは一撃注意をこちらに向けるために足を打つ。
こちらに注意が向いたことを確認して一気に悠斗とは逆方向に離脱する。
10秒
魔獣の注意が向き、腕が振り下ろされる。
それをぎりぎりのところでかわしつつ、更に後方へ逃げる。
悠斗の周りに魔力が集まり、魔獣の注意がふたたびそちらに向きそうになったところで、
再び魔獣に向き直り、バケツを蹴り上げる。それを魔獣の方向に鉄パイプで殴りつけ、注意をこちらに向ける。
その後ギリギリまでこちらにひきつけ再び腕を振り上げられる腕の位置を調整する。
振り下ろされた腕は、近くの電柱をなぎ倒す。
その衝撃で電線が切れ、魔獣の体に電流が走る。
大きなダメージにはならなかったものの、高圧の電流に晒され少しの間ひるむ。
30秒
(やっぱりこいつ知能は低いな……。これならなんとかなりそうだ)
そう思った瞬間、相手の口に、嫌な気配が集まるのを感じ取った。
浩太は、雰囲気や気配といったものに異常に敏感なため即座にそれに気づく。
本来なら逃げるところだったが、逆にチャンスと考え、集まる気配を神経を研ぎ澄まし感じ取る。
浩太が気配として感じているのは、ほかならぬ魔力なのだが浩太はそのことを知らないため、予想で動く。
(ずいぶん集まってるな……。この感じだと制御はできないんじゃないか? 知能が低そうだし後先考えていないんだろうな)
おそらく、エネルギー弾のようなものでもうってくるのだろうと予想する。
すでに、これがまともな日常ではないことは痛感していたため、そこに先入観によるためらいはない。
40秒
集まった気配が、目に見える光となって収束する。
そして、莫大なエネルギーをもった光線が解き放たれた。
45秒
だが、浩太は気配を読み取ることによって、完全に範囲を把握していた。
自分の身に危険が及ばないギリギリのところで避け、魔獣にむかって駆け出す。
50秒
大口を開いたまま光線を放ち続ける魔獣。
だが、集まったエネルギーは徐々に薄れ、その光を消していく。
(――ここだ!)
そして、光が物理的なダメージを与えられないまでに落ちたと確信したところで、
大口を開けたままの魔獣に向かって、鉄パイプを投げつける。
自らが放った光によって、視界がさえぎられていた魔獣は、回避が間に合わずもろに鉄パイプを受ける。
55秒
投げられた鉄パイプは、まっすぐ口の中に入り魔獣の喉を殴打する。
さすがに人間の腕力では、魔獣の喉を打ち破るには足りなかったが、それでもほかの部分よりはかなりやわらかかったため、
魔獣のはもがき苦しみ、大きく怯む。そして、その目が怒りに染まり浩太をにらみつけた時……
「これで1分だ! 後は任せたぞ悠斗ぉッ!!!」
「一分経過! 後は任せて浩太!」
二人の声が同時に重なり、悠斗の背後では巨大な火の竜巻が構築されていた。
◆◆◆◆◆
浩太が時間を稼いでいる間に、悠斗は今日の掃除中に思いついた魔術を試していた。
覚えたての風の陣を組んで、小さな竜巻をつくりだし大きなゴミを運んだりしていた。
そのときの術式を応用し、小規模の竜巻を作り出す。
そして、火の陣を組み込み竜巻に火をまとわせていく。
急激に周りの酸素を取り込み、巨大化していく炎の竜巻。
イメージは、災害時の時に予想される火災旋風。
一度テレビでみたそれを、魔術でアレンジし完全に制御下におく。
酸素を求め、動こうとする竜巻を意思の力で制御する、と同時に熱風の方向も掌握する。
熱を竜巻の内側に閉じ込め外に被害が出ないようにし、同時に雷の術式を構築。
相手に電撃がきくことは、先ほど浩太がやって見せたので間違いない。
すべての準備が整ったとき、ちょうど喉に大きなダメージをうけ、怯む魔獣。
「これで1分だ! 後は任せたぞ悠斗ぉッ!!!」
「一分経過! 後は任せて浩太!」
雷の術式で、相手の動きを封じその間に浩太にこちら側に来てもらう。
雷の術式が切れると同時に、水の術式で分厚い水の壁を作る。
そして、巨大化した炎の竜巻を魔獣に向けて放った。
「くらえ……! 劫火旋風!」
竜巻は魔獣のに向かって高速で移動する。
雷と喉へのダメージでろくに動けない魔獣は、避けられず竜巻に飲み込まれる。
そして、灰すら残さず消し飛んだ。
◆◆◆◆◆
「危なかった……」
すべての術式をといて、後片付けを始める悠斗。
被害は最小限に抑えるように制御したが、それでも地面は荒れ果てていた。
「今日は掃除ばかりしている気がするな……」
そんなことを考えつつ、いまだに厳しい顔をしている浩太を見る。
「お疲れ浩太。あいつは倒したしもう大丈夫だよ。詳しい説明は、後になっちゃうけどとりあえずもう安心しても……」
「いやまだだ」
浩太を気遣う言葉を、途中で遮り辺りを見回す。
「あいつを倒したのに雰囲気が変わってない。結界って言ったか? まだそれが解けてない」
そういわれ、初めて結界がとかれていないことに気がつく。
戦いが終わった安堵感で感覚が薄れていたのだ。
「それに……、なんだこの感じ? 嫌な気配が街中に流れていってるような……」
「確かにおかしいね……、まるで大きな結界が構成されているみたいだ」
「その通りだ」
ハッとして二人が振り返る。
そこには、さっき消えたはずの荒木が再び姿を現していた。
「君たちは本当によくやってくれた。お礼に本当の絶望をみせてあげよう」
『広域魔術結界・怨念鎖縛』
荒木がそうつぶやくと、先ほど倒したところに青黒い炎のようなものが浮かびあがる。
そこから光が空に向かって放たれる。
他にも4つの光が放たれるのがここからでも見えた。
それは中央でぶつかり巨大な結界を作り出す。
「せいぜいあがくがいい。師匠ともどもな」
そして、悠斗たちは空間ごと完全に隔離された。
浩太は、ある意味魔法使い以上に特殊です。
これで残る主要人物はあと一人。