日常の終わり
普通の高校生のはず……だった。
あの日、彼女に出会うまでは……。
あの言葉を聞くまでは……。
「ねぇ君、魔法使いにならない?」
立ち込める土煙の中、満面の笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
発せられた言葉の意味と、いま目にしているものを理解した時、僕の日常は崩れ去った。
◆◆◆◆◆
期末試験が終わり、高校最初の夏休みを目前に控えた7月中旬。
ホームルームも終わり、返却された試験の結果にクラスのあちこちで悲鳴をあげる者や歓声をあげる者がいる中
彼は、頭を抱えながら成績表を睨む友人と談笑していた。
「まずい……このままだと間違いなく俺の夏休みが補習と課題に埋め尽くされてしまう……! 頼む何とかしてくれ!」
成績表を握り締め、鬼気迫った顔で言い寄ってくる友人に
「何とかしてくれってもう試験終わっちゃったんだからどうしようもないよ……。
大体試験なんて楽勝だぜ!とかいって遊びまわってたのは自分じゃないか」
と、涙目の友人を一蹴しつつと自分の成績表をかばんにしまう。
「ケッ、情の薄いやつめ……。それはそうとお前はどうだったんだよ?」
そういうと、友人はしまおうとしていた成績表をひったくる。
「えー何々、市川悠斗 全体平均83点 学年順位40位……、なんだ普通だなつまらん」
「浩太なんて平均50点下回ってるくせになにを偉そうに……」
彼こと市川悠斗は成績表を取り返すと今度こそ鞄の中にしまいこんだ。
「うるさい! 大体今回の試験は難しすぎたんだ!悪いのは俺じゃねぇ!」
「はいはいわかったからもう少し静かにして……」
喚く友達を軽くあしらっていると、
『生徒の呼び出しをします。日野浩太君、至急職員室まできなさい』
友人に職員室から呼び出しがかかる。
「ほら、呼ばれてるよ、また何か問題でも起こしたんじゃないの?」
「お前は俺をなんだと思ってやがる……。どうせ課題のことかなんかだろ」
浩太はじと目で悠斗を睨み付けながら、ひらひらと成績表を振る。
「あぁ……。まぁ半数以上赤点だからね……。そりゃ呼び出されもするか……」
「そんな憐れみの目で俺を見るな!まぁとりあえず行ってくるから先に帰っててくれ」
「あいよ、んじゃ健闘を祈る。また明日」
面倒くさそうに職員室に向う友人を尻目に、悠斗は帰路についた。
さすがに7月中旬とあって外はかなり暑かったが、そのまま家に帰ってもすることがないので、
かなり遠回りしつつ、あまり帰宅中には通らないような道を選びながら歩く。
学校から少し離れると、閑散とした住宅街が広がり、さらにそこを抜けると森や山が集まったような場所に出る。
この場所は回りになにもないため、日中でも人通りがすくなく、
さらに木陰や風が涼しいため、暑いこの時期には重宝する場所だったりする。
適当に歩いていたつもりが、気がつくとよくいく場所にでていたので、悠斗はここで涼んでから帰ることにした。
(やっぱりここは落ち着くなー。涼しいし、人が少ないから静かだし……ってあれ?)
人が少なくて静か、逆に言えばこの付近で大きな音をだすといつも以上に聞こえやすい。
そのため、普通では気づかなかったであろうその音に悠斗は気がついた。
(なんだ……? 音に混じって微かに振動も伝わってくる……。奥でなにかやってるのかな?)
ちょうど退屈していたこともあって、あまり深く考えず悠斗は好奇心に流されるまま森の奥地へと歩いていった。
この森は、わりと大きく、小さな山といっても過言ではないくらいには広い。
そのため、音の発信地につくころには結構な時間がたっていた。
音がしたと思われる場所につくと森がいきなり途切れ、倒れた木と木の葉が散乱し小さな広場のようになっていた。
そしてそこに残されていたのは、大きな爪跡のようなものと、何かを爆発させたかのような穴。
「な……なんだこれ? 工事ってわけでもなさそうだし……。まさか怪物でもいたとか?」
そんなことをつぶやいていると不意に後ろのほうで大きな音がした。
はっとなって振り返ると、さっきまで少し後ろに立っていた大きな木が倒れていた。
「あは……は……まさか……ね……」
そしてその木の後ろには
「怪物なんているわけ……」
真っ黒の毛に包まれ、額から角を生やしたクマのような「鬼」がいた。
「いるわけあったぁッ!?」
明らかにこちらを見ている「鬼」
本能がこいつはヤバイと警告を鳴り響かせていた。
今来た道は「鬼」によってふさがれているため、全速力でさらに奥に進む。
しかし「鬼」はこちらを見たままで動こうとしない。
「あれ……追ってこないのかな……?」
後ろを振り返り「鬼」が追ってこないのを確認する。
ここまで距離を離せば平気だろうと安堵の息を吐こうとした次の瞬間、体中をいやな予感が駆け巡った。
「……ッ!」
その予感に従い、体をその場からとっさに投げ出す。
さっきまで自分が立っていたところにおおきな爪跡ができていた。
あれだけ離れていたにもかかわらず「鬼」は一瞬で悠斗がいた地面を根こそぎ持っていったのだ。
「冗談じゃない……こんなのどうしろっていうんだ……」
体が震える、「鬼」が攻撃態勢に入るのが見えた。
このままだと確実に殺されると思い、再び全速力で走り出す。
その後ろを剛風が吹き荒れる。視界の後ろで土が舞い上がったのが見えた。
「こんなところで! こんな訳のわからないことで!死んでたまるかぁッ!」
「鬼」の直線状に立たないようにジグザグに木の合間を縫って走る。
否応無しに近づいてくる死の気配を振り切りながらがむしゃらにはしり続けた。
「ハァッ……ハァッ……撒いた……か……?」
呼吸を荒げながら後ろを振り替える。
そこにさっきまでいた黒い鬼はいなかった。
「ハァ……ハァ……助かっ……!」
森の奥から光が集まるのがみえた。
急いでその場を離れると、映画や漫画で見たような光線のようなものが通り過ぎる。
光線にあたったものは全て消し飛び、一本の大きな道ができた。
そして、その道を通って再び「鬼」があらわれる。
「……ちく……しょうッ!」
足はすでに鉛のように重く、体に力が入らない。さすがに死を覚悟するしかなかった。
「鬼」がゆっくりこちらを振り向く。
動かなくなった獲物に、トドメを刺そうと体を屈め攻撃態勢に入る。
悠斗は必死に逃げようとするが、足が動かない。
(なんでこんなことに……こんなところで死にたくない……こんなところでッ……!!)
「死にたくないッ!」
「そこの君伏せなさい!」
背後から女性の声が響く。とっさに伏せると頭上を赤い光が走った。
赤い光は「鬼」にぶつかり、迸った。
鳴り響く爆音
舞い上がる土煙
木々は吹き飛び、一部が燃えていたがその炎は燃え広がらずすぐに消えた。
しかし「鬼」はそうはいかなかった。
激しい爆発により腹部に大きな傷を負い、さらに体中を紅の炎が蹂躙する。
周りの木々のように鎮火せず、「鬼」の体を餌に生き物のように広がっていった。
「グガァァァァァァァッ!」
炎がついに体全体にまわる。「鬼」は断末魔をあげ燃え尽きた。
崩れ落ちる体、風に吹かれ舞い上がる灰、全てを跡形もなく燃やし尽くし炎はようやく収まる。
あとには、吹き飛んだ木々と、舞い上がった土煙、炎を放った女性と悠斗だけが残った。
その女性は笑いながら悠斗に近づいていき、悠斗を抱きかかえる。
「いやーごめんごめん、格下相手だとおもって油断してたら見事に気絶させられちゃって……。君、大丈夫ー?」
悠斗はわけがわからないまま、女性に抱えられた。
抱きかかえられるのは恥ずかしかったが、抵抗しようにも体が動かないし、
先ほどのアレを見た後だと抵抗するなど恐ろしくてできるはずもなかった。
「はい……大丈夫です……あの、今のは一体……? あの怪物は……? それにあの炎も……」
自分の無事を告げ、下ろしてもらう。地に足がつくと生き延びたのだという実感がわく。
悠斗の頭は命の危機が去ったことを理解すると、
今自分におこったこと、見たものに対する疑問に埋め尽くされる。
「あー……本当は教えたりしたらいけないんだけど……、記憶を消すのもめんどくさいし……。
ちょうど弟子をとらないといけないところだったし、ついでにこの子を……」
女性は手を頭に当てながらブツブツと一人で何か言っている。
なにか物騒な単語が聞こえたのは気のせいだろう。
「あのー……?」
「あぁ、ごめんごめん、ちょっと考え事をしていてねー。教えるのは構わないけど、ひとつ条件があるんだよー」
なんとなく、嫌な予感がしていた。
「条件……とは?」
「条件、というか提案でもあるのだけど、」
彼女は満面の笑みを浮かべながら
「ねぇ君、魔法使いにならない?」
そう、言った。
初めて小説を書きます。至らぬところもあると思うのでぜひ感想などいただけるとうれしです!