二匹目
「こんばんわヒロシェ君」
「こんばんわホタルさん」
そこは近所の小さな川。俺は暇を持て余し、散歩をしていた。
「どうです、雌は寄ってきましたか」
「ははは、残念だが今のところスコアは0だ」
「そうですか、まぁまだホタルの数自体が少ないですし、もう少ししたらきっと引く手あまたですよ」
「その頃には雄も増えてるぞ」
「そうでしたね、ははは」
「はははははは」
「やぁヒロシェ」
「こんばんわ蛍さん」
学校の帰り道に友達に誘われ、俺は今割と有名なホタル鑑賞スポットに来ている。
「やっぱり人が多いですね」
「そうさ、ここは俺達ホタルにとっちゃあぁ天国みたいな所だからさ、人も寄って来ちまう訳さ」
「なるほど」
「しかし困った奴もいるもんでよぉ」
「どうしたんですか」
「いやな、時々俺達を捕まえて家に持って帰っちまう奴がいんだよ、最近は」
「それは良くないですね」
「俺達はへなちょこだから捕まって虫かごの中に入れられちまうとすぐに死んじまうんだ」
「そうなんですか」
友達が呼んでる。もう少し蛍さんと話がしたいが、今日は帰るか。
「じゃあなヒロシェ。来年は俺の息子によろしくな」
ぷーん。
ぷーん。
最近蚊が本当にウザくなってきたな。
パチン。
……手汚い。
今日は大雨が降った。もう今年はホタルを見ることは出来ないだろう。
俺はびしょ濡れになって学校から帰って来た。濡れたまま家に入る訳にはいかないので、裏にあるさしかけで服を脱ぐことにした。
「や、やぁヒロシェ君」
「あれ、螢さんじゃないですか」
さしかけの屋根の下、雨に当たらない場所にホタルがいた。
「大丈夫ですか。こんな大雨で」
「……あんまり大丈夫じゃないな」
「……ふらふらですね」
「ふらふらだよ」
「螢さん、一つ聞いてもいいですか」
「いいよ」
「お尻を光らせ雌を誘う、この人生は楽しかったですか」
「……楽しかったと言えば嘘になる」
「…………」
「でも悪くは無かった。雌と交尾することはできなかったし、今こうして雨に濡れて弱っている」
「じゃあなんで」
「僕がホタルだからだよ」
「……意味がわからないですよ」
「いつか君にもわかる日が来るよ」
そう言ってホタルは俺の前から姿を消した。たぶん雨樋にたまっていた大きな水滴に当たってしまったのだろう。
俺は濡れた服を脱ぎ、家に入った。
彼が俺に最後に残した言葉の意味はまだわからない。
でもそれでもいいと思う。
それでもいいと思えた。
消えていったホタル達に比べ、俺の人生はまだ始まったばかりだ。
答えはゆっくり導き出そう。
そしてその答えを俺が導き出した時、君達の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫の孫とゆっくりと話し合いたいな。
短い人生。儚くも美しく、派手に生きてやろうぜ。