一匹目
「やぁゴキブリさん」
「やぁヒロシェ君」
俺は洗面所でゴキブリと遭遇した。この時期になるとよく現れるので、もう慣れっこだ。
「ゴキブリさん。今日は洗面所にどんな御用で?」
「とりあえず洗剤って食えるのか試しにきた」
「やぁ蜘蛛ちゃん」
「あっ、ヒロシェさんなのら!」
「相変わらずピョンピョンと跳ねているね」
暇なので床に寝そべっていると、小さな蜘蛛が飛び跳ねていた。ちょっとかわいい。
「ヒロシェさんヒロシェさん!」
「どうしたの?」
「ヒロシェさんに紹介したい人がいるのら!」 蜘蛛の指差す先には、握り拳大の大きな蜘蛛の姿が。
「君がヒロシェ君ね。娘から話は聞いているわ」
怖かったので窓を開いてお帰りいただいた。
「おらぁ道の邪魔やぞォ!」
「すいません」
「お前なにしとんねん?」
「いやぁ自転車に空気をいれていたら、キャップをどこかに落っことしちゃって」
「そいで地面に這いつくばってごそごそやっとるわけかいな」
「はい」
「ならワシもキャップ探すの、手伝ってやるわ」
「本当ですか」
「困ったときはお互い様じゃけんのう」
ガラは悪いが、心は優しいダンゴムシだった。まさにイケメンならぬ、イケムシ……イケチュウ?
「ぷーん」
「うざい」
ぱちんっ。
「ちっ、仕損じたか」
「危ないですねぇ」
「やかましい! ぶんぶんぶんぶんうるせぇんだよ!」
そんな俺の言葉に耳も貸さず、蚊は飛び回る。
「冷たいですね。これでもぼ」
ぱちんっ。
「ふぅ。やっと死んだか……って汚っ! 潰したときに手のひらに広がった俺の血汚っ!」
俺は手を洗いに洗面所に行った。
「やぁヒロシェ君」
「やぁゴキブリさん」
「こんなところで何をしているんだい?」
「手を洗いに来たんですよ。ゴキブリさんは?」
「見ればわかるだろう?ホイホイされたのさ」
見ると確かにゴキブリはゴキブリホイホイにホイホイされていた。
「……どんな気持ちですか。ホイホイされた気分は」
「意外と悪くないね」
「ホイホイされた以上、あなたに自由はありませんよ」
「それもまた一興」
「死ぬのは怖くないんですか」
「……怖くないと言えば嘘になる。でもね」
「でも?」
「死の向こうに何があるのか、それを考えているだけでワクワクしている自分がいるんだ」
「ワクワク?」
「そう。だから死ぬのは怖いけど、イヤじゃない」
「そうですか」
俺は手を洗い、洗面所を後にする。
蜘蛛だって
ダンゴムシだって
ゴキブリだって
みんなみんな
生きているんだ
友達なんだ