第16話:白い仔犬のポテンシャルと、母の眼差し
「ねえ、あなた。もう一回、さっきのやってみて」
私が裏庭の地面に座り込んだまま声をかけると、白い仔犬は『ワン!』と短く鳴き、トコトコと歩き出した。
ターゲットは、先ほど私が暴走させて粉々にしてしまった鉄スコップの破片。
仔犬がその前に立つと、瞳の青い石がすうっと輝く。次の瞬間、掃除機のように破片を体内に吸い込んだ。
(よし、今度はどうなる……?)
お腹の中でカシャカシャと金属の擦れる音が響く。今回は、さっきみたいにインゴットを吐き出す気配がない。
不思議に思っていると、仔犬の純白のボディに異変が起きた。
波紋が広がるように、白いセラミック調の肌が、一瞬で鈍く黒光りする「鉄」の質感へと染まっていく。
それだけじゃない。耳や背中のラインが鋭く尖り、まるで中世の全身鎧を身にまとったような、ガチガチの『装甲犬』へと姿を変えたのだ。
「……え!? 変身した!?」
横で見ていたシアが、思わず声を上げる。
驚いて私が仔犬の身体に触れてみると、そこにはひんやりとした、紛れもない本物の鉄の硬度と重量感があった。
『ワンッ!』
重厚な金属音の混じる鳴き声。仔犬がその場で足踏みをすると、地面の土がガチリと力強く踏み固められる。
そして数秒後、青い石が明滅すると、再び元の流線型の白いボディへと滑らかに戻っていった。
(なるほど……! この子の機能は素材の精製じゃない。体内に取り込んだ物質の特性を解析して、その姿や性質に『変身』することなんだ……!)
ただの可愛いマスコットを作るつもりが、とんでもないポテンシャルを秘めた変幻自在の魔導生命体を生み出してしまったらしい。
鉄でこれなら、もっと別の、例えば燃える鉱石や、ダイヤモンドみたいな硬い宝石を取り込ませたら一体どうなってしまうのだろう。
「あら? 裏庭で随分と賑やかなことをしているじゃない」
その時、家の勝手口からママが顔を出した。
街での大騒動(おむつ土像事件)のショックからようやく立ち直ったらしいママは、庭の様子を見て、ピキリと足を止めた。
ママの視線が、私の足元にいる白い仔犬へと注がれる。
その仔犬から漂う不思議な雰囲気を感じ取ったのか、ママの目がスッと細くなった。
「リリス、その子は……?」
「ママ、これ……あのね……」
言い訳をしようとした私の前を、仔犬が遮った。
仔犬は嬉しそうに尻尾を振り、トコトコとママの足元へ近づいていく。
そして、ママの目の前でわざとらしく、足元に落ちていた小さな鉄くずを『パクッ』と口に咥えた。
一瞬で全身を黒鉄の重装甲モードへと変身させ、ママを見上げて「どう?」とばかりに尻尾を振ってみせる。
『キュ〜ン……』
厳つい鉄の鎧をまとっているのに、上目遣いで甘えるような仕草。そのギャップが、計算され尽くしたかのように愛らしかった。
「……っ」
ママが息を呑む。
それまでの怪訝そうな瞳が、一瞬で揺らいだ。
「な、何よこの子……。今、鉄の鎧に変身したわよね……? 誰がこんな……って、まさかリリス、あなたが作ったの?」
ママの声が、興奮で少し震えている。
ママは片膝をつき、恐る恐る仔犬の頭に手を伸ばした。仔犬はすかさず元の白いボディに戻り、滑らかな頭をママの手のひらにすり寄せる。
「……信じられない。取り込んだ物質に擬態して、その特性を引き出すなんて。なんて賢くて、防犯にも役立ちそうな有能な子なの……!!」
(あ、ママ、防犯面で気に入ったなこれ)
がばり、とママは仔犬を抱きしめた。
ママは軽々と抱え上げて頬ずりをしている。仔犬も嫌がる風でもなく、ママの腕の中で嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り回していた。
置いてけぼりにされた私とシアは、顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
どうやらこの規格外の相棒は、我が家の絶対権力者であるママの心を、その愛らしさと「変身能力」という抜群の実用性で、一瞬で完全に掌握してしまったらしい。
ママは仔犬を抱っこしたまま、目を輝かせて私を振り返った。
「ねえリリス、この子の名前はもう決めたの!?」




