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貴方のコーヒー

作者: 七瀬涼夏
掲載日:2026/02/24

そのものが好きなのではなくて、好きな人が関係しているから、好きっていうものって、結構ありますよね。

 貴方はコーヒーが好きだった。初めて貴方の家に上がった時、喫茶店なのではと、錯覚を起こすくらい沢山の豆や、コーヒーカップ、コーヒーミルなどが並んでいた。貴方は私にコーヒーを淹れてくれたね。

「とっておきのコーヒーを淹れるよ。」

 なんて言ってね。とびきり苦くて、深みのあるコーヒーだった。とても美味しかった。

 あの日からたまに私もコーヒーを淹れてみるのだけれど、貴方ほど上手に入れられないの。薄かったり、苦いだけで深みがなかったり。

 でも貴方はお料理は苦手で、普段からスーパーのお惣菜や、冷凍食品を食べていたね。

 私が週に2回、ご飯を作りに行っていたね。何を作っても、褒めてくれて、嬉しかった。

 ご飯の材料を買いに行ったり、貴方がこだわっている、コーヒーを淹れる道具を買いに行ったり、あの時間が大好きだった。

 貴方の家のキッチンで、2人で過ごしたあの時間が、一生続けばいいのにと、本気で思ったこともあるよ。

 貴方は私の料理を、毎日食べていたいと言ってくれたね。私も、貴方のコーヒーを、毎日味わいたいよ。毎日違う味の美味しいコーヒーをね。

 あれから、何年か経って、私の部署は異動になって、会うことがなくなって、段々と疎遠になってしまったね。


 それからしばらくして、貴方から一通、封筒が届いた。結婚式の招待状だった。

「あの日よりも美味しい、一番のコーヒーをお淹れします。」


 私は結局、結婚式は欠席した。

 私以外が、貴方の淹れたコーヒーを飲んでいるところを見たくはなかったから。

 そして、貴方が他の女の隣で、コーヒーを淹れているところを、見たくなかったから。


 それから数日、久しぶりに彼からメッセージが届いた。

「久しぶり、元気ですか?てっきり、結婚式に来てくれるかと思っていたんだけど、忙しいみたいで、ごめんね。」

 文章とともに、画像も送られてきた。

 結婚式の集合写真だった。

 その画像がまた、私の心に苦味を足した。

 彼の隣にいる女は、とても綺麗で、私なんて足元にも及ばない。現実を突きつけられた気がした。じわじわと、泣きそうになるのを我慢する。

「結婚式の時、コーヒーを淹れようと思っていたけど、来なかったから、また時間ある時に家来て。難しかったら、そっちで淹れようか?」

 優しさが痛かった。私は彼のことを少し憎んでしまっているから。

「ありがとう、また時間が出来たら、行くね。」

 そうメッセージを送り、画面を閉じた。


 次の日、私は珍しく、お弁当を作らずに出勤した。お昼ご飯は社食で済ませようと思った。そんな事せずに、いつも通りお弁当を作っていれば良かったのに。

「あ、中山さん。」

 聞き覚えのありすぎる声に、私は思わず振り返った。

「高橋さん。お久しぶりです。」

 そこに立っていたのは、案の定、彼だった。私は会釈をして、昼食を選び始めた。

「中山さん、今日はお弁当じゃないだ。最近はずっとそう?」

 私の気も知らずに、話しかけてくる彼が、少し鬱陶しく感じたが、あの頃に戻れたような気がした。

「今日はね、お弁当お休みしたの。ちょっと寝坊して。」

 寝坊なんかじゃない、ただ、面倒だった。

「中山さんでも寝坊するんだ。ねぇ、昨日もメッセージで送ったけど、いつ暇?」

 数年ぶりの女に、こんなに馴れ馴れしく話しかけられるものなのか、と少し感心する。

「するよ。私も人間だもの。」

 食堂のメニューを見ると、美味しそうなご飯が、思っていたよりも安く食べられることがわかった。

「これオススメ、コーヒーに合うよ。中山さん好きだったでしょ。コーヒー。まぁ、中山さんなら、自分で作った方が美味しいかも。」

 メニューのサンドイッチを指で教えてくれた。

 左手の人差し指で。

 ちらりと見えた、シルバーに光る指輪。それを見た途端、あの頃には戻れないのだと、確信した。

 それに、私はコーヒーが好きな訳じゃないよ。貴方が淹れたコーヒーだから好きだったんだよ。

ちなみに私はコーヒーが苦手です笑。

是非感想待っております。

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― 新着の感想 ―
・七瀬涼夏さんの描かれる物語や文章がとてもきれいで、苦い経験をコーヒーと併せ進行していくセンスがとても好きなので、コメントしました。
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