貴方のコーヒー
そのものが好きなのではなくて、好きな人が関係しているから、好きっていうものって、結構ありますよね。
貴方はコーヒーが好きだった。初めて貴方の家に上がった時、喫茶店なのではと、錯覚を起こすくらい沢山の豆や、コーヒーカップ、コーヒーミルなどが並んでいた。貴方は私にコーヒーを淹れてくれたね。
「とっておきのコーヒーを淹れるよ。」
なんて言ってね。とびきり苦くて、深みのあるコーヒーだった。とても美味しかった。
あの日からたまに私もコーヒーを淹れてみるのだけれど、貴方ほど上手に入れられないの。薄かったり、苦いだけで深みがなかったり。
でも貴方はお料理は苦手で、普段からスーパーのお惣菜や、冷凍食品を食べていたね。
私が週に2回、ご飯を作りに行っていたね。何を作っても、褒めてくれて、嬉しかった。
ご飯の材料を買いに行ったり、貴方がこだわっている、コーヒーを淹れる道具を買いに行ったり、あの時間が大好きだった。
貴方の家のキッチンで、2人で過ごしたあの時間が、一生続けばいいのにと、本気で思ったこともあるよ。
貴方は私の料理を、毎日食べていたいと言ってくれたね。私も、貴方のコーヒーを、毎日味わいたいよ。毎日違う味の美味しいコーヒーをね。
あれから、何年か経って、私の部署は異動になって、会うことがなくなって、段々と疎遠になってしまったね。
それからしばらくして、貴方から一通、封筒が届いた。結婚式の招待状だった。
「あの日よりも美味しい、一番のコーヒーをお淹れします。」
私は結局、結婚式は欠席した。
私以外が、貴方の淹れたコーヒーを飲んでいるところを見たくはなかったから。
そして、貴方が他の女の隣で、コーヒーを淹れているところを、見たくなかったから。
それから数日、久しぶりに彼からメッセージが届いた。
「久しぶり、元気ですか?てっきり、結婚式に来てくれるかと思っていたんだけど、忙しいみたいで、ごめんね。」
文章とともに、画像も送られてきた。
結婚式の集合写真だった。
その画像がまた、私の心に苦味を足した。
彼の隣にいる女は、とても綺麗で、私なんて足元にも及ばない。現実を突きつけられた気がした。じわじわと、泣きそうになるのを我慢する。
「結婚式の時、コーヒーを淹れようと思っていたけど、来なかったから、また時間ある時に家来て。難しかったら、そっちで淹れようか?」
優しさが痛かった。私は彼のことを少し憎んでしまっているから。
「ありがとう、また時間が出来たら、行くね。」
そうメッセージを送り、画面を閉じた。
次の日、私は珍しく、お弁当を作らずに出勤した。お昼ご飯は社食で済ませようと思った。そんな事せずに、いつも通りお弁当を作っていれば良かったのに。
「あ、中山さん。」
聞き覚えのありすぎる声に、私は思わず振り返った。
「高橋さん。お久しぶりです。」
そこに立っていたのは、案の定、彼だった。私は会釈をして、昼食を選び始めた。
「中山さん、今日はお弁当じゃないだ。最近はずっとそう?」
私の気も知らずに、話しかけてくる彼が、少し鬱陶しく感じたが、あの頃に戻れたような気がした。
「今日はね、お弁当お休みしたの。ちょっと寝坊して。」
寝坊なんかじゃない、ただ、面倒だった。
「中山さんでも寝坊するんだ。ねぇ、昨日もメッセージで送ったけど、いつ暇?」
数年ぶりの女に、こんなに馴れ馴れしく話しかけられるものなのか、と少し感心する。
「するよ。私も人間だもの。」
食堂のメニューを見ると、美味しそうなご飯が、思っていたよりも安く食べられることがわかった。
「これオススメ、コーヒーに合うよ。中山さん好きだったでしょ。コーヒー。まぁ、中山さんなら、自分で作った方が美味しいかも。」
メニューのサンドイッチを指で教えてくれた。
左手の人差し指で。
ちらりと見えた、シルバーに光る指輪。それを見た途端、あの頃には戻れないのだと、確信した。
それに、私はコーヒーが好きな訳じゃないよ。貴方が淹れたコーヒーだから好きだったんだよ。
ちなみに私はコーヒーが苦手です笑。
是非感想待っております。




