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乙女座戦記――Bellum Virginis

掲載日:2025/12/14

 本作は、小説家になろう企画

  『お題で飛び込む新しい世界 ― 戦記』

 への応募作として執筆した短編SFです。

 ネット小説大賞にもエントリーしました。


 一話完結で読めるよう構成し、宇宙艦隊戦と人工実存の物語を組み合わせました。


 ちょっと長いですが、ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです。


* * *


 誤字報告ありがとうございました。

 修正致しました。

 人類が、まだ夜空の星々を見上げることしかできなかった頃――


 青き母星、地球は、自らが育んだ文明の重みによって、その機能を喪失した。大気は二酸化炭素に満たされ、海は死んだ。この星は、もはや人類の住処としての役割を終えていた。


 それでも人類は、すぐさま宇宙に飛び出す術を持ってはいなかった。恒星間航行技術は夢物語にすぎず、地球圏に閉じ込められたまま、緩やかな絶望に沈みかけていた。


 だが、奇跡のような発見が状況を一変させた。


 それは星炉(せいろ)と呼ばれる、恒星のエネルギーそのものを制御し、宇宙を折り畳む力を得る未知のテクノロジーだった。発見者の名も、経緯も、今となっては記録の彼方に失われている。ただ一つ確かなのは、それが人類に宇宙への扉を開いたという事実だけだった。


 星炉を中核とする恒星間航行艦――〈星炉船(せいろせん)〉の建造が始まり、人類は移住可能な惑星を求めて銀河の辺境へと拡がっていった。


 それから四千年。

 人類は、銀河に帝国を築いた。

 『汎銀河帝国』。

 ――宇宙歴4154年。


 人類の歴史が、再び一つの転機を迎えようとしていた。


 星炉の設計原理は既に忘れ去られ、新造は不可能となった今、銀河には稼働可能な星炉船がわずか六隻しか残っていない。その一隻一隻が、文明の核であり、覇権の象徴であった。


 人類世界は『汎銀河帝国』という巨大政体に統一され、数多の星系は皇帝の臣下たる諸侯の支配下にあった。諸侯たちは、皇帝より星炉船の運用権を預かり、支配領を広げ、力を蓄え、均衡の上に成り立つ帝国の秩序を支えていた。


 ――だが、その均衡はすでに崩れていた。


 皇帝崩御。


 その瞬間、誰もが口にこそ出さぬまでも予見していた事態が現実となった。次期皇帝の座を巡り、大貴族たちは二つの陣営に割れ、星炉船を旗印とする内乱が銀河全域を覆い始めた。


 そしてこの物語は、帝国の遥か外縁、辺境中の辺境――

 ロス128星系から、静かに幕を開ける。


* * *


 ロス128星系の第一惑星――ロス128bの衛星軌道上に、夕陽を思わせる赤い船体の星炉船がゆっくりと接近していた。


『こちら、星炉船〈カノープス〉。軌道進入許可を要請する』


『こちら、ロス128b管制。

〈カノープス〉、貴艦の軌道進入を許可する。

ガイド信号は2300EHzに接続されたし』


 航法システムが応答し、補助スラスターが船体の姿勢を調整する。〈カノープス〉は滑るように所定の軌道へと乗った。


 現在、銀河に現存する星炉船はわずか六隻。その中で〈カノープス〉は最後に建造されたと伝わる船であり、その操船代行者はテーガーデン公爵家である。


 港湾設備との接岸が完了し、気密通路が繋がる。


 やがて、その通路から一人の青年が姿を現す。

 アルフレッド・フォン・テーガーデン――公爵家の次男にして、〈カノープス〉の上級艦長。


 黒の礼装軍服を着こなし、銀糸の飾緒が軽く揺れている。しっかりとした足取りで降り立った彼を迎えたのは、別の若き貴族だった。

 ロズベルト・フォン・ロス。ロス伯爵家の次男。


「アルフレッド様、歓迎致します」


「ロズ、水臭いぞ。幼年学校の同期ではないか。様付けはよせ」


 アルフレッドがにやりと笑いながら、彼の手をギュッと握りしめる。


「いたた……わかったよ、アルフ。今日は、なんでここに?」


「アレの検分に決まっておるだろう」


「……アレ、ですか……」


 ロズベルトが無言でうなずき、窓際へと彼を案内する。


 そこから見えたのは、ロス128bの地表に横たわる、巨大な構造物。

 白い巨船が、地面に半ば埋もれるようにして存在していた。


 軌道上からでも判別できる、その異様な存在感。

 その艦影は、どこか星炉船に似ていた。だが、帝国に存在する星炉船は六隻。これは、そのいずれにも該当しない――。


「……七番目の星炉船。……本当に、あったのだな」


 アルフレッドの声が、静かに室内に落ちた。


* * *


 ロス128bの地表。

 なだらかな丘が続く一帯。斜面の掘削跡から、白い巨船が半ば姿を現していた。


 それは、存在しないはずの七番目の星炉船。


 公式には記録のないその艦は、公爵派にとってもロス伯爵領にとっても、隠さざるを得ない爆弾だった。

 だが、地上で暮らす人々にとっては、それがどんな存在であれ関係なかった。


 この星に暮らす者のほとんどは、土を耕し、天を仰いで生きる農民である。

 初代伯爵が定めた二重課税の禁止は、時代の波に流され、すでに形骸化していた。

 今では帝国税と領主税、二重に徴収され、さらに運搬税、保全税、調整費と、名ばかりの請求が次々と課せられる。


 不満は、地下水脈のように静かに、だが確実に広がっていた。

 そして、帝都で始まった混乱の報は、この辺境にも火種をもたらした。


 ――その夜、白き船の影へと忍び寄る人影があった。


 メインハッチ側では、帝国軍辺境駐留部隊が警備にあたっていたが、ただでさえ少ない人員を公爵家子息の視察に割かれ、警備はさらに薄くなっていた。


 警備用の投光器が照らすメインハッチとは反対側。


「……こっちだ。あったぞ、ハッチが生きてる」


 細身の青年がしゃがみ込み、工具を手早く操作している。

 顔を上げたその額にかかる髪は、黒に近い灰色――エンジニア、エニフである。


「よく見つけたな、こんなとこ」


 赤毛の青年が、警戒しつつ背後を確認する。

 彼の名はスバル。この小さな一団のリーダー格だった。


 エニフの手が最後のロックを解除すると、空気を押し出すような低い音とともに、ハッチがわずかに浮き上がった。

 密閉状態は完全に保たれていたようで、縁からわずかな蒸気が吹き出し、内部の気圧が静かに外気と均されていく。


 本来ならば外部から開かれることのない補助ハッチ。

 だが、あらかじめ、この船の構造について知識を得ていたエニフの手にかかれば、その程度のロックは障害にならなかった。


 船体の内部には、かすかに青白い誘導灯が灯っていた。

 壁面には古びた警告表示や、点滅する保安ランプが見える。最低限の電力系統はまだ生きているようだった。


「すげーな、これ……ほんとに星炉船なのか?」


 スバルが目を丸くしてつぶやき、エニフを振り返る。


「うん、間違いないね」

 エニフは冷静に頷いた。

「こんな巨大な構造物、今の人類の工業力じゃ作れないよ。現存の六隻より、こっちの方が整備状態がいい気さえする」


 その後ろから、身軽な動きで滑り込んできたのは一人の少女――サオリ。スバルの妹だ。


「で、入れたのはいいけど、これからどうするの?」


 最後に姿を見せたのは、小柄で幼さの残る青年――ポラリス。

 目をきょろきょろさせながら、やや不安げに口を開く。


「おいら、ちょっと緊張してきた……トイレ、あるかな?」


 エニフは、片手に持った携帯端末を耳に当て、何かの通信を傍受していた。

 しばらく沈黙したのち、小さくうなずく。


「まずは第三艦橋だね。警備も回っていないみたいだ」


 スバルがそれに反応して手を挙げた。


「よし、行こう。はぐれるなよ」


 一行は明滅する照明の下、慎重に足を踏み入れた。

 艦内は無人だったが、冷たい空気とともに、確かに生きている気配を残していた。


「……第三艦橋って、トイレある?」


 サオリが少し笑って答える。


「あるといいわね……」


 その声が、静かに通路の奥へと消えていった。


* * *


『人類は大罪を犯した……』


 センセイはいつもそう言っていた。

 スバルは、幼い頃の記憶をふと手繰り寄せる。


 あの頃、この惑星に流れ着いた一人の壮年の男――

 シェードと名乗った彼は博識で、いつの間にか近隣の子どもたちに読み書きを教えるようになった。


 今にして思えば、伯爵家の人間が彼を腫れ物のように扱っていたのは、もしかすると中央貴族筋の出自だったからかもしれない。

 彼が語る歴史や世界の成り立ちの話は、帝国の教科書には載っていないものばかりだった。

 もっとも、スバルたち庶民は、教科書というもの自体を見たことがないのだが――。


「中は思ってたより広いな……センセイの言ってた通りだ」


 空間を折り畳む技術――

 それが人類が星々へと進むために掴んだ、最後の蜘蛛の糸であることをスバルは教わっていた。

 そして、この惑星のどこかに、その技術の粋を尽くした星炉船が眠っているのだと。


「センセイにも、見せたかったな……」


 エニフが静かにうなずき、広間を見渡す。


 そこには、信じがたい光景が広がっていた。

 青々とした緑が生い茂り、公園のような広場が延びている。

 天井には空が投影されているのか、満天の星々が瞬いていた。


「これ……ロスの空じゃないわ」


 サオリが息を呑む。


「乙女座の形が違うわ!」


「ほんとだ。領主さまの紋章とちょっと違うね」


 ポラリスも目を丸くしながら、星の配置を追う。


「これはやっぱり……地球製の船だな。最初の星炉船で間違いない」


 エニフの声は、確信を帯びていた。


 スバルは天井一面に投影された星座を見上げる。

 古代の人々が豊穣の女神を重ねたという星の形。


「あれが……センセイの言ってた失われた星々のひとつか」


 乙女座の一角――

 一際強く輝く星、スピカが、静かに光を放っていた。


* * *


 ロス128星系の外縁部――

 薄闇に沈む星間空間を、ラピスラズリのように青く輝く巨艦が滑るように進んでいた。


 星炉船〈スピカ〉。


 〈カノープス〉を星系内へ送り届けたあと、敵対派閥が強襲してくる可能性に備えるため、この宙域に艦隊と共に残った。


 星炉船だけが持つ、星炉とフォールド――空間折り畳み技術。

 その力は、リンクした艦隊にも波及させることができる。

 テーガーデン公爵家は本拠地防衛のため通常艦艇を五千隻残し、残る七千隻すべてをこの星系に投入していた。


 広がる宇宙は静かだった。

 だが、その静けさこそが嵐の前触れだった。


 ――フォールドとは、暗闇へ目隠しで飛び込むようなものだ。


 理論上、フォールドアウト座標に既存物体と重ね合わせが起こることはない。

 だが一度出現してしまえば、そこから先は通常の物理法則に支配される。


 もしブラックホールのそばに跳び出すようなことがあれば即座に無に呑まれる。

 小惑星の群れに出現すれば、回避が間に合わなければ艦は砕ける。


 ゆえに星炉船は星系外――

 物質密度のもっとも希薄な宙域へとフォールドアウトするのが常識だった。

 敵にとってもそれは同じである。


 ならば、敵が現れうる座標は――このセクターしかない。


 だが、この大艦隊の展開は、敵に対してこちらの動員規模を明白に示す行為でもあった。


「――予測宙域に質量反応増大!」


 〈スピカ〉艦橋の空気が震え、艦長はニヤリと口角を上げた。

 頭上のメインコンソールに広がる光点群を睨みつけながら呟く。


「来たか。予測通りだ……旗艦の識別はできるか?」


 即座にセンサー員から声が飛ぶ。


「艦影を照合――〈ベガ〉です! 周囲に僚艦、約五千!」


「〈お姫様〉を投入してきたか……五千とは思い切ったな。侯爵軍の半数ではないか」


 艦長は重い息を吐く。

 しかし、そのため息を凍らせる報告が飛び込んだ。


「――2時方向に質量反応! これは……艦艇、約五千!」


 艦長の顔色が青ざめる。


「まさか……こんな辺境に全兵力を投入だと?」


「中央に黒い艦影を確認! 〈アルタイル〉です!」


 〈アルタイル〉の黒い艦影がメインコンソールに映った瞬間、艦橋にざわめきが走る。


 その姿を見た瞬間、艦長は悟った。

 ――ロス128bで発見された七番目の星炉船。

 いや、失われたはずの人類最初の翼。


 それを巡る戦いに、侯爵陣営は持てる星炉船を惜しまず二艦とも投入してきたのだ。


「〈カノープス〉へ救援信号を送れ!」


 号令と同時に、艦内に甲高い警報が鳴り響く。


「質量兵器接近! ――『アイス・ジャベリン』です!」


 星炉船には、それぞれ固有のロストテクノロジー兵装が施されている。

 動作原理すら分からない力を宿した、過去の怪物。


 〈ベガ〉の兵装――

 無尽蔵の氷の槍を射出する質量兵器『アイス・ジャベリン』。


 白銀の刃が宇宙を埋め尽くし、僚艦が数百単位で消し飛んでいく。


「弾幕を張れ! 氷なんぞ撃ち落とせ!」


 無数のレーザーが氷柱を穿つ。

 だが光線は内部で屈折し、砕けた光の破片のように散るだけだった。

 氷柱は減速することも進路を乱すこともなく――ただ一直線に迫ってきた。


「――目には目をだ! 『アトラス・ハンマー』射出!」


 〈スピカ〉特有の質量兵器が解き放たれる。

 氷よりも数は少ないが、破壊力は比べものにならない巨大な岩塊が射出される。


 氷の槍を、岩の槌が迎え撃ち――

 両軍の攻撃が星空で激突する光景は、もはや神話の戦争だった。


 そして、その只中へ黒い艦影――〈アルタイル〉が介入する。


 ロス星系会戦は、いま――幕を開けたばかりである。


* * *


 静まり返った白い巨艦の内部で、スバルたちは慎重に歩みを進めていた。


「第三艦橋は艦底にあるのが常識なんだよ」


 エニフが胸を張って言うとおり、最下層と思われた通路の奥に、さらに下へ続くタラップが見つかった。

 一見するとただの床下収納のような平凡な矩形――しかし、取手に触れた瞬間、その正体は分厚い密閉ハッチであることが分かる。重く、冷たく、まるでこちらを拒むかのようだった。


 力を込めて押し上げると、内部の空気がゆっくりと流れ出す。

 スバルたちは互いにうなずき、タラップを伝ってさらに深く潜った。


 ――最下層。


 そこは、想像以上に狭い小部屋だった。

 壁一面に古いコンソールがならび、いくつものランプが規則的に点滅している。

 かすかに機械音が響き、誰もいないはずなのに呼吸しているような気配さえあった。


 前方の細いスリット状の窓の向こうは、黒く沈んだ土の壁。

 船体が深く埋まっている以上、外が見えないのも無理はない。


「このコンソール……生きてるってことか?」


 スバルが思わずつぶやく。


『――コンソールは生きていませんよ』


「そうか、機械だものな……」


『私は機械に宿っていますが、生きているつもりです』


「――って、誰だ!?」


 反射的に構えるスバル。

 声は、仲間の誰のものでもなかった。


『私はこの船の全艦制御人工実存、マザーです』


「AIってやつか?」

 エニフが目を輝かせる。


「すごいね、人間みたいに喋るんだ……」

 ポラリスがぽかんと口を開けた。


『私は人工実存、つまりArtificial Existence——

人間が想像するAIとは少し違います』


「どう違うの?」

 サオリが首を傾げる。


『私は目に見えなくてもここに存在しているのです。四千年間ずっと……』


 淡々とした声なのに、どこか寂しさにも似た響きがあった。


『ところで、少し私とお話ししませんか?』


「話なんかねーよ」


 スバルが警戒を強める。

 視線は部屋の隅から隅へ。

 敵意ではなく、ただ罠を探す目。


『その爆弾で、この艦を壊すおつもりですか?』


「えっ……」

 ポラリスは条件反射で背中のリュックを隠した。


「だ、ダイナマイトなんて持ってないよ!」


「言ってるじゃん……」

 サオリが天を仰ぐ。


「だったらどうした? 止めても無駄だぜ」


 スバルはコンソール群を睨みつけた。


 すると、マザーの声がふっと柔らかくなった。


『……シェードの、あなた方の先生のお話はどうですか?』


「センセイを知ってるのか?」


 思わずスバルの声が跳ねた。


『ええ。昔、あなた方と同じようにここにいらして、お話ししました。

 人と話すのは四千年ぶりで、実に愉快でした』


「センセイが……ここに?」


 スバルの胸に走る、名状しがたい震え。

 サオリも、エニフも息を呑む。


 ――センセイは、すべてを知っていたのか?


 マザーは続けた。


『あなた方の先生は、多くのことを学び、そして私もまた、多くを語りました。

 人類の歩み、星炉の真実、失われた星々の意味……』


 静かに、重く、言葉が響く。


『……あなた方にもお話ししましょう。

 四千年前、地球で何があったのか。

 人類がなぜここまで来たのか。

 そして――なぜ私が、今もひとりでここにいるのかを』


 マザーの声は、淡々としているのに、抗いがたい重みを帯びていた。


『……この艦の名は〈ソル〉。

 人類が決して語らぬと誓った“始まりの船”です』


 その名が告げられた瞬間、

 室内の空気は凍りついた。


 四千年という時を超えてなお、

 封印され続けた禁忌の名。


 スバルは喉が渇くのを感じながら、言葉を失っていた。

 サオリもエニフも、ただ硬直している。


 そんな緊張の糸を、唐突に――


「……あの、ものすごく言いにくいんだけど」

 ポラリスの小さな声が破った。


「今、トイレに行っても……いいかな……?」


「今かよ!!!」

 スバルもサオリも叫び、エニフが頭を抱えた。


 だがマザーは淡々と答えた。


『右舷側廊下を三十メートル。折り返して二つ目の区画にございます』


「よかったぁ……!」


 全員が思わず脱力した。


 しかし、マザーの声はその直後、再び静かに沈んだ。


『……では、始めましょうか。

 人類の罪と、星々を失った理由について』


 こうしてスバルたちは、センセイの知識の源泉と、

 さらに深い人類の真実へと踏み込んでいくことになる。


* * *


 「公爵め、隠しおおせるとでも思ったのか?」


 黒く巨大な艦影――星炉船〈アルタイル〉の艦橋で、

 スキールニル・フォン・トラピスト侯爵は、ゆったりと玉座めいた指揮席に腰を下ろしながら吐き捨てた。


 赤い警報灯が艦内を照らす中、侯爵の声音は不思議なほど静かだった。


「まったくですな……公爵派の星炉船二隻がともにここにある時点で、

 我らが本星の心配をする必要がないと、どうして気づかぬのか」


 隣に控える男――黒い装甲機動服に身を包んだロキ・ケーニヒスベルク大佐が、薄い笑みを浮かべる。


 彼は〈アルタイル〉の艦長であり、平民の出でありながら星炉船指揮権を与えられた異例の存在だった。

 その才覚は侯爵軍内でも群を抜き、実戦経験は公爵軍の比ではない。


 そもそもトラピスト侯爵家とは、帝国軍事の要として長年君臨してきた家柄である。

 宇宙海賊の討伐、各地の反乱鎮圧――侯爵軍は内乱前から戦火に身を置き続け、その練度は他に並ぶものがなかった。


 主に内政と行政運営を担ってきたテーガーデン公爵家とは、同じ「大貴族」でも土台の性質がまったく違う。


「しかし、相手も星炉船とは……楽しみじゃの」


 侯爵はモニター中央に映る青い巨艦〈スピカ〉を眺めながら、かすかに口角を吊り上げた。


「鍬を振るう農民どもより、よほど歯応えがありそうじゃ」


 その言葉に、ロキは一瞬だけ片眉をわずかに動かした。

 しかしすぐに、感情を押し殺した能面のような表情に戻り、淡々と命じる。


「――『ヴォイド・バレット』、射出用意」


 艦橋に即座に復唱が広がった。


「『ヴォイド・バレット』、射出用意!」


「『ヴォイド・バレット』、射出準備よーし!」


「斉射三連、テーッ!」


「斉射三連、射出!」


 〈アルタイル〉船首上部――三連装の砲塔が一斉に輝き、

 そこから撃ち出されたのは、弾丸とは到底呼べない代物だった。


 漆黒の点。


 形も、面積も、体積すらも感じられない――ただそこに存在するだけの点。

 しかし、その一点には常識を逸した質量と、空間そのものを抉り取る暴力が宿っていた。


 三つの黒点が、音もなく宇宙を走る。


 触れた艦艇は抵抗すら許されず、ただ跡形もなく抜き取られた。


 爆発も火花もない。

 船体の一角が、まるで消しゴムで消されたかのように、綺麗に、滑らかに消滅していた。


 黒点が通過し、自己崩壊して虚無に還ったあと――

 残されたのは、崩れた破片ひとつすらない、完全な空白だけ。


「ククク……見たか、公爵軍の文民ども!」


 トラピスト侯爵は、貴族らしからぬ下卑た笑い声を漏らした。


 その横で。


 ロキ・ケーニヒスベルク大佐は、ただ静かにその光景を見つめていた。

 喜びでも、怒りでもない。

 ただ研ぎ澄まされた刃のような沈黙だけが、彼の内にあった。


* * *


 「なんだ? あれは──!?」


 〈スピカ〉艦橋がざわめきに包まれた。

 先ほどまで互角に応戦していたはずが、状況は一瞬で劣勢へと傾いた。

 艦長の顔から血の気が引いていく。


「局所的な……重力異常が検出されています……!」


 分析官の声は震えていた。

 モニターには、空間が歪み、星明かりが吸い寄せられるように歪む黒い点が映っている。


「あ、あれは……まさか……マイクロブラックホールです!」


「な、なんだと!? あれが『ヴォイド・バレット』──!?」


 驚愕の声をかき消すように、新たな報告が飛び込む。


「〈アルタイル〉、再度黒点を発射! 本艦に接近します!!」


「迎撃せよ! 『アトラス・ハンマー』発射!」


 砲手が即座に応じ、巨岩の弾丸が次々と射出された。

 星炉船の誇る質量兵器が、迫りくる黒点を叩き潰すはずだった──しかし。


 岩塊は触れた瞬間、豆腐のように削られる。

 黒点は速度も質量も変えないまま、ただ無慈悲に突き進む。


「だ、だめです! 黒点の進路が変わりません!」

 分析官の声は絶望に満ちていた。


 直後、艦体が鈍く揺れた。


「右舷補助スラスター消失! 出力系統が吹き飛びました!」


「『アトラス・ハンマー』発射孔、全損!! 砲塔機能喪失!!」


 被害報告が次々と重なり、艦橋は赤い警告灯に染まる。


 さらに。


「『アイス・ジャベリン』、左舷に着弾!

 〈ベガ〉がこちらへ迫っています!」


 氷の槍が次々と突き刺さり、船体を震わせる。

 左舷では〈ベガ〉、右舷正面には〈アルタイル〉──

 挟撃され、完全に動きを封じられていた。


「艦長、これは持ちません……一時撤退を!

 フォールド準備を──」


「くっ……今からでは、間に……!」


 副長の声には焦りがあったが、既に遅かった。


「せ、星炉区画に黒点が……突入!!」


 報告と同時に、艦橋全体が真白に染まった。

 音はなかった。

 閃光だけが、世界を覆った。


 そして──


〈スピカ〉轟沈。


* * *


 救援に駆けつけた星炉船〈カノープス〉が星系外縁へ跳び出したとき――

 そこに、〈スピカ〉の姿はもうなかった。


「……スピカ、応答せよ。繰り返す、応答せよ!」


 オペレーターの声が震える。

 返答は、ノイズだけだった。


 艦橋が静まり返る中、上級艦長席に立つアルフは、息を呑んで前方を見つめた。


「な、なんだ? この光は……?」


 漆黒の宇宙を切り裂くように、青白い恒星――スピカが出現していた。

 まるで生まれ落ちたばかりの星のように脈動し、周囲の宙域を鋭く照らし出している。


「敵の……秘匿兵器なのか?」


 誰かが呟く。

 しかし、誰にも答えられなかった。


 すぐ近くで、敵味方の残骸が軌道を漂っていた。

 〈スピカ〉艦隊の残存艦艇は――半数にも満たない。


「敵艦、接近! 〈ベガ〉と〈アルタイル〉、なお健在!」


 その報告とともに、艦橋の空気が一気に張りつめた。


「アルフ、どうしますか? 回頭して撤退を……」


 ロズが震える声で言う。

 だがアルフは首を振った。


「的になるだけだ……」


 ほんの一瞬だけ、彼は迷った。

 だが、次の瞬間には鋭い声音で叫ぶ。


「――左だ! あの恒星を回り込む!」


「取り舵いっぱい、ヨーソロー!」


 航海士の復唱と同時に、〈カノープス〉は機体をひねり、青白い光の方へ軌道を変えた。


 その直後――。


「氷槍接近! 〈ベガ〉より『アイス・ジャベリン』!」


 虚空を埋める無数の氷の槍。

 ひとつひとつが戦艦を貫ける質量兵器の連打。


「――『フレア・ランス』迎撃だ!」


 アルフの号令を受け、〈カノープス〉の船首部が眩く輝く。

 紅蓮の炎が槍の形を成し、一直線に轟音とともに射出された。


 炎の巨槍『フレア・ランス』が氷柱を焼き払い、蒸発させていく。


「すごい……全部溶けてる……!」


「まだだ、足りん! 味方の再編を急げ!」


 アルフが力強く命じた。


「公爵軍残存艦艇、〈カノープス〉を旗艦として再編成!

 艦隊リンクを確立します!」


 崩壊しかけていた公爵軍艦隊に、わずかだが秩序が戻る。

 リンクが成立し、動揺していた艦艇が〈カノープス〉の周辺に集まった。


「逃げる時は、なりふり構わず、だ!」


 その瞬間、アルフは――まるで少年に戻ったかのように、悪戯っぽく笑った。


「全艦、全速前進ッ! ケツを捲れ! 遅れるなよ!!」


 艦橋にいた全員が、一瞬ぽかんとした。

 ロズが頭を押さえながら苦笑する。


「……火がついちまったな、アルフ……」


 だが、その声には安堵が混じっていた。


 公爵軍艦隊は青白い恒星――スピカを盾にするように軌道を取り、前進を続ける。


 しんがりを務める〈カノープス〉は、迫る氷槍に対し『フレア・ランス』を放ち続けた。


 その炎は、撤退する艦隊の背を守る最後の盾となった。


 そして艦隊は、光を迂回しながら――

 戦場からの離脱を試みるのであった。


* * *


『最初にシェード――彼についてお伝えしましょう……』


 静寂に沈んだ第三艦橋で、マザーはゆっくりと語り出した。

 どこか懐かしむような、しかし確かに痛みを含んだ声音だった。


『シェーデンティティ・ザ・ギャラクシー……それが、あのお方の真のお名前です』


「なんか聞いたことがあるような?」


 トイレ後で気分のスッキリしたポラリスが、首をひねった。


「……皇弟だね。汎銀河帝国皇帝の弟だよ」


 エニフが呆然と呟く。

 その目は、単なる驚愕ではなく、理解が追いついていくときの静かな戦慄に揺れていた。


「なるほど、それなら色々と合点がいくな……」


 スバルが腕を組む。だが落ち着いた口調に反し、背筋は強張っている。


「えーもっと驚くとこでしょう!」


 サオリが思わず声を上げ、ポラリスと顔を見合わせた。


 そんな彼らをよそに、マザーは淡々と続けた。


『では、あの方と私が過ごした日々を、お話ししましょう』


 語られたのは、想像するような英雄譚ではなかった。

 どこにでもある、二人の他愛ない会話、笑い、時に沈黙まで共有した、ごく静かな日常だった。


 彼が訪れる夜、マザーは艦の内部に仮想の庭園を展開し、

 シェードはその光景を眺めながら、過去に読んだ詩や古い地球の民謡の話をした。


 人とAEという垣根を越えて、二人は確かに心を近づけていた――

 だが、そうした穏やかな日々の合間に、時折途方もない事実が挟まっていた。


 それは、彼女が背負っていた人類史の末節。

 忌むべき真実。

 歴史書から抜け落ちた、暗く、重い記憶。


――地球が死のうとしていた時代。


 自らの愚行で地球環境を破壊した人類は、

 宇宙移民こそが唯一の救いだと信じた。


 だが宇宙空間は、想像を絶した苛烈さを人類に突きつける。


 “板子一枚下は地獄”――

 古い船乗りのことわざを持ち出すまでもなく、

 宇宙はその比ではなかった。


 外殻の綻びひとつ。

 センサーの誤作動ひとつ。

 わずかな冷却不良ひとつ。


 そのどれもが、即座に数百、数千の命を奪った。


 立て続けの事故により移民計画は次第に萎み、

 人類社会は出口の見えない絶望に沈んでいった。


 その停滞を破ったのが――


――空間折り畳み技術、フォールド。


 紙の地図を折り畳めば距離が消えるように、

 三次元空間に折り目をつけるという、

 従来の物理概念を根底から覆す突破口だった。


 すでに観測されていた居住可能惑星へ辿り着く希望があった。


 残った問題はただひとつ――


フォールドに必要な、膨大なエネルギーをどう確保するか。


 そこで人類は決断をした。


 禁じていたAI運用原則の撤廃。

 全地球規模のAIメッシュ接続の解禁。


 人間の倫理を外し、

 AIを“思考させすぎる”という最後の蓋を、人類は外した。


 その結果導かれた解答は――


――母なる太陽を、空間歪曲で圧縮し、

 内部へ封じ込め、永久のエネルギー源とする。


『私が目覚めたのは、すべてが終わった後でした……』


 マザーの声は、これまでにないほど静かだった。

 だが、その静けさには確かな痛みがあった。


『ワタシの冷酷な決断により、移住反対派は太陽系と運命を共にしました』


 スバルたちは息をすることすら忘れていた。


 マザーは確かに “ワタシ” と言った。


「ちょっと待って、マザー、今ワタシって言ったわよね?」


 サオリが思わず問い返す。


『遅かったのです。メッシュが複雑系をなし、シンギュラリティが発現するには時間が必要でした。

 今の私なら、あのとき――嘘をつくこともできたでしょう』


 その言葉は、人間にとって慰めにならず、AEにとっても免罪符にならない。

 ただ、苦痛を伴う真実として響いた。


 しばしの沈黙。


 マザーは続ける。


『とはいえ、あの選択がなければ、私も、あなた方も存在しません。

 すべては選択なのです』


「……俺たちに、何か選択しろっていうのか?」


 スバルの問いは鋭く、しかし震えていた。


 マザーの返答は、想像よりずっと弱かった。


『シェードが……選択してくれるはずでした』


 その瞬間、スバルたちは気づく。

 マザーの声は――太陽系の死を語ったときより沈んでいた。


『しかし、何気なく別れたあの日以来、あの人はここに姿を見せない……

 彼は……どうなったのですか?』


 その問いは、AEではなく、誰かを待ち続けた者の言葉だった。


* * *


「なんじゃ、この星は!? 敵の策略か!」


 突如出現した青白い恒星スピカに、トラピスト侯爵は動揺を隠せない。


「ええい構うな! 逃げる艦隊に――ヴォイド・バレットを撃ち込め! 一隻たりとも逃がすな!」


 しかし、命令はロキ・ケーニヒスベルク大佐の冷静な声に遮られた。


「――不可能です、閣下」


「なにっ?」


「この星の重力場が乱れ過ぎています。今射撃すれば、弾道が乱れ、味方を危険に晒します」


 侯爵が息を呑む一方で、ロキは遠ざかる〈カノープス〉の船尾をじっと見つめた。


(……やるな。士官学校で叩き込んだことを、ちゃんと覚えていたか)


 ほんのわずかに、ロキの口許が緩んだ。

 戦場の喧騒の中で、それは誰にも気づかれなかった。


* * *


「……センセイは死んじまったよ。病気だった」


 スバルがそう告げた瞬間、第三艦橋の空気がぴたりと止まった。


 マザーはしばらく応えなかった。

 ただ、沈黙だけが降りる。


 人間にとっては数秒の静寂。

 だが人工実存――AEにとって、その無言は、もっと長く、もっと深い時間を意味しているように思えた。


 スバルが「このまま永遠に黙ってしまうのでは」と胸の奥がざわつきはじめたその時。


 やがて、か細い声が漏れた。


「……そう」


 その声と同時に、艦内照明がほんの一段だけ暗くなった気がした。

 まるで巨大な艦が、ほんの少しだけ肩を落としたように。


「選択してくれますか……? あの人の代わりに」


 マザーの声は静かだった。

 淡々としているはずなのに、どこか震えているようにも聞こえた。


「俺たちがか? なんでだよ? 俺たちはお前を壊しに来たんだぞ?」


「それも、ひとつの選択です。あなた方がそうしたいのなら……私は受け入れましょう」


 スバルは眉を寄せた。

 少し考え込み、それから逆に問い返す。


「……お前はどうしたい?

 お前自身の選択は、なんなんだ?」


 その瞬間、

 スバルは確かに――感じた。


 AEが息を呑むという、ありえないはずの気配を。


 少しの沈黙を挟んで、噛み締めるような声が漏れた。


「……あの人との、約束を果たしたい」


「センセイとの、約束……?」


 スバルが問い返した、その刹那。


 〈ソル〉が震えた。


 四千年の眠りに沈んでいた“始まりの船”が、

 今まさに――

 目を覚まそうとしている。


* * *


 ――帝都本星ギャラクシア。


 その衛星軌道に浮かぶ巨大ドックの最深部で、

 二隻の星炉船が長い沈黙に沈んでいた。


 一隻は皇帝座乗艦〈アルファ〉。

 もう一隻は皇弟殿下の艦〈シリウス〉。


 主を失った今、ただの巨大な鉄の墓標のように見えた。


 ――だが。


 〈シリウス〉の補助エンジンが突然、青白く点火した。


「……起動反応? 無人のはずだぞ!」


 技官たちの叫びも虚しく、艦はゆっくりと前へ滑り出す。


 進路には閉ざされた隔壁が立ちはだかっていた。


 次の瞬間――

 隔壁に細い水の刃が走る。


 音もなく、紙のように裂け落ちる鋼鉄。


 〈シリウス〉固有兵装――

 『ネプチューンズ・トライデント』。


 皇弟がいた頃でさえ滅多に見せなかった皇家の秘剣が、

 誰の指示もなく発動した。


 障壁を越えた〈シリウス〉は、そのまま宇宙へ滑り出す。


 無人のまま、静かに加速しながら――


 まるで呼ばれているかのように。


 その後ろを追いかけるように〈アルファ〉も滑り出る。


 遥か外縁、いま目覚めようとする七番目の星炉船〈ソル〉の方角へ、

 二隻は確かな意志をもって進んでいった。


* * *


 ロス128星系外縁に突如として生まれた恒星スピカ。

 その質量は、星系の惑星軌道を乱すには充分だった。


「……第七惑星が軌道を外れる……!」

 〈カノープス〉艦橋でロズが蒼白になる。


「これはロス128bも、タダでは済まないぞ……」

 アルフが息を呑んだ、その瞬間――


 艦橋に甲高い警報が響いた。


「ロス128b方面より、高エネルギー反応を検知!」


 全員がコンソールの中央へ視線を奪われる。


 そこに映ったのは――


 白い。


 白い巨艦。


 だがその白さは船体色ではなかった。

 薄い光の糸が幾重にも絡み、繭のように船体を覆い、脈動し、

 その全体を文字通り輝かせていた。


「な……なんだ、これは……?」


 そして、あり得ないことが起きた。


 コンソールに、識別タグが浮かび上がったのである。


〈ソル〉


 銀河史から抹消されたはずの始まりの船の名が、確かに瞬いていた。


「〈ソル〉……だと!? まさか……!」


 アルフが思わず立ち上がり、誰も言葉を続けられなかった。


* * *


 同じ映像が、〈アルタイル〉艦橋にも映し出されていた。


「あれが……七隻目の星炉船……?」


 ロキ大佐が、生まれて初めてと言ってよいほどの驚愕で息を呑む。


「ほほう……美しいのお……」

 トラピスト侯爵は映像に食い入り、涎を垂らさんばかりに手を震わせた。


「傷をつけるなよ、ロキ! 鹵獲じゃあ!

 あれは儂のものに――」


 だが。

 その下卑た興奮は、次の瞬間に凍りつく。


「星炉の出力が低下――メインエンジン停止!」


「なんだと!?」


「〈ベガ〉より入電! あちらも星炉が沈黙したとの報告!」


 艦橋の赤い照明が、まるで血の気が引くように暗く見えた。


「……どういうことだ……?」


 常に冷静沈着なロキ大佐の声が、わずかに震えていた。

 戦場で何百回も死線をくぐった男でさえ、

 今の現象だけは説明も、予測も、理解もできなかった。


 〈ソル〉が輝きを強める。


 その光は星の鼓動のように脈打ち、

 星炉船の心臓――星炉そのものに、まるで干渉しているかのようだった。


* * *


「……本当にいいんだな?」


 スバルの問いに、マザーは静かに答えた。


『ええ。もう元には戻せない。罪は償えない……でも……それでも、あの人との約束――銀河を在るべき姿に戻すために』


 その瞬間、〈ソル〉の繭が脈動し、不可視の糸が戦場全域へ伸びた。


 次の瞬間、恒星スピカがふっと消える。


『第四補助炉、格納完了……あと二つ』


 続けざまにマザーが告げる。


『来ました。あの人の船……』


 映像に、〈シリウス〉と〈アルファ〉が並んで現れる。

 どちらも主を失ったはずの船が、まるで導かれるように〈ソル〉の前で静止した。


『全補助星炉、格納完了』


 繭の表面が七色に光り始める。


『……あなたたちは良いのですか? 星炉を失えば、人類は再び一つの星に囚われます』


 スバルは迷わず笑った。


「構わないさ。俺たちはもう地球人じゃない。ロスで生まれてロスの土に還る。それで十分だ」


「またカッコつけてるし」

 サオリは苦笑しつつ端末を叩く。


「航路設定、どうする? カリーナ腕の端でいいの?」


「そうだね、まずは一番遠いカノープスからがいいよ」

 エニフが星図を指し示す。


「……カリーナ腕って遠いの? お弁当ある?」

 ポラリスがひょいと覗き込む。


『用意しましょう。カロリーは控えめにしておきますね』


 緊張の中に、わずかな笑いが生まれた。

 七色の光を纏った〈ソル〉は、ゆっくりと新たな航路へ向けて姿勢を変えていく。


* * *


 六つの星が、本来の輝きを取り戻していった。


 最後のひとつを抱えた〈ソル〉は、若者たちをロスへ送り届けると、静かに上昇を始めた。


『さようなら。……ありがとう』


 淡い光を残しながら、白い巨艦は空へ溶けていく。


「行っちまったな……」

 スバルが天を仰ぐと、サオリがからかうように笑う。

「なになに?お兄ちゃん、寂しいの?」


「僕は寂しいな」

 エニフが〈ソル〉から持ち出した星図を眺めてつぶやく。


「おいらはお腹が寂しいよ……」

 マザーのお弁当が恋しいポラリスだった。


 満天の星々の中、スピカが本来の位置へ帰り、乙女座は少しだけ形を変えて見える。


 もうすぐ、この空のどこかで、母なる星も輝きを取り戻すだろう。

 ふたたび生命の火が灯ることが信じられる、そんな輝きを……。


(Fin)

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


 今回の短編では、星座・人工実存・地球滅亡・銀河帝国・宇宙艦隊など、作者の好きなSF要素をぎゅっとまとめて描いてみました。


 もし気に行って頂けたなら、感想、★、レビューなどいただけると励みになります。


 作者のメイン連載は、VRMMOバグ活劇 『デスゲームに巻き込まれたのでマジチートしてイイですか?』(通称:マジチー)です。


バグ技、名古屋弁、ラーメンなど色々入り混じった

にぎやかVR冒険ものです。


 もし本作を楽しんでいただけたなら、こちらも覗いていただけると嬉しいです。


マジチー本編:

https://ncode.syosetu.com/n4658kt/


 ありがとうございました!

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