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輝く朝日の中で……

作者: 星賀勇一郎
掲載日:2025/10/14






「来たか、ラグビー部」


爺さんはそう言うと俺の肩を力いっぱい叩いた。

その音に婆さんは目を丸くしていた。


本家の爺さんに呼び出され、俺は久しぶりに帰郷した。


博多駅から更に二時間以上かかるこの町は、時間が止まっているかの様にも思える程、昔のままだった。


「大婆ちゃんがね、金毘羅参りしたかって言うとらすとよ……」


婆さんは俺の前にお茶を出しながらそう言った。


大婆ちゃんとはひい婆さんの事で、御年百を数える。


「金毘羅参り……。あの山の上のね」


俺は窓から見える金毘羅さんを見ながら訊いた。


「ばってん、大婆ちゃん登れんやろうもん……」


「だけんが、お前ば呼んだったい」


爺さんはニコニコしながらお茶菓子を手に取った。


「流石の俺も、大婆ちゃんば背負って、あん山ば登ったら次の日立てんやろうけんな」


そう言うと大声で笑う。


正しい孫の活用法か……。

いや、大婆ちゃんからしてみると曾孫か……。


俺の顔は引き攣っていたに違いない。


「まあ、ちょっと階段は険しかばってん、百段ばかしやけん、お前なら軽いモンたい」


確かにラグビー部の合宿で先輩を背負って何キロも走らされたりする事もあった。

しかし、それは学生時代の話で、社会人になってもう何年も経つ俺の足腰が何処まで信用できるモノなのか、自分自身でも不安は尽きなかった。


「百段参りって言うてね、年寄りでも毎日登らす人もおらすくらいやけん、アンタなら大丈夫たい」


婆さんも無責任な事を言う。


俺がこの町を出たのは小学生の時で、それまではこの何にもない町で楽しく暮らしていた。

親父が転職するにあたって、遠縁の親戚を頼り関西に引っ越して、もう二十年近く経つ。


「近所でも、俺がおんぶして登っちゃろうって人がおらすとばってん。大婆ちゃんがね、雅人に頼めって言わすけん」


俺は渋い顔をして頷く。


確かに七十を超えた爺さんにはキツイ話だろう……。


「わかったけん……、登る登る……」


俺はそう言うと立ち上がった。


「その大婆ちゃんに挨拶してくる……」


爺さんも一緒に立ち上がって奥にある大婆ちゃんの部屋の戸を開けた。


「婆ちゃん、雅人の来たばい」


爺さんは大声で大婆ちゃんに言う。


電動ベッドのリクライニングを自分で起こしながら大婆ちゃんは、


「耳は悪うなかけん、聞こえとる」


そう言った。


俺はベッドの傍まで行き、


「元気にしとったね」


と大婆ちゃんに声を掛けた。


「元気かどうかわからんばってん、まだ生きとる」


そう言うとニヤリと歯を見せて笑った。


「きつかったね……。こげん田舎まで呼んで」


「何ば言いよっとね……。新幹線も早うなったけん、すぐたいね」


俺はベッドの脇に膝を突いた。

言っておくが俺の九州弁も怪しい。

もう関西人として生きた年数の方が長くなったモンで……。


思ったより元気な大婆ちゃんを見て、俺はほっとした。


「なら、金毘羅さん、明日行こか……」


俺は大婆ちゃんの手を握った。


「ああ、明日の朝、頼むね」


大婆ちゃんは嬉しそうだった。


爺さんの話によると、金毘羅さんというモノは夜明けにお参りするモノらしい。

大婆ちゃんはどうやら、その夜明けにお参りしたいと言っているそうだ。


その日は爺さんが釣って来た魚をたらふく食べ、客間に婆さんが敷いてくれた蒲団に横になった。


俺がここで暮らしていた時と比べると、風呂も新しくなり、トイレも洋式の水洗トイレになっている。

もちろんテレビもでっかい液晶テレビでケーブルが引かれているらしく、思ったよりも近代化していた。


蒲団に横になり、携帯電話を触っていると、爺さんが去年漬けたという梅酒を持ってやって来た。


「お前、飲めるっちゃろ……」


嬉しそうにそう言うと蒲団の脇に座った。


「飲めるばってん。明日、大婆ちゃん落としたらいかんけん、少しだけね……」


爺さんは梅酒のグラスと一緒にカワハギのつまみを出す。

二人でそれを食べながら梅酒を飲んだ。


「もう何年になるとかな……」


爺さんは俺がこの町を出て行ってからを訊いているのだろう。


「俺が十歳の時やけん……十七年かな……」


「もうそげんなるとか……早かね……」


考えてみると小学校に入る時にこの家に来て、十歳で出て行っている。

そう何年もこの町で暮らした訳じゃないのだが、やっぱり俺の田舎と言われるとこの町だった。


「若か奴は、皆、出て行ってしまうけん、こん町は年寄りばっかりたい」


俺は頷いて梅酒を口にした。


「仕事んなかけん、仕方なかとばってんね……」


そんな話を聞くと寂しくなった。

あの頃の友達も殆どがこの町を出て行ってしまっている。

田舎と言われるところは何処もそんなモンかもしれない。


「お前ん来るって言うて、大婆ちゃん楽しみにしとったっつぉ。大婆ちゃんだけじゃなか、俺も、婆ちゃんもな」


俺は微笑んで、部屋の中を見渡す。

昔と何も変わらない部屋だった。


梅酒を飲み終えると爺さんも寝ると言い出て行った。

耳を澄ますと家の前の浜に打ち寄せる波の音が聞こえた。


俺はその波の音をずっと聞いていた気がする。

眠った感覚も無かった。

眠ってしまうのがもったいない気がしてならなかった。


でも、いつの間にか眠っていたのだろう。

朝早くに婆さんの声がして目を開けた。


「雅人……。そろそろ起きろ……」


俺は不思議と目が覚めた。


「朝飯、食うやろ……」


俺はなかなか起きない頭を振りながら身体を起こし、蒲団を半分にたたむと部屋を出た。


「昨日の鯛の刺身ば「漬け」にしたけん、鯛茶漬けば食わんね……」


テーブルに着くと、朝一番から豪勢に鯛茶漬けが出て来た。

炊き立てのご飯に一晩醤油に漬けた鯛の刺身を埋める。

ご飯の熱さで一瞬で鯛の漬けが白くなり、それに更に熱いお茶をかける。

店で食べると出汁をかけるが、うちの田舎はお茶をかける。

それくらいの方がしつこくなくて良い。


婆さんが漬けた漬物と梅干が小皿で出て来た。

懐かしい味だった。


この町にいた頃は、毎日魚を食べさせられてウンザリしていた。

ハムでも良いから肉が食いたいって思っていたが、それが如何に贅沢な話だったかを都会で思い知らされた。

朝から鯛茶漬けを食っている奴もそうはいまい……。


「大婆ちゃんは……ご飯は……」


俺は婆さんに訊いた。


「大婆ちゃんは毎朝、ハムエッグとトーストば食わすとよ」


なんか拍子抜けしたが、それが長生きの秘訣なのかもしれない。


「さあ、食い終わったら行くけんね……」


そう言う爺さんに頷き、鯛茶漬けをかき込んだ。

 





ベッドで着替えを済ませた大婆ちゃんを背負って、爺さんの車に乗せた。

記憶よりも軽い大婆ちゃんだった。


「寒くなかね……」


そう訊くと大婆ちゃんはただニコリと笑った。


車の傍で爺さんがタバコを吸っていた。

俺が爺さんの横に立つと、爺さんは俺にタバコを差し出す。


「吸うね……」


俺は無言でタバコを受け取ると一本咥え、火をつけた。

そしてタバコとライターを爺さんに返すとまだ明けない空に向かって煙を吐いた。


「軽かったろうが……大婆ちゃん」


爺さんが小さな声で言う。


「うん……」


俺はインクの様な波が浜に打ち寄せられるのを見つめた。


「あげん軽いっちゃけん、俺でもおぶって金毘羅さんくらい登れるとよ……」


爺さんはニヤリと笑って俺を見てた。


「ばってん、大婆ちゃんがお前におぶって欲しいって言うたとよ……」


曾孫の中でも俺が一番、大婆ちゃんに面倒を見てもらった。

俺の中にも大婆ちゃんとの思い出は沢山ある。

同じように大婆ちゃんの中にも俺との記憶は沢山あるのだろう。


「大婆ちゃんさ、もう長くないとよ……」


俺は爺さんの横顔を見た。


「どういう事……」


もう百歳になっている。

長くないと言われてもピンとは来ない。


「もう腎臓がダメらしか……。腎臓やられると途端に身体のきつくなるけんね……。大婆ちゃんもそれがわかっとるっちゃろう……」


俺は急に胸の奥が熱くなるのを感じた。


「そうね……」


俺はそれだけ言うのが精一杯で、それ以上言葉を発すると涙が出そうになる。


「だけんね……」


爺さんは俺の背中を叩く。


「大婆ちゃんの最後の願いたい。前から言うちょったとよ。お前が小さい頃に、お前の手を引いて金毘羅さんに登った事があるって……。もう一回、そればしたかっちゃろうね」


爺さんはそう言って笑った。


「頼んだけんね……」


爺さんはタバコの吸い殻を灰皿代わりの空き缶に入れて俺に渡した。

そして車に乗り込んだ。


俺は暗い海を見ながらタバコを吸った。

命が終わる。

そんな事など考えずに日々を生きている。

俺はそんな大婆ちゃんにどんな言葉をかければ良いのか、まったくわからなかった。


「雅人、行くばい」


窓を開けて爺さんが言う。

俺は返事をして車に乗り込んだ。


「百段参りなんて二十年はしちょらんね……」


後部座席で大婆ちゃんが言う。


「俺ももう長い事行っとらんもん」


爺さんは田舎の細い道をゆっくりと車を走らせながら言う。


金毘羅さんは家から漁港をクルリと半周回った辺りにある。

階段の下まで車で行くことが出来るので、歩く事も無い。


「大婆ちゃんはね、あん金毘羅さんで大爺ちゃんにプロポーズばされたって言うとらしたとよ」


婆さんが身を乗り出してそう言う。


「馬鹿、そげな恥ずかしか話はせんでよか」


大婆ちゃんが声を荒げたのを聞いて皆で笑った。


漁港の湾と言っても小さな漁港で五分もあれば金毘羅さんの麓に到着した。

東の空が白くなって来ていた。


俺が大婆ちゃんを背負うと、婆さんが大婆ちゃんの肩からジャンパーをかけた。


「俺と婆さんはここで待っちょくけん……」


俺は爺さんと婆さんを見て微笑んだ。


「わかった……」


背中が大婆ちゃんの体温で温かかった。


「階段の数ば数えながら登るとぞ……」


背中でそう言う大婆ちゃんの吐息が首筋に吹きかかる。


「わかっとる……。前もそげん言うとったもんね……」


大婆ちゃんはニヤリと笑った。


「覚えとったか……。よう出来た曾孫じゃな」


大婆ちゃんは旅行にでも行くような喜びようだった。


「じゃあ、行ってくるよ……」


俺は爺さんと婆さんを振り返った。

二人も微笑んで俺と大婆ちゃんを見ていた。


ゆっくりと石の階段の前に立つ。


「さあ、行くばい……」


俺は大婆ちゃんに言った。

大婆ちゃんは頷いて俺にしがみ付いた。


「ゼロ……」


俺は階段の前に立ち、そう言う。


「大正八年生まれ……ちょうど今から百年前にオイは生まれた……。生まれたとはこん町から少し離れた町ばってん……。ここと一緒でなんもなか町やったとよ……」


俺は小さな声で話す大婆ちゃんの声を聞きながら一段、階段を上った。


「一」


俺は両足を一段目に上げて言う。


「記憶にもなかばってん、オイの親父は山で薪になる木を取って来て売り寄ったらしか……。貧乏で、明日の飯ばどうするかって話ばいつもしよったらしか……」


「二」


「まだまだ、なんもなか時代やったとたいね……」


「三」


大婆ちゃんは黙って息を吐いた。


「四」


「四歳の時、関東で大きな地震のあったとよ……。親父がその地震の復興の作業員として一人で汽車に乗って行った。それば駅まで送って行ったとば覚えとるたい……」


何度も聞いた話だった。

しかし大婆ちゃんが記憶の中で自分の人生を振り返っているのを邪魔しようとは思わなかった。


「五」


「六」


俺は黙っている大婆ちゃんを気にしながら階段を上る。


「大正が終わって昭和になった年たいね……って言うても、昭和元年は一週間しかなかったとばってんね……」


「七」


「八」


「八歳の時、親父がひょっこり帰って来たとよ……。震災復興の後、色々な工事現場で働いて、ようさん金ば持って帰って来た。それで小さいばってん家ば建てらしたとよ……」


「九」


「九歳の時、ラジオが家に来たとよ……。あげな箱から声とか音楽の聴こえてくるが不思議で仕方なかったとよ……」


俺は何故か笑った。


「何ば笑ろうとるとか、大婆ちゃんたちの時代はそげな時代やったったい……」


「十」


まだまだすぐ近くに爺さんと婆さんは見える。

二人でニコニコを笑いながら手を振っていた。


「十一」


「十二」


「オイは十二歳から学校に通った。これからは女の子も読み書きそろばんは、出来ないかんって言われて。嬉しかったねぇ……学校に行けるって事が……」


「十三、十四、十五」


「十五歳で働きに出たとよ……。近くにあった布が作っちょった工場たいね。少しでも稼いで、親孝行ばせんばと思って」


「十六、十七」


「十七ん時に、親父が突然、満州に行くって言い出してな……。家ば人に売って、満州に渡った。船に揺られて、船酔いばして……きつかったばい」


満州に住んでいた事は聞いていた。

十七で満州に行った事は初耳だった。


「十八、十九……二十」


「満州の暮らしは優雅なモンやったな……。軍需工場で働いとったけれども、日本人はお給金も良かったしな……。今考えるとあの頃が一番良かったかもな……」


大婆さんは噛み締める様にそう言った。


「日中戦争が始まって、満州の軍需工場は忙しくなった。あとから満州に来た日本人も、休む暇なしに働いてた……」


心なしか大婆ちゃんの声が沈んで聞こえた。


「そんまま日本は世界を相手に戦争を始めたんよ……」


「二十四、二十五、二十六」


「二十六歳じゃったかな……。広島と長崎に原爆が落とされて、戦争は終わった。実はな、戦争をやってた時代は忙しくてあっと言う間だったのよ……。戦争に負けるって話は日本より満州の方が早くわかっててな、一家でさっさと満州を引き払って日本に帰ってきたんじゃ……」


俺は話を聞きながら頷く。


「日本に戻ってすぐに結婚した。もう二十六歳じゃったしな。それがお前の大爺ちゃんじゃ……。もっとも早くに死んでしもうて、会った事はないじゃろうけど……」


大婆ちゃんのそんな話を聞きながら俺は階段を上った。


「五十」


ちょうど半分だった。

俺は振り返って大婆ちゃんにも高台から見える町を見せた。


「こげな小さい町やったったいね……。結婚してからずっとこん町におるばってん。こげな小さい町とは思わんかった……」


俺はまた数えながら階段を上がる。


「大爺ちゃんが死んで、子供と一緒に生きていく為に必死になった。身体がきつくてな……。それでも必死になったとたい」


俺はどんどん階段を上る。


「へんな宗教に入った事もあった。何でも永遠の命が手に入るって言うけん……。生きたかったとよ……。自分の為じゃなくてな……、子供やお前たちのためにな……」


初めて聞いた話だった。

異常に大婆ちゃんが宗教を嫌うイメージしか俺には無かった。

それにそんな背景があった事を初めて知った。


俺はゆっくりと歩を進める。

もう金毘羅さんも見えている。

手摺代わりに張られたロープを掴みながら俺は一歩一歩上がって行く。


いつも誰かのための人生を送って来た大婆ちゃん……。

それが痛いほど感じ取れた。


「七十二」


俺はそこでまた振り返る。


「この辺で俺が生まれたとよ……」


大婆ちゃんは俺を見て顔をくしゃくしゃにして笑う。


「お前が生まれた時は、初の曾孫でな……。嬉しかったなぁ……」


俺はそれを聞いてまた階段を上った。

その大婆ちゃんの笑顔には嘘偽りのない、本当の喜びの笑顔だった。


「お前たちが関西に行くって言うた時は寂しかったったい。ばってん、世の中は変わって行くけんね……。しょんなかったったい……」


俺は更に階段を上る。


「気が付くと百になっとったな……。人生ってのはそげん長いモンでもなかし、短いモンでもなか……。長い短いじゃなかとかもしれん。どんな人生ば送って来たか……。それが人生の価値なんじゃろうな……」


大婆ちゃんは後ろを振り返っていた。


「大爺ちゃんは早くに死なしたけど、それでん、満足のいった人生やったっちゃろうけんね……」


「九十……」


俺は息を吐いた。


「大爺ちゃん……。会った事はなかばってん。よか男やったっちゃろうね……」


大婆ちゃんは息を殺して笑った。


「雅人……。お前が一番大爺ちゃんに似とるったい……」


「俺が……」


それも初耳だった。

無論、大婆ちゃん記憶の中の大爺ちゃんの話になるのだろうが。


「九十一、九十二、九十三、九十四……」


大婆ちゃんを背負って百段の階段を上る。

楽ではないが、何故か心は晴れ晴れとしていた。

辺りは明るくなり、足元もしっかりと見える様になってきた。


「九十五」


俺はそこで立ち止まり、また振り返った。

漁に行く漁船がポンポンと音を立てて湾を出て行く。


「大婆ちゃん……」


「何ね……」


大婆ちゃんもその海を見ている様だった。


「今も永遠の命、欲しかね……」


「いらん……。今は立派に育ったお前たちを見てると、そんなモンいらんって気持ちになっとる……」


俺は頷いて、また階段を上る。


「九十六、九十七、九十八、九十九」


「オイは、気が付いたとよ……。永遠の命って言うとは、自分が生んだ命がまた命ば生んで、その子がまた命ば生んで……。そうやって引き継がれて行く命が、永遠の命って言うっちゃなかろうかって……」


大婆ちゃん……。


俺は最後の一歩を踏み出して足をかけた。


「百」


ちょうど百段。

俺は大婆ちゃんと「百段参り」を成し遂げた。


朝日が東の空から差し込んで来る。

そして俺と大婆ちゃんを祝福するかの様に照らした。


「見てん……綺麗か朝日ばい……」


大婆ちゃんは小さな目でその朝日をじっと見ていた。


「綺麗かね……」


そう呟いてじっと東の空を見ていた。


その後お賽銭を入れて、金毘羅さんにお参りをした。


「願いの叶ったとよ……。お前んおかげで……ありがとね……。これで何も思い残す事はなか……いつでん死ねるったい……」


俺は少し照れ臭かった。

そして背中いっぱいに大婆ちゃんの体温を感じながら、


「何ば言いよっとね……。そげん大そうな事はしちょらん……」


と照れ隠しに言った。

大婆ちゃんはまた顔をくしゃくしゃにして笑っていた。


俺は金毘羅さんの頂上から周囲を見渡す。

幼い頃に育った町。

その小さな町が一望できる。

ここで生まれ、ここで死んでいく人もいる。

ここだけが全てだという人もいるのだ。


多分、大婆ちゃんもこの町で最後を迎える事になるだろう。

大婆ちゃんが最後の時を幸せだったと思い死ねるのなら、それは誰も否定する事は出来ない。


「さあ、大婆ちゃん。下りるばい……」


そう背中の大婆ちゃんに声を掛けた。

しかし、返事は返って来なかった。


「大婆ちゃん……」


俺は慌てて振り返る。


大婆ちゃんの小さな寝息が、メジロの鳴き声に混じり聞こえて来た。


驚かすなよな……。


俺は苦笑して上がってきた階段を下り始めた。


階段を上る度に話してくれた大婆ちゃんの記憶。

それも誰かに話したかったのだろう。

その相手に選ばれた俺は、すごく温かい気持ちになった。

殺伐とした日々を送っていた俺に、自分を見直す機会をくれた大婆ちゃんに感謝している。


背中の軽い大婆ちゃんが、さっきより重く感じるのは気のせいだろう。

しかし、大婆ちゃんが背負って来たモノは俺なんかより遙かに重い。

そしてその歴史は誰かに語り継がれて行く。

それが大婆ちゃんの言う「永遠の命」というモノなのかもしれない。


上って来た時同様に下りる足取りも一歩一歩踏みしめる様に俺は下りた。

大婆ちゃんの積み上げてきた百年の歴史と同じように、俺の歴史も積み上げて行きたい。

そして誰かに語り継ぐ事の出来るモノにしたい。

そう思いながら俺は階段を下りた。


俺が下りてくるのを見て、爺さんと婆さんは車から出て来た。


「きつかったね……」


爺さんはそう言うと車の後部座席のドアを開けて大婆ちゃんを抱きかかえて乗せた。


大婆ちゃんを下ろして自分の身体が軽い事に気付く。

やはり大婆ちゃんを背負って百段の階段を上って下りるのは、爺さんには無理だろう。


「大丈夫よ……。俺の曾婆さんやけん……」


俺はそう言って爺さんの胸のポケットからタバコを取り一本咥えて火をつけた。

すると爺さんもタバコを咥えてゆっくりと海の傍まで歩く。


「俺の親やけん。本当は俺がしちゃらないかんとばってんね……」


爺さんは嬉しそうに笑っていた。


「よかよか……。無理せんちゃ……。俺の大事な大婆ちゃんたい……。これくらい、何でんなか……」


俺がそう言うと爺さんは嬉しそうに笑って、俺の肩を叩いた。


さっき俺と大婆ちゃんを照らした朝日が凪いだ海に光の線をキラキラと描いていた。


俺はこん町が、やっぱり好いとうったい。








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