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第8.5話「欲望と幻想」

失うかもしれない──そう思った夜の、選択。

どうしようもない衝動と、最後に選んだのは“君じゃない誰か”ではなくて。


※今回はR15描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

「ナイスアシスト」


そう言って、肩をポンと叩いたレオが、走り去る奏を颯爽と追いかける。

その背中を、思わず動けずに見送ってしまった。


……アシストなんてしてねぇーーーーーよ!!!! クソが!!!!!!


何もなかったような顔をして打ち合わせをこなし、撮影も、メンバーと一緒の笑顔も、機械的にこなす。

ふと、カメラの向こう側。

撮影の順番を待つレオが視界に入る。

ここにいるってことは……レオが送ってはいない。

奏は、ひとりで帰ったんだろうな。


レオがスマホを見るたび、誰と連絡を取ってるのか問い詰めたくなる。

そんな衝動を、ぎりぎりで飲み込みながら、撮影が終わるころには、もう深夜だった。


「さむっ……」


吐き出した息が白い。やけに、心まで冷えて感じた。


久々に、どうしようもなく人肌が恋しくなった。

寒さのせいにして、気づけば足がラウンジへ向かっていた。


会員制のラウンジ。

エントランスの奥、分厚いガラス扉の向こうに広がるのは、異世界のような光景。


高層階の窓一面に、東京の夜景。

天井は高く、間接照明がソファ席ごとに“光と影”を緻密に計算して落としている。

空間に流れるのは、ジャズとエレクトロの間を縫うような、心地いい音。

どこかのテーブルで静かにシャンパンの栓が開き、グラスの軽い音が“会話の代わり”に響いていた。


15の頃、もう名前も姿も見かけなくなった業界のおっさんに連れられてこられたのが初めてだった。

あまりの非現実感に、息が詰まったのを覚えてる。


……あの頃は、毎週のように……いや、毎日のように入り浸ってたな。


女の子たちは誰もが、モデルやインフルエンサーのような出で立ち。

巻き髪、ピンヒール、ウエストを強調するワンピース。

メイクも香水も抜かりがなくて、“自分をどう魅せるか”をよくわかってる。

視線を感じて見回すと、スマホを打つ仕草、目を逸らす子、手を振ってくる子。


「来てるの、ばれてんな……」


業界の人間も多いこの店では、顔が割れてることくらい当然だ。

チラチラ視線を寄越す子。

LINEを打つ仕草、スマホをこちらに向ける手。

手を振ってきた子に、軽く笑って返す。それだけで十分。


そう、これだよ。

これが“諏訪セナ”だ。


この空間の中で、誰よりも視線を集めてる。

誰もが手を伸ばしたくなる場所にいる。

……なのに、まるで何の意味も感じない。


「ご無沙汰しております」


黒服に案内され、ソファ席へ。


耳に残る、ほんのり騒がしいラウンジの音。

久々なのに、不思議と落ち着く。


そんな中、視線が交差する。

手を振ると、女の子が近づいてきた。


「お席、ご一緒してもいいですか?」


緩い巻き髪のロング。年齢は、オレと同じか少し上くらい。

オフホワイトのニットワンピ、控えめな笑顔。

どこか育ちの良さそうな、いわゆる“清楚系”。


……でも、わかる。


目鼻立ちは整ってて、声も柔らかくて、喋り方も少しだけ甘えた感じ。

でも、ネイルは完璧。

ほんのり色づいたカラコン。

香水は、甘いバニラ系にわずかなアルコール。

照明に浮かび上がるドレスのラインは、脱いだ姿を想像させてくる“計算”が透けて見える。


「スタライのセナ君……ですよね? 私、ずっと前からファンで……」


あー、そういう感じね。


中身ゼロの会話。軽い探り合いの会話。

お互いが“イケるかどうか”だけを探り合う、軽薄な時間。


彼女がもたれかかり、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。

……はいはい、そのパターンね。

見た目に似合わず超肉食じゃん。


「……どっか、静かなとこで休む?」


小さく頷く彼女を連れて立ち上がる。

エレベーターへ向かいながら、もう次の展開が読めてた。


「ね、セナ君?」


首に回される腕、甘く湿った息。

潤んだ瞳が、誘うように見上げてくる。

腰にまわされた手が、体温を伝えてくる。


背伸びして、唇が触れる。

軽く重ねたキスが、だんだんと深くなる。


軽く触れるだけのキスから、徐々に深くなる。

甘い吐息。唇の柔らかさ。舌の熱。

……ひどく、味気ないのに。


ドラマでもなく、撮影でもないキス。

そんなの、いつぶりだろ。


奏と再会してからは、ずっと“してなかった”。


タクシーに乗り込みシートベルトをするのも忘れたまま、彼女がそっと身を寄せてくる。

手が触れ合い、髪に指を滑らせ、唇が近づく。


トンネルに入ると、車窓の光がふっと落ちて、見慣れた車窓を眺めながら、オレたちは何度もキスを重ねていた。


ホテルのエレベーター。

部屋のドアが閉まり、淡い光が差し込む。

その瞬間から、もうスイッチが入ったように彼女が身体を寄せてきた。


唇が、肌が、指先が熱を持ち始める。

互いの吐息がかすかに混ざるたび、火が灯るように。


「夜景……すごいね……この部屋、何回目?」

「初めてに決まってんじゃん」


嘘だ。でも、きっと彼女もそんなことはわかっている。


ベッドサイドに腰かけた彼女が、髪をかき上げる。

その仕草が、異様に艶っぽく見えた。

淡い光が、彼女の輪郭を滲ませる。


「ね……こっち……」


指先が伸びてくる。

その手を取って、ベッドへと押し倒す。


目の前でじっとこちらを見つめる瞳。

触れた肌は、火傷しそうなくらい熱を帯びていた。


シャツを脱ぎ、彼女の熱を肌で感じながら唇を重ねていく。

体温が混ざっていくたび、感覚だけが先走る。

柔らかい胸元、くびれた腰、首筋に落とすキス。

何度も、何度も、まるで“段取り”のように。


唇を重ね、手が首筋をなぞり、腕を撫でる。


けど、そのたびに、心が軋んだ。


「もう、いいよな……今が気持ち良ければ」


そんな言い訳が、頭をよぎる。

これ以上進めば、戻れない。

それでも止まれなかった。

……止まれないフリをしていた。


奏……

瞬間、フラッシュのように脳裏をよぎる。

ラウンジ嬢の吐息の奥に、奏の声が重なる。


想像の中。

オレの前で、少しだけ怯えたように目を伏せている奏がいる。


震える指先を伸ばして、

ぎこちなくシャツの裾を掴んできて……


奏は、どんなキスをするんだろう。


「……セナ君」


その声ひとつで、もう限界だった。

腕の中で、小さくなる奏を包み込むように抱き寄せて、そっと髪に口づける。


奏なら、きっと…

きっといつまで経ってもこんな慣れたキスなんてできないんだろうな。

自分から背伸びなんて絶対してこない。


オレが、宝物みたいに包むように抱きしめて。

額に、目元に、頬に。

時間をかけて丁寧に触れて、そのたびに、奏の体温がじんわり伝わってきて


「……んっ……」


唇に触れただけで、目を逸らして赤くなる。

恥ずかしそうに耳を押さえるその姿が、どうしようもなく愛おしかった。


もっと見たくなる。

もっと触れたくなる。


髪をかき上げて、耳元をそっと甘噛みすると


「……あ……っ」


肩が跳ねて、息が詰まる奏の声。


そのまま、首筋にも口づけて。

潤んだ目で見上げてくる顔が、泣きそうなくらい可愛くて、ただ、ただ、息を呑んだ。

見上げる目は、泣きそうなくらい潤んでいて、きっとそんな表情も全部……全部たまらなく可愛くて、愛しくて……


「奏……」


名前を呼ぶたび、このまま“全部”を重ねてしまいたくなる衝動に、抗えなかった。


そんな表情を見たら、絶対にまた口を塞ぎたくなる。

口なんて開かせようなもんなら息のタイミングもわからなくて……


そんな顔、絶対誰にも見せんなよ。

オレだけに見せろよ。


……奏なら、きっと。

もっと、もっと……


……


こんなオレを知ったら、余計に嫌われるかもしれない。

……まあ、もうどうでもいいか。

あんなケンカして。

どれだけ想っても、奏はオレのものにはならない。


あいつは、オレなんかよりレオと一緒の方が幸せになれるんだ。


……誠実なレオなら。

あいつのこと、ちゃんと幸せにしてくれる。


奏……

奏……


でも、オレが奏を幸せにしたいんだ。

奏がそばにいるだけで、オレは幸せになれるんだよ……



「……? セナ君?」


不意に呼ばれて、目の前の彼女にハッとする。


ふいに、唇の感触が変わる。

現実へと引き戻される。


目の前には名前も知らないラウンジの彼女。


目を閉じて、甘く口づけを返してくる彼女の吐息。

そのまま、首筋に腕をまわし、脚を絡めてくる身体が、奏のそれとまったく違う形で密着してくる。


……違う。

ぜんぜん、違う。


目の前にいるのは、奏じゃない。

……何してんだ、オレ


頭の奥が、冷水を浴びたみたいに冴えていく。

急に現実が、恥ずかしいくらい生々しくなっていく。


自分の思いと目の前にいる女の子のあまりの違いに愕然とする……

そうか……これに奏は怒ってるんだ…


……最低だ。

何してんだ、オレ。


「……わり、帰るわ」

「え? え、ちょっ……どうしたの!?」


返事も聞かず、ベッドを離れ、立ち上がり、脱いだシャツを手に取り出口に向かいながら急いで着る。

突き刺す冷たい空気が、肌にまとわりつく。


最低だ。

あんな誰でも構わない似ても似つかない子と奏を重ねて、一瞬の温もりや快楽を他に求めてしまった……

こんなの、自己嫌悪以外の何物でもない。


ホテルを出た瞬間、膝が崩れて、しゃがみ込んだ。


「ナイスアシスト」


あのときのレオの声が、頭の奥で響く。

走っていった後ろ姿が、まぶたの裏に焼きついて離れない。


……なんで、なんであいつ、あんなにカッケーんだよ……

マジで、クソが……。


こんな情けない自分と、あいつの差がひどすぎて、笑えてくる。


罪悪感、自己嫌悪、汚れた自分の浅はかさ。

ぜんぶ喉の奥でつかえて、うまく呼吸すらできなかった。


奏に、こんな自分を見せられるわけない。

もう、合わせる顔なんてどこにもない。


……なのに。


「……なんで……こんなんなっても、オレ、奏のことしか考えられねぇんだよ……」


くしゃっと、前髪を握りしめた。


誰の身体にも、誰の唇にも、何ひとつ満たされなかった。


……全部、全部、奏じゃなきゃダメだったんだ。


「マジで……頼むから早く……オレのものになってくれよ……」

最後まで読んでいただきありがとうございました!


初R15にして、めちゃくちゃ葛藤しました…!

セナの弱さも、醜さも、全部描いたからこそ、次のセナが輝くと信じてます。


よかったら、引き続きお付き合いください。


もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。


次回、第9話は【8月17日(日)夜】に更新予定です!


ぜひまた覗きに来てくださいね!

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